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08 ちっちゃい車。ミニ



 車内が狭い。

 それはもう、車の天井に頭をぶつけそうなくらいに。

 俺が身を小さくしている一方で、運転席を陣取る少女レノは抱きかかえたクロムを後部座席へ。


「レノさん。こちらは、ミニクーパーの愛称で親しまれた1960年頃からあるモデルの古い自家用車ですね」


「ええ、そうよ。確か1967年製だったかな。それにしても、ネットは使えない状態のはずなのによくわかったね」


「ボク、20世紀の機械が好きで、調べたデータをよく記憶領域に保存(ストレージ)しておくんですよ。このミニクーパーの情報はその中にありました」


「実際、ボロいけどさ。なんだろ。なんか20世紀とか改めて言われるとえらく骨董品に感じるな」


「骨董品で何か問題でもある」


 頬が膨れた――とかではないが、確実に、む、とした態度と低い声。

 クロムとは和気あいあいと話す少女レノが、俺にはなんだか素っ気ない。

 認めたくはないが……やはり、俺がおっさんだからかだろうか。

 思春期の娘さんは意味もなくお父さんを嫌がると言うしな……。

 俺の年齢で高校生の娘がいてもおかしくないわけだし。


「いや、あれだよ。貴重な車に乗ってるな~と言いたかったわけで、俺は決して、悪い意味で――なんだこのボロっちい車、とか思ってないから」


「『自動運転装置オートレーサー』の対象外車両で、手頃なのがこれしかなかったのっ。でも、結構気に入っているんだから、文句はやめて」


「ああ、そういう理由からなんだあ……って、ちょちょちょ、待て待てっ」


「何?」


 ぴんと背筋を伸ばし、木目のハンドルを両手でキュっと握る少女が首だけを回してこちらを見る。


「その、今から君が……オートレーサー非搭載のこれを運転するのか? おいおいおい、冗談だろ。女子高生と車ってだけでも相当怪しいのに、運転とかマジ止めてくれ。絶対無理無理無理っ」


 百歩譲って、盗んだ車で走り出すところまでは許容しよう。

 しかし、その「走り出す」は、目的地を指定して安全なナビゲートシステムのもと車が自動で自走するそれだ。

 それ以外は一歩たりとも譲れん。


 運転なめんなよ。交通事故なめんなよ。

 どれだけの若者がトラックにひかれて異世界に逝っていると思ってんだっ。


「……なんだかあなたって、面倒な人のようね……。補足説明が必要そうだから少し話しておくけど、この車を選んだのは極力『足跡ログ』を残したくないから。オートレーサーは便利だけど、常時インターネットの回線を使うから車両使用者と走行ルートの履歴がそこに残るでしょ」


「確かに……使用者の〈ID〉や盗んだ車の場所の特定とか、ネットの記録からすぐにバレるだろうな」


「誤解があるみたいだから正すけど。車は私が正規に購入したもの。それとついでに。私を女子高生と認識しているのは別に構わないけれど、特に所属している学校や教育機関はないから。それで、車両の運転に関しては――」


「な、なんだとおおおお!?」


 これは耳を疑った俺の叫び。

 それは相手の話すらも断ち切る魂の声。


「――いきなり、何?」


「マジか、マジなのか。き、君はっ。ウソもんパチもんのJKだったのか!?」


「うそモンぱちモンが何者なのか不明だけど、この場合の”じぇーけい”は女子高校生の略式でいいのかしら……。なら……理由はハッキリしないけれど、なんだか不快な物言いに聞こえる。……別にいいけど。でも、急な大声は迷惑。ちょっとだけだけど、びっくりしたじゃないもう……」


 声のボリュームを下げながら、もぞもぞ。

 何かを懐から取り出そうとする仕草。

 俺は隣から眺めながら、相手がヒューマロイドだったことを思い直していた。


 おそらく、誕生日にあたるものは登録された日とかで、そこからの発育過程は望めないから小学校時代とか中学校時代とかの過程も当然ないわけだ。

 それはつまり、あくまでも姿形が高校生くらいに見えるのであって「真の女子高生たりうる」とは言い難い。

 ゆえに、そもそもが少女レノは女子高生の枠に当てはめてはいけないのだろう。

 ふむ。

 コスプレとして受け止めれば、それはそれで……いや、違う違う。そこは「じゃあなんで制服着てんだよ」って話だよな。

 本格派な俺の男心を弄ぶんじゃない、って話だよな。


「学校通ってないのに制服着るなんて詐欺だろっ」


「詐欺呼ばわりなんて心外。これといってあなたに迷惑を掛けていないと思うけど……」


 少女レノの視線は取り出した手元の『携帯端末〈スマートデバイス〉』に釘付け。

 だから顔は下を向き、相手の方――つまり俺に視線を返すこともなく、あしらうような感じのテキトーな受け答えだった。

 まったく、見た目だけでなく今時の若者め。

 お話をする時は相手の目を見ましょう、って学校で習わなか――ぐぬ、学生じゃなかったか。

 ならば。

 ならば、大人の俺が大人になろう。

 責める路線から褒める路線へ切り替えてみる。

 

「なんで私服を着ないんだよ。それはそれで見てみたかったじゃないか」


「いろいろと便利なの。……可愛い衣装ってだけじゃなくて、どうしてか周囲からの信用を得られるメリットもあるし……着ているだけで割引とかもあるし」


 全然こっちを向いてくれないままにそこまで聞いていると、変化が起きた。

 どこか嬉しい? ような表情と、どこか自慢げな表情をした顔を少女レノが見せる。

 そして、そこに添えられているのは、手のひらサイズの長方形のモニター。


「新しいのに替えたばかりだから、手間取っちゃったけど――、ほら、これ」


 見せつけるられるスマートデバイスには、何やら運転免許証の太字が……。 


「城ヶ崎 麗乃、18歳による車両所持と取扱いは認められている。ちゃんと教習所に通ってから運転の許可証は取得しているから、私がミニを運転してもまったく問題ないでしょ。どう? 納得してもらえたかしら」


「で……電子偽造不可能アンチデジタルクローンな国土交安委員会のロゴ付き……間違いなく、本人にしか表示できない本物の運転免許証データ……」


「取得日は7月1日なんですね。今日が7月7日なので、レノさんには一週間前から日本の道路に限り、交通運転が認められていますね」


 座席の合間から、クロムがわかりきったこと言って会話に混ざった。

 そのお陰で、俺は気づかされた。


「い、一週間前に取ったばかり……だと!?」


 俺の一抹の不安をよそに景気良くスマートデバイスが仕舞われる。

 すると、ハンドルの下に挿さるキーが回された。

 やかましいエンジン音とともにミニクーパーとやらが鼓動する。


「注意事項は一つ。私の運転中に暴れたりしないで。後処理の面倒を避けたいの。車両事故を軽くみないほうがいい。あなただって悲惨で痛い思いをしながら命を落としたくないでしょ。それじゃあ、行きましょうか」




*運転免許証……ノンフィクション時は警察庁での取扱いになりますです。(`・ω・´)ゞ

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