第十一話:騎士の帰還
「時間です。上がりましょう咲さん」
僕はレジ内のお金を精査し終え、一つ息をつきながら咲さんに言う。
時刻は午後十時。放課後、笹子先生に捕まっていたせいでバイトに遅れてしまったことが少しだけ悔やまれるけど、今思えばあの雑談のお蔭で僕の気持ちは少しだけ楽になったように思う。
「はい」
今日のパートナーは光城くん、もとい咲さんだった。もう僕が仕事を教える必要はないほどに業務をマスターした咲さんはとても頼もしい。僕もうかうかしていられない。そのうちおいこされてしまうかもしれないな。
「お疲れ様でした。迎えの方は……もう呼んであるみたいですね」
駐車場にはいつもの黒塗りセダンがどっしりと構えていた。準備のいいことで。
僕たちは在庫チェックをしている父さん、そして明日香さん(まだ来ていない)に仕事をバトンタッチして従業員室に引っ込んだ。
「ご苦労。今日もいい仕事をしていたな」
「お褒めに預かり光栄です」
光城くんは相変わらず従業員室で優雅なティータイム。咲さん、仕事をしたのはあなたなんです。頭なんか下げなくていいですから。
「タイムカードを切らせていただきます」
「頼む」
「東間様のもお切りしますか?」
「あ、すいませんお願いします」
「かしこまりました」
本当に出来るメイドさんだなあ。ここに社員として迎え入れたいレベルだよ。
「ところで東間」
「うん?」
「あの女騎士は依然として顔を出さないのか」
タイムカードを切っている咲さんに感動を覚えていたら、光城くんがそんなことを聞いてきた。
「……うん」
「一体仕事を何だと思っている……社会において〝ほうれんそう〟は常識だろうに」
「はは、そうだよね……」
あなたの口からそれが出ますか。ちなみに〝ほうれんそう〟とは報告、連絡、相談という社会人として大事な三つのことを略したものだけど、異世界にいる愛奈さんにそれは無理だろうなと僕は苦笑する。
「しかしまあ、一か月以上こうも音信不通となるとな……」
「心配なの?」
「気にならないわけがあるか」
「光城くん……」
「部下の管理は上司の務めだからな」
「愛奈さんの方が先輩でしょうが!」
一応、光城くんも愛奈さんのことが心配みたいだ。僕だけじゃない。みんなそう思っているに決まっているのに、僕だけそれを態度に表したりして……。
「女騎士に会ったら言っておけ。もう次の無断欠勤は許されないからなと」
「はいはい」
「また明日、学校でな」
「うん。お疲れ」
「ああ。咲、行くぞ」
「はい、ぼっちゃま」
「だからその呼び方は使うなと――」
光城くんと咲さんがお店をあとにして、一人になった従業員室で僕はイスにもたれる。今は待つしかないんだ。もどかしい気持ちはみんな同じだ。僕だけイライラしていたらお店の空気も悪くなってしまう。冷静になろう。
僕はひとしきり気持ちの整理をすると、よっこらせと立ち上がる。早いところお風呂に入って、また明日に備えよう――
ガコン
そんな時、聞き覚えのある音が僕の耳に入った。
もう何年も耳にしなかったような、すごく懐かしさを覚える響き。
僕は音の主に反射的に体を向ける。直方体と呼ぶには少々気が引ける、誰も使うことのなくなってしまったオンボロロッカーに。
確かに今、このロッカーは僕に向かって歪な音を立てた。その証拠にほら、ちょっとだけ扉に隙間ができている。
僕は瞬きをすることも忘れ、固唾を飲んでロッカーを凝視する。
キィ
次の瞬間、ロッカーはこれまた不快な音を発しながら徐々に開き始めた。
帰ってきたんだ。愛奈さんが。そうに決まっている。僕は胸の高鳴りを抑えきれず、夢中でロッカーに駆け寄った。
「んもう愛奈さんってば、一か月も出てこないんで心配しちゃいましたよ! 休むなら休むって言ってくださいよね。こっちの世界にはほうれんそうって言って――」
しかし、僕の言葉はここで止まってしまう。
なんだ、これは。
「……愛奈……さん……?」
頭の中で、間欠泉のように吹き出す困惑。困惑。困惑。
気高き女騎士と呼ぶには程遠い、何かに打ちひしがれた女の子が、そこにはいた。




