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地響きがしたかと思うと、目も潰れんばかりの閃光が煌めき、轟音とともに横の柱が炸裂した。
頭上へ降り注ぐ大理石の破片から手で頭を庇いつつ竜伸は近くの別の柱の陰に間一髪で滑り込む。
背後からは、聞き覚えのあるかわいらしい気合いが響き、時折瞬く閃光に目が眩みそうになる。それでもなんとか様子を見ようと竜伸は首を伸ばして背後の気配を窺ってみた。
だが、相変わらず音が聞こえるばかりで、ここからでは何も見えない。
というか、さっきから飛んで来る破片の量と轟音が尋常ではない。
(もう少しか……)
いやが上にも高まる緊張に若干気後れしつつ、ゆっくりと柱の端の方へにじり寄って行く。
すると……コツン、と何かが背後から竜伸の頭を叩いた。
「そなた、こんなところで何しておるんじゃ!」
「比売神さ――」
――ま、と言った瞬間に足元の床が弾け飛ぶ。
飛び交う破片を縫うように比売神さまは竜伸を小脇に抱えると一目散に走り出した。
右、左、右、右、小さなブーツの足がステップを踏み、その度に迫りくる閃光が比売神さまの髪を、スカートの裾をかすめる。
「ひ、比売神さま!」
「うにゃぁぁぁ! わらわは、今、忙しい!! 手短にの!!」
比売神さまの黒いワンピースの背中とお腹を必死で掴みつつ、竜伸はなんとか比売神さまの顔を見上げる。背中に背負っている神器『真心銃』の黒く光る銃身がその顔の横で揺れていた。
竜伸は、比売神さまの体に縋り付き叫んだ。
「す、助太刀参上!」
絞り出すようにしてなんとか伝えたその言葉に、比売神さまの黒く澄んだ双眸が困ったような嬉しいような複雑な光を湛えて竜伸をチラリと一瞥した。
「まったくのう。みくもじゃろう? そなたを黄泉の国に連れて来たのは? みくもをあちらの世界に飛ばす際に、チラリとそなたの顔が浮かんでしもうたのが失敗じゃった――のう!」
と最後に言うやいなや、たんっ、と力強く踏み切った比売神さまの体が宙を舞った。
視界がぐるりと回転し、ひび割れ砕け、穴だらけになり破壊され尽くした両替屋の店内が頭上を通り過ぎて行く。
そして、その時竜伸の目が何かを捉えた。
宙を舞う二人の下を疾風のように飛び過ぎる人影。
(――女将さん!)
「竜伸さん!!」
一番損傷がマシと思われる柱の陰に下りた立った二人の元へ女将さんが飛び込んで来た。
「おまえさん、なんでここに?」
「すいません、女将さん、比売神さま。俺、俺が鎮め損ねた祟り神に、いや、邪神にみんなが襲われたって聞いて居ても立ってもいられなくて……。それにかさねが大けがしてるって……」
近くの柱から吹き飛ばされた破片を身を屈めて避けつつ、比売神さまと女将さんは顔を見わせると大きなため息をつき――――そして、やれやれと微笑んだ。
「困ったもんじゃ」
「はい、まったくです」
そう言いつつ女将さんは竜伸の手を取った。
「でも、また逢えて嬉しいよ。それにわざわざあたしらを助けに来てくれるなんて……。泣かせるじゃないか。かさねじゃなくても惚れちまうよ」
「まったくじゃ。そなたは、わらわまで惚れさせるつもりか?」
真っ赤になった竜伸の肩を女将さんが、ぽんぽんとやさしく叩いた。
竜伸がなんとか二人へ言葉を返そうとしたその時「があああああぁぁぁぁ!」と何かが吠える声が辺りに轟き渡った。




