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14、遠い記憶

 お札を作り社務所の手伝いをして、翡翠は巫女姿で忙しく働いた。お守りなどをお分ちし、時には首を垂れる人の前で、鈴をもって舞う。


 神社の繁忙期が終わると母の発案で、彬人を晩御飯に呼ぶことになった。


「なんで? お母さん、いいよ、呼ばなくて」

 翡翠はリビングでアイスコーヒーを飲みながら言う。ここは成瀬家で数少ない洋間だ。広々としていてかるく二十畳はある。


「あらだって、あなたの運命のカピバラさんよ」

 いつものおっとりとした口調で母の雪子が言う。


「やめてよ、それ。意味わかんないんだけど。ほんとにあいつ勝手についてきただけだから」

 せっかく高い豆をドリップしたコーヒーがまずくなりそうだ。

「姉さんの彼氏ってあの西園寺グループの御曹司?」

 弟がおやつのアイスカップを開けた。彼の好物のクッキークリームだ。

「彼氏じゃないし、優秀な長男のほうじゃなくて、パリピの次男のほうだよ」

「ええ! 次男なら最高じゃない! うちに養子に来てくれるんじゃないの?」

「馬鹿なこと言ってないで、あんたちゃんと跡継ぎなさいよ!」

 


 ◇ 


 晩御飯の支度が整うと、父がご飯を食べに戻ってきた。これからもまだおつとめが残っているので父はまた社務所に戻る。

「翡翠のお付き合いしている相手はあの西園寺グループのご子息か」

「お父さん、違うって。お付き合いしてないよ。ただの上客だよ」

「ああ、そういえば、西園寺グループの総帥も時々卜占にいらっしゃるのよね」

 母がなんでもないことのように顧客情報を晒す。

「なんだ。縁があるじゃないか」

 父が嬉しそうに言う。

「何それ、初めて聞いたんだけど」

 翡翠は焦る。まさか母の客に彼の親族がいたとは……。


「そういえば、亜美さんが言ってたけど、人の時はすごいイケメンなんだって? 中身はちょっと人っぽくないらしいけど。人間のフェロモンがほとんど出てないから識別しづらいっていってた」

 弟が亜美からとんでもない情報を聞いている。

「ちょっとそれ本人の前で言わないでね、めんどくさいことになるから」

「そうなのか? 翡翠。うちは別に問題ないぞ?」

 父が妙に寛容なところをみせる。

「いや、問題大ありだから! そもそも付き合っていないし」

 神社の後を継ぎたくない弟になぜか歓迎ムードの両親、とんでもないことになってきた。




 そして彬人はいつもの情けない面ではなく、好青年の面をつけて現れた。食事の間、翡翠は外面のいい好青年ふうの彬人にイラっときた。


「そういえば、西園寺家は古くから続く家系なんだよね?」

 父がきくと嬉しそうに彬人が先祖の話を始める。


「そうですね。家系図を見ると天皇家に行きつきます」

「それはすごいですね! 家系図があるんですか!」

 弟が興味津々で聞く。神社の子だけあって、こういう話が結構好きだ。

「ああ、かなり古いものでね。今は新しい紙に書き換えているけど、実家の蔵に保管してあるよ」

 弟がさらに突っ込んで聞き始めるが、翡翠はもくもくと食事に集中した。


「今は途絶えたとされている。南朝に繋がるんです」

「おお、それはすごい。西園寺家は南朝の末裔なんだね」

 父が感心したようにいう。


「ぜひ、姉をよろしくお願いします」

 弟が勝手にいいだした。

「よろしくしてほしいのは私のほうなんだけど」

「あら、翡翠、お友達にそんないい方しないのよ」

 と母にたしなめられる。

 彬人はまんざらでもなさそうだ。


 以前の外道な姿を知らせてやりたい。ほんの少し前までは女子を周りに侍らせるチャラ男で、今は女遊びはやめたがカピバラ化をものともせず飲み会で騒いでいるパリピだ。


「やだよ。妙薬を焼く馬鹿なんて、しかも今世でも馬鹿だし」

 翡翠がぼそりという。

「おい、バカバカって人のこと、ん? 妙薬を焼く? 俺、お前からもらった薬は高いからちゃんと飲んでるよ」

 彬人がぽかんとする。


「あ、ごめん、何でもない」

 翡翠はつい口を滑らせた自分に慌てる。

「姉さんには前世の記憶があるんだ」

 そこですかさず弟が余計なことを口走るので慌てて口をふさぐ。

「ああ、気にしないでこの子頭はいんだけどちょっと変わっているから」

 

 ◇


 彬人が帰るときに両親に送れと言われて仕方なく、二人で外に出る。

 庭を通り門へ向かう。

「なあ、さっきお前の弟変なこと言ってたよな? それにお前も」

「だから、それは忘れてって言ったじゃない」


「実は俺にも前世の記憶的なものがあるような気がするんだ」

「何あんた、今度は電波系なの? そんなの気のせいだって」

「違うよ。夢を見るんだ」

「いや、別にあんたの夢に興味ないから」

「いや、俺は繰り返し見たから興味あるんだ。それがお前と出会ったとたん見なくなったんだ」

 といって足を止める。

「やーめーてー」

 翡翠が自分の両耳をふさぐと、彬人がむんずと翡翠の腕を引きはがした。


「ちょっとなにすんの?」

「いや、聞けって。それが、すっごい昔の夢っていうのはわかるんだ。簾だの牛車だのみえるから、それから長くて磨かれた廊下があって・・・・やたら重い衣装で、庭には梅林があって、そうそう梅の花って匂いが結構すごいんだよ。まあいいや。そんで毎回すっげえわがままな美人が出てくるんだ」

「ああ、もういいです」

 翡翠が彬人の手を振り払う。


「おねだりが無理難題で、蓬莱山の玉の枝が欲しいだの、火ねずみの皮衣が欲しいだのとさんざんいろいろな男を振り回すんだ」

 夢中で話し出す彬人を翡翠があきれたように見る。


「何を話し出すかと思ったら、それ『かぐや姫』じゃない」

 そうつっこむと彬人がきょとんとした顔をする。


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