前日、もしくは最後の日。
その日も、宮殿の片隅にある聖堂はとても静かだった。
宮殿の中にあるのが不思議なくらいいつもここは静かで、けれど掃除などは行き届いていてとても綺麗だ。
私は神殿騎士に伴われてこの場に来た。
毎日の務めを果たすためだ。
聖女候補としての修行と結界への祈りをささげる作業。
聖堂の中には私をここに連れてきた神殿騎士しかいない。
そういう規則だからだ。
他に誰もいない。
常にそうだ。
だから私が本当は聖女候補ではなく、そのスペアの方であっても関係ない。
だって誰も見ていないのだから。
「今日でこの役目も最後です」
思わずスペアとしての本音が漏れる。
けれどそれは神殿騎士である雁ヶ音には違う意味で聞こえたみたいだった。
「明日からが本番ですから」
聖女候補である双子の姉の珊瑚と、私、銀砂は見た目はとても似ている、らしい。
双子だからというのはあるけれど、髪と色は全く違う。
だから、私が姉の珊瑚の真似をするときは珊瑚の赤みのある桃色の髪の毛を真似て魔法の染粉をかけている。
瞳は王族に稀に見られる金色のためこうしてしまうとお互い以外入れ替わっていることに気が付くものはいない。
両親すら気が付かないのだから見た目だけはきっととても似ているのだろう。
だけど、それも今日でおしまいだ。
明日には聖女降臨の儀が予定されている。
姉の珊瑚は明日正式に聖女になる。
聖女には聖女の印が体に浮き上がるという。
聖女の印を偽ることは重罪だ。
だから、この入れ替わりも今日でおしまい。
最後なのだ。
私がスペアなのは生まれてすぐに決められていたことだし、王族として当たり前の役目だ。
だけど、私はこの静かな場所で祈りをささげることがとても好きだった。
そして神殿騎士がこちらを見る優しげな眼も。
勿論それは聖女候補の姉に向けられているものであって、私に向けられたものではない。
それはわかっている。
それにどちらにせよ、明日からは姉の珊瑚が聖女として祈りをささげるのだ。
今日はいつもと違い色々別のことを考えてしまう。
それは聖女に力を与えてくださる神様にとても失礼なことだと思った。
私は小さく首を振って気を取り直すと、神殿の奥で祈りをささげた。
祝詞は覚えている。
神に祝福された聖女候補に何かあるなんて考えたくもないし、大切な姉だ。
けれど私はスペアとしての義務を全うしたくて、いつでも聖女になれるよう、姉と同じだけ勉強し、修行もしてきた。
私はそうして最後の祈りを神にささげた。
明日からは聖女様じゃない方の王女として生きていくのだと思った。
最後に振り返った聖堂は涙が零れ落ちそうになるほど美しくて、足が上手く動かなくなってしまった。
「どこかお加減でも?」
雁ヶ音が私に言った。
じっと雁ヶ音は私を見た。
「いいえ、なんでもないの」
私はそういって聖堂を後にした。
そうして髪の毛の色を元に戻して私は元の銀砂に戻った。
珊瑚はこれから、民のための儀式が待っている。
明日聖女降臨の儀のために、神殿で儀式がある。
城外に出て神殿の仕切りで儀式をする。
珊瑚はその華やかな姿で舞を見せ、神殿はその仕切りをしている。
務めは必要だ。
けれど、両方やっていたら珊瑚は倒れてしまう。
私はスペアだから同じように祈りをささげることができる。
せめて珊瑚をその外での儀式まで休んで欲しくて務めを買って出た。
最後の日までスペアが務めを行うのは憚られるため、髪の毛を染めた。
少し休めたようで珊瑚の顔色は緊張が見えるものの、悪くはなかった。
舞のための美しい衣装を着た珊瑚を載せた馬車は神殿に向かって走り出した。
これが最後だ。
スペアとしての仕事も今日で終わって、明日からはスペアではない。そうじゃない方の姫になる。
それに不満は無かった。
そうすることが生まれた時から当たり前だったのと、あまりにも双子の姉である珊瑚が聖女にふさわしい人だったから、私は運命を受け入れていた。




