評議会
「バカなことを言うな、シオン提督!」
有線中継された立体ホログラムの中で、移動共和国「シャーウッド」の民選議員、ギルモアが卓を激しく叩いた。彼の背後にある第3ブロックの議事堂からは、避難してきた市民たちの怒号と、未だに収まらないパニックのざわめきが泥のように流れ込んできている。
「第一波を退けたに過ぎんと言っている。ギルモア議員、君たちのCブロックの水コックどころの話じゃない。今、この船団の喉元に突きつけられているのは、銀河規模の裏取引だ」
シオンは旗艦ペレグリンの作戦室で、パイプ椅子に深く腰掛けたまま、冷え切った紅茶に手を付けようともしなかった。彼の傍らには、腕を組んで冷徹な視線をホログラムに送るメラルドと、ドックの柱に背を預けて退屈そうに重力ピストルを弄んでいるコブラの姿がある。
「裏取引だと? 妄想も大概にしろ!」
ギルモアは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「帝国も連盟も、我々を『難民』として見捨てはしたが、外宇宙の化け物に差し出すだと!?証明がどこにある! 我々はただ、静かに暮らせる新天地を探しているだけだ! それをお前たち軍人が、あの忌々しい宇宙海賊どもを引き込んで、不必要な戦争を誘発したのではないか!」
「おめでたい頭だねえ、議員さん」
コブラがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、銃口をホログラムのギルモアに向けた。
「あんたたちの愛しい『移動共和国』のインフラデータ、どこからあの鎧の騎士どもに漏れたと思う? 帝国と連盟の共有ネットワークだよ。あんたたちが安全だと思って叩いていた古い通信回線から、位置情報も、人口も、家畜の数も、全部奴らに筒抜けだったのさ。値段を付けられて、出荷を待つだけの豚のようにな」
「ひ、非道な……! メラルド艦長、あなたからも何か言ってやりなさい! この男たちは狂っている!」
ギルモアが縋るような目を向けると、メラルドは血のように赤いマントを静かに翻し、一歩前に出た。その凍てつく双眸がギルモアを射抜く。
「事実よ、議員。私とコブラは、帝国中枢の量子アーカイブから、その『契約書』を物理的に奪取してきた。奴ら——外宇宙の騎士団は、デジタル文明が到達できない『生身の精神変調(魔力)』を喰らう。彼らにとって、このアナログに特化したシャーウッド船団は、銀河で最も新鮮な『極上のサンプル』。連盟は自らの生存権と引き換えに、あなた方を奴らに売却した」
ギルモアは言葉を失い、その場にへたり込んだ。
「そんな……では、我々はどこへ逃げればいいのだ。永遠の楽土など、この宇宙のどこにも……」
「最初からそんなものは存在しない」
シオンが静かに、しかし断固とした声で割って入った。
シオンは立ち上がり、黒い外套のポケットから、古びた一冊の日誌を取り出した。
かつて異世界(瑠の国)で、赤茶の髪の少女——リラが、国の崩壊を前にしてなお、泣きながら知恵を絞り、生身の人間として戦い抜いた記録。
「完璧な制度も、永続する国家も、最初から幻想なんだ、ギルモア。どんなに強大な王国も滅び、偉大な英雄も死ぬ。世界が壊れたら、その都度、自分の足で荒野に立つしかない。……エリオ、船団の全艦長へ有線通信」
「ハッ、すでに回線は確保しています」
控えていたエリオが、機械式スイッチを鋭く押し込む。
シオンはマントの襟を正し、マイクに向かって、いつもの気怠さを削ぎ落とした「歴史学者」の、そして「提督」の声で語りかけた。
「シャーウッド全市民、および各艦の艦長に告げる。我々の『自由』に、見積価格が付けられた。帝国も連盟も、我々に檻を用意している。……だが、断る。我々がデジタルを捨て、この面倒で非効率な木と真鍮の船団を選んだのは、誰にも停止ボタンを握らせないためだ。敵が外宇宙の騎士だろうが神だろうが、我々のハンドルは渡さない」
シオンはコブラとメラルドに視線を送った。二人の海賊は、満足そうに不敵な笑みを浮かべている。
「これより、シャーウッド船団は、宇宙海賊『ブレイダス号』『メラルド号』と共同戦線を張る。全艦、第二波に備えよ。……楽な隠居は、もう少し先になりそうだ」
その時、ペレグリンの艦底から、第一波の比ではない、宇宙の地鳴りのような重力波が押し寄せてきた。
観測スコープの向こう、星雲の光を完全に塗りつぶすように、数千、数万の「中世の鎧を着た巨神」たちの影が、星の海を埋め尽くしていく。
本物の不条理(おとぎ話)が、ついに銀河の全てを飲み込もうとしていた。




