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そう言ってかさねを遮ったのは、一人の少女だった。
それまでふたりきりしかいないと思っていた橋の上に現れた一人の少女。
漆黒の紋付の着物に同じ色の袴。
黒一色の上にあるその顔は、かさね以上に純粋な外国人のもの。
明らかに北欧系と思しきその少女は、銀色に輝く三つ編みに結ったお下げ髪を背中に垂らし、その翡翠色の瞳で竜伸を見つめて言った。
「私の名前は、いちか。『渕ヶ根のいちか』。
乙女達を統括する『例会』直属の乙女です。
あなたにかさねちゃんとこれ以上関わって欲しくないというのは、『例会』の頭取のお一人で筆頭頭取でもある『川輪田のおうの』様のご意思であり――」
いちかは、じっと竜伸を見据えたまま一端言葉を切り、そして、吐き出すように言った。
「女将さん、いえ、『一万田のさくや』さんもメンバーである『例会』の会議で正式に決まった『例会』全体の意思です」
「『例会』……全体の……?」
「そうです。『例会』の会議で出された結論は、この街を含めたこの地域全体の乙女達全員の意思と思って下さい。もちろん、『一万田のさくや』さん、そして……そこに居るかさねの意思でもあるという事です」
「そんな……。そ、そんな話があるかよ! じゃあ――」
「いい加減分かりなよっ!!」
いちかの強い視線が刺すように竜伸を見据えていた。
「この国の乙女達を統括する『例会』の、政府ですら一目置く『例会』の決定なのよ!!
意味も無くこんなことを言うと思う?
それに例え納得いかないからって逆らったとして、そりゃあ、現世の国へ帰っちゃうあなたはいいわよ。
でも、かさねちゃんや金色堂のみんなはどうなるの?
本当にそれが正しい事だって言い切れる?
あなた、そこまで考えて言ってる? そうじゃないでしょう?」
「……でも、俺は――」
「二人ともやめて!!」
「かさねちゃん……」
「かさね……」
ごめんなさい、と小さな声で呟いてそれっきり黙り込んでしまったかさね。
その寂しげな後ろ姿にいちかは、そっとため息を吐いた。
「かさねちゃん。でも、これだけは、竜伸さんに伝えておきたいの。だから、もう少しだけ話させて。あと……竜伸さん、あなたももう少しだけ私の話を聞いてくれませんか」
「……わかった。いいか、かさね?」
かさねが背中越しにこっくりと小さく頷いた。
「竜伸さん、私はあなたに、かさねちゃんに関わって欲しくないと言いましたが、もう少し詳しく言うと、かさねちゃんというよりは、かさねちゃんをはじめとするこの世界全体に関わって欲しくない、という意味です。
そこをまず念頭に置いてこれからの私の話を聞いて下さい。
で……竜伸さん、今回のあなたへの対処を決める会議で話し合われたのは、あなたをこのまま放置して祟り神に好きなようにさせようという事についてでした。
女将さ――いえ、『一万田のさくや』さん以外の元締めと頭取は、ほぼ全員が賛成でした。『一万田のさくや』さんだけが強硬に反対していたんです」
「女将さん……だけ」
ええ、といちかは、かさねの背中にチラリと視線を投げてから頷いた。
「女将さんだけでした。他の元締めや頭取達は、皆、原則通りあなたを助けないという立場でしたから。だから、女将さんは、他の人達をたった一人で説得したんです。『窮地の仲間を助けてくれた人を無下にする事が、乙女の道理に適うのか』って」
そう言っていちかは、再び言葉を切り、これまでの話を確認するかのように竜伸の瞳を見つめた。
竜伸は、目で話の続きを促した。




