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「ええと、まず……皆さんの話に出て来る『日女の乙女』って何ですか?」
女将さんは、これはしたり、と自分の頭をコツンと叩いた。
「肝心なことを言わずに話していたね。『日女の乙女』って言うのは、己の霊力と方術で怪異を払ったり、神を鎮めたりする仕事なんだけど、他の祓いや鎮めをする連中とあたし達が違うのは、神さま達との日常的な直接のやり取りがある事なんだ。
まあ、とは言ってもそこまで特別な事じゃないのさ。早い話が神さまのお世話だからね。今、かさねが実際にやってるよ」
「神さま……ですか?」
「あっ、そうか――現世の国では、神さまは人前には姿を晒らさないんだったけかね。驚くかもしれないけど、ここいらじゃ、神さまってのはそこら辺をほっつき歩いているもんなんだよ。
でも、だからと言って神さまが人間と同じ様に暮らせるって訳でもこれが無くてね。神さまには、神さまでルールやしきたりも沢山あるし、なにより、あの方々は気まぐれでワガママなお方ばかりと来る。だから、あたしらのような者が日常に生じる不便な事や揉め事の解決を色々お手伝いしたりする必要が出てくるのさ。
因みに、あたしがやっている元締めの仕事はそう言った乙女達の仕事の取り纏めと依頼料の交渉と回収、それに乙女の卵達に方術を教える先生……とでもいったところかね。
まあ、たまに依頼人からのご指名であたし自身が出張る事もあるけど、ここ半年ほどは無いかね」
「みくもも早く乙女になりたいな」
みくもがかわいらしい声でぽつりと呟き、かさねとやよい、そして女将さんが目を見合わせて微笑んだ。やよいに頭を撫でられたみくもが照れくさそうに身を捩る。
そんな皆のやりとりにやさしい気持ちになりつつ一方で竜伸は考え込んでしまった。
再び耳にしたどうにも引っかかる言葉。
かさねも言っていた言葉――――『現世の国』
(明らかに俺の住む場所なり地域なりを指してこの人達はそう呼んでいる……)
なんとは無しにおざなりにしていた一番重要な問いを今こそ尋ねるべきだろう。
「女将さん、ずっと聞きたかったんですけど、ここはどこなんですか? 建物にしても車にしてもちょっと見かけない古いタイプばかりだし……。少なくとも僕の住んでる町にこんな場所は無いんですよね。だから、ずっとここはどこなのかなって思っていて……」
「…………」
竜伸のその質問に、ふむ、と女将さんは頷いた。
が、すぐに答えようとはしなかった。
腕を組んで眉を顰めた女将さんの前に藤丸が紅茶の入ったカップをそっと置く。
皆の前にも同じものが並んだ。みくもが卓上に置かれた砂糖壺からせっせと自身のカップへ角砂糖を二つ、三つと放り込む。
女将さんは、黙り込んだままだった。
ぼーん、ぼーん……と時計の鐘の鳴る音が遠くの方から聞こえた。
皆が一様に女将さんを見つめている。
女将さんは、目の前の紅茶を一口飲むと意を決したように話し始めた。
「伝えるタイミングをあたしなりに考えちゃいたんだが……よく考えりゃいつ伝えても一緒だね。先延ばしにすればするほど言いづらくなる。だから……単刀直入に言うよ。信じられないかもしれないが、世界が違うんだよ。ここは、おまえさんの住んでいる世界とは別の世界――」
死者の国――『黄泉の国』と呼ばれている世界だよ。




