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向日葵の追憶  作者: 若桜モドキ
夏の終わりに消えた少女 ~夢摘羽香奈の追憶~
20/20

九月○日   ――

 友人を亡くした数日後、向日葵は秋乃の部屋にいた。

 結局、あれから体調が悪化した彼は、一ヶ月ほどここにいる事が決まってる。


「秋乃くん、薬飲まなあかんよ」


 彼は欠かさず飲まなければならない薬を、もう何度も飲んでいなかった。それどころか食事や水分さえ拒絶している。本来ならベッドに縛り付けて、点滴だけでもするべきだった。

 だが、みんな知っていた。彼がどうしてそんな事をしているのかを。

 羽香奈が落ちた『音』が聞こえても、秋乃はじっと前だけを見ていた。

 まるで一緒に飛び降りてしまったかのように、駆けつけた職員に抱えられるまで、羽香奈が最後に立っていた場所を見ていた。その姿は痛々しく、ゆえに誰も強く出られなかったのだ。

「死んだら羽香奈に会えると思っとるん?」

 向日葵は室内に入る。隅っこで床に座り込んだ秋乃は無反応だった。

「それで、またフラれるん? あんなに言われたのに、会いにいけるん?」

「……」


 返事は無かった。

 数種類の錠剤を手に、向日葵は秋乃の傍に向かう。


「いい? 薬、ちゃんと飲むんよ。……今の秋乃くんじゃ、羽香奈にまた置いていかれるだけやから。一緒にいたいならちゃんと生きて。羽香奈は秋乃くんに生きていてほしいんよ」

 ぴくりと秋乃の身体が動くのが見えた。ゆっくりと振り向いた彼の頬に手をあてて、向日葵は母親がこの慈しむような微笑みを浮かべる。

 秋乃は渡された薬を口に含み、ベッドわきの棚に置かれているコップの水を飲み干した。

 それで体力を使い切ってしまったように、彼は向日葵に縋りつくように倒れる。

 小さく身体を震わせながら、彼は静かに泣いていた。死への恐怖に負けた、死んでもいいと思えるほど自分は羽香奈を愛していなかった、と思ってしまったのかもしれなかった。


 だけど向日葵はそうは思わない。あのまま死んでも、羽香奈は喜んだりしない。むしろ自分が秋乃を殺した、と自らを責め続ける事になるに違いなかった。……今の秋乃のように。

「秋乃くんは生きるんよ。自分から死ぬなんて、絶対に考えたらあかんの」

 羽香奈はキミの死は望んでないんやから。

 向日葵は心の中で呟いた。

「ねぇ……羽香奈の『思い』に気付いていれば、彼女は死んだりしなかったのかな。僕が彼女を殺したのかな。ねぇ、向日葵。僕は何をすべきで、何を選んではいけなかったのかな」

「秋乃くん……」

「僕が、彼女を殺したんだよね……僕が」

 自分を責め続ける秋乃の背中を、子供をあやすように何度も撫でる。

 どうしてあの時、羽香奈を止められなかったのだろう。自分が代わりに覚えている、とはっきりと言ってあげられなかったのだろう。後悔ばかりが浮かぶのは、向日葵も同じだった。

 だからこそ、今度は間違えない。


「忘れんよ」


 夢摘羽香奈。名の通りに儚く死んだ、とても大切な友人。

 彼女の事を忘れない。

 力の限りに自分の記憶に刻み込んでいった。だばだばと流れる涙はまるで血のようで、記憶を刻むためにナイフをつきたてた部分が、作業が進むにつれてじくじくと痛み出してきた。

「秋乃くんも、羽香奈も。他のすべてをウチは忘れんよ。全部覚えてる」

 絶え間なく流れる血はどしゃぶりの雨のようで、三人で笑っていた最後の日を思い出す。

 けれど向日葵はやめない。未来の自分が、夢摘羽香奈を忘れる事を許さない。彼女が誰を愛して何を好んで、どうして自ら命を終わらせる事を選んだのか、それらの忘却を許さない。

 それが自分の役目なら、こんなもの痛くなどなかった。それさえできなくて、羽香奈は絶望して死を選んでしまったのだから。痛みを感じられると思えるうちは、痛くも何ともない。

 むしろくすぐったいくらいだ。

 彼女が忘れたくなかった秋乃の事も、全部ひっくるめて自分が向こう側にもっていく。

 いずれ来る終わりの向こう側を、二人に見せてあげたかった。

 たとえそれが向日葵の記憶に残る残像でも、向こう側を見せてあげる。

 記憶と共に誓いを刻む。

 この痛みが、羽香奈の悲しみの記憶こそが。

 からっぽで孤独な自分を、終わりの先で支えてくれる気がした。




 夏草向日葵の『最後の夏』は……まだ、遠い。

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