13 彬人、再会する
彬人は気持ちよさそうに温泉につかっている。ここは翡翠の実家だ。先ほど、無事翡翠と出会えたのだ。あんなきつい女子でもカピパラ化しているときに会えるとほっとする。
獣化した体は徐々に人のもとに戻っていく。不思議なことに毛が抜けたりしない。カピバラの姿が、霧に覆われさらさらと解けるように人に戻る。
しかし、駅のトイレから出たとたんにカピパラ化したのは驚いた。神社にいっても翡翠は見当たらないし、彬人がわらをもすがる気持ちで、茅の輪をくぐり続づけていると、いきなりわしッと翡翠とその弟にさすまたで捕獲された。ちなみに弟も翡翠に負けず劣らずの美形だ。
それにしてもと彬人は思う。だいたい翡翠が言ったのだ。茅の輪の周りをぐるぐる回っていれば、人に戻るかもなんて……。それを「森に入っていろっていったじゃない」と怒るとは、あれほど森は嫌だといったのに。キルケいらい森は普通に怖い。入ったら出れないんじゃないかと思う。
それにあの鎮守の森、おかしな気配がぷんぷんと漂っている。絶対に何かあると彬人は確信していた。
ばしゃりと風呂から上がると、清潔なバスタオルと服が用意されていた。裾が短い。また弟の服だろう。仕方なくそれに着替え出ていくと家政婦に広い日本家屋の回廊を案内され、居間にとおされた。
するとそこには翡翠と、スタイル抜群の女性がいた。別に翡翠のスタイルが悪いわけではなく。彬人の好みからするとスレンダーすぎる。よくいうモデル体型だ。
彬人はグラビア体系の女性のほうが好きだ。
しかし、振り返ったのその女は、彬人がカピバラになる遠因を作った翡翠の幼馴染の亜美だった。
「うわっ! なんでこいつがここにいるんだ」
「ちょっと、西園寺、亜美に失礼だよ」
「え? 翡翠この人だれ?」
亜美がびっくりしたように彬人を見る。
「嘘だろ! 俺のこと忘れてんのかよ? 小学校のころから学校の先生には一発で名前を憶えられた。イケメンだぞ!」
頭をかきむしる彬人を亜美が驚いたよう見る。
「亜美は過去を振り返らない主義なんだよ。そんなことより、ほら、あんたのごはん用意しといたよ」
「ねえ、翡翠、この獣人、誰?」
「獣人だと?」
彬人は驚きに目を見開いた。今の彬人はどこからどう見ても人間だ。翡翠に目をやると彼女は説明するのも面倒だという顔をする。
「仲間同士はわかるものなの」
「ってか、こいつサキュパスなんだろ? なんでここにいるんだよ」
「いったじゃないの。幼馴染だって」
「いやいや、だいぶおかしいだろ」
すると不思議そうな顔で亜美がいう。
「あなた、わかっているの? あなたも私よりの存在だって? 人族の男性のフェロモンがでてないよ」
「は?」
彬人は説明を求めるように翡翠を見る。
「つまり、あんたは物の怪とか、あやかしの類ってこと。サキュパスからしたら、もう魅力を感じないのよ。亜美はフェロモンで人を見分けるから」
翡翠の言葉に焦りを感じる。そういば騒ぐのは好きだから飲み会は好きで行くが、最近女の子に興味がわかなくなってきている。以前のように遊びたいとは思わない。
「何! それは違う! 俺はキルケの魔法でな、カピバラになっただけだ。人間だ!」
「だから、それがそもそもおかしいのよ」
翡翠がガラス製の湯のみに入った冷えた麦茶をこくりと飲みながらすまし顔で言う。
「すごい! キルケの魔法から逃げ出す人がいたんだ。そんなの翡翠くらいかと思ってた」
亜美の言葉に翡翠がうなずく。
「でしょ? だから、彼もどこかで人外の血が混じっているじゃないかな」
さらっととんでもないことをいう。
「失礼な。俺の先祖はやんごとなきお方だぞ」
そこから自分の祖先をとうとうと語ってやろうと思っていたが、空腹には耐えられず、彬人は目の前に準備されている唐揚げをほおばった。
◇◇◇
翡翠はもりもりと食べ始めた彬人を見守る。
「よく食べるよねえ」
あきれ半分に言う。
「うん、なんか人の姿より、カピバラのほうがかわいいよね」
亜美が珍しいものを見るように彬人を食べっぷりを眺める。
「それはそうなんだけど、カピバラって大きいから目立つのよねえ。せめてネズミくらいちいさかったら持ち運びによかったのに。じゃなかったら猫?」
「ああ、確かに」
亜美が納得したように頷く。
「お前ら、さっきから失礼だぞ。俺はこれでももてるんぞ。それに亜美、お前から俺に言い寄ってきたの忘れたのか?」
「ああ、さっぱり覚えていないのよね。私、人間の若い男にしか興味ないから」
「やーめーろー!」
彬人ががちゃんと音を立てて茶碗を置く。
「西園寺、お行儀悪いよ。静かに食べなさい」
ぴしりと翡翠が言う。
「翡翠、前々から思っていたが、俺はお前の上客だぞ。少しは敬意をもってだな」
「だから、おいしいご飯たくさん準備しているじゃない。お代わりは?」
「おう、大盛りでお代わり、唐揚げ追加、大根おろしで食べたい」
確かにうまい飯をたらふく食べさせてもらえるし、いえばたいていほしいものが出てくる。
「うっそ、マジで図々しいね」
と言って亜美がからからと笑う。
その後、食後に冷えた麦茶と、おいしい水ようかんが出され、彬人は満足した。
「西園寺、支払い忘れないでね」
すかさず翡翠が請求した。




