第四話:事件の序章
さて、鴨野と寺井が町長の娘こと真波との打ち合わせを終わらせた後、そのついでで腹も満たしてから数時間後、二人は竹林と別れて百ヶ浜を散策していた。
鼻をくすぐる潮風の香りと心地良いウミネコの鳴き声に、それから町の建物の隙間から見える青々とした海。それから港町特有のゆったりとした時間を町を散策する形で味わい、その流れに皆を任せるままに感じ取る。
その感覚が鴨野と寺井にとっては居心地が良かったようで、海辺の町という場所に来たからなのか、それとも自由に町を散策しているからか、心なしか二人の顔には楽しげな表情が映っていたのは言うまでもないことであった。
「リゾート開発のゴタゴタがあるとは言え、えらいゆったりとした町やな」
「猫がグータラ寝そべってる町は大体緩いからなぁ」
「確かに」
野良猫と戯れつつもそんな会話を繰り広げる寺井を尻目に、鴨野は港町の風情の中に溶け込んでいるリゾート開発反対という謳い文句に対し、思わず目を細めると周りを見渡すかのように眺めていた。
リゾート開発で揺れる港町にて、反対派と賛成派の和解を目的にしたイベントが行われる。
そのこと自体は鴨野は理解していた上に、彼女の考えもある程度は理解していた。けれども、この町に来た時から抱いていた違和感は、どことなく感じ取っていた不穏な空気は、少しずつではあるが鴨野の中で積もり始めていた。
もちろん、それが見当違いなことであることは鴨野も思っていた。ただ、真波の話やタクシーの運転手の話を聞いたことも相まってか、ツッコミ役の勘として何かが訴えているような感覚に陥っていた。
「オイ鴨野ぉ、ここら辺で綺麗なお姉さんでも」
「コォンプラァイアァァァンス!!」
そんな鴨野の心境のは裏腹に、寺井の言葉を皮切りには二人は漫才をするかのようにプロレス技をかましていた。
ふざけるかのように言葉のキャッチボールを繰り返しては、子供のように遊び倒す。
芸人ではあるが仕事柄的に悪ガキの延長線である二人にとって、この時間が非常に貴重であったのは言うまでもないことだった。
「何でや!!僕は"綺麗なお姉さん"しか言ってないぞ!!」
「この大コンプラ時代にその言葉は火種やぞ!!」
「バレなきゃ引っかからないって言葉、知ってるか?」
「アウトやっちゃうねん!!」
真っ昼間で誰も居ない町中にて、あーだこーだ言いつつも悪ノリを繰り広げる二人。
だがその直後、何か揉め事が起こったかのような怒号が聞こえたため、その声を聞いた二人は野次馬精神が働いたのか、一旦その場を移動して様子を見に行ったところ、そこに広がっていたのは──町民とリゾート開発側が今まさに揉めに揉めている真っ只中であった。
「我々はリゾート開発に断固として反対する!!」
「モモハマの海を守れ!!」
「環境破壊するな!!」
怒号と罵声が入り混じり、今まさに混沌と化した現場を見た鴨野と寺井は、人混みに紛れつつもその光景を目撃したからなのか、これは仲直りどころの問題じゃないと思ったようで、この問題が根深いことを察した様子でお互いの顔を見合わせていた。
更に言えば、その反対派に対して賛成派の人々がリゾート会社側を守るかのように対抗してしていたので、鴨野は本能的に賛成派と反対派の溝が深いことを直感的に理解した様子で、寺井に向けてこう言った。
「.....普通、人間ってここまで鬼気迫るオーラを出すん?」
「いや、出さへんと思うで」
「せやな」
あぁ、コレは相当厄介なやつだ。
目の前で起こっている騒動──もとい、ブラックジョークと表現するにはあまりにも黒すぎる時事ネタを間近で見たからか、一旦その場からトンズラすることを二人は決めたのか、二人はその場からそそくさと立ち去っていった。
その際、立ち去ろうとする鴨野の視線に入ってきたのは、上等なスーツを着こなす三十代前半と思われる男性の姿であった。
恐らく、あの男がリゾート会社の社長なのかもしれない。彼はそう考えつつも、その姿を含めてこの出来事は彼の脳裏に焼きついていたようで、その場から少しだけ離れたその瞬間、皮肉るようにこうボヤいた。
「......いや、アレはどう見ても修復不可能やろ」
全力で疾走したことにより、ハァハァと息を切らしながらもそう呟く鴨野と、その言葉に息を整えながら頷く寺井。
鬼気迫る町の人々の様子を見たからか、二人の顔はゲッソリとした顔つきになっていたのは、致し方ないことであった。
ある程度落ち着いた後、二人は肌を突き刺すかのような夏の日差しを浴びつつも、イベントの際に出すネタは慎重に選ぼうと思ったようで、とりあえず海関連のネタはやめようと心に誓った。
「人間って、あんなに怖い顔が出来るんやな」
「たかがリゾート開発、されどリゾート開発ってことやない?」
確かにリゾート開発によって、百ヶ浜の住人達がピリついていたのは事実であった。
しかし、それが和解不可能なまでのレベルに達しているのは知らなかったようで、二人は後々イベントの主催者である真波との打ち合わせ第二弾を行うことを心に誓った。
そして、その打ち合わせの際に必要になるであろうモノを、ネタ帳を取りにいくために宿泊先の旅館への帰ろうとしていた時、さっきとは声色が違う叫び声がその場に響き渡っていた。
その叫び声はどこか衝撃的で、どこか聞き覚えがあった声であることを感じた鴨野は、ふとその声が真波の声に似ていたと感じたようで、すぐさま駆け出していった。
──その胸の中に、嫌な予感を抱いたまま。
相方の声でさえ届かないような速さで鴨野は声の響いた現場へと向かい、寺井が鴨野に追いついた頃には既に彼は現場へと到着した──のは良かったのだが、問題はその目の前に広がっている光景であった。
「「.....は?」」
息を飲み、寂れてしまった幼稚園の物置の中を見つめる鴨野と寺井。
その視線の先にあったのは、壁にもたれ掛かる形で頭から血を流した男の──真波から崇と呼ばれた男の死体であった。
こんな状況はあり得ない、非現実的だ。
呆然とした様子でそれを見つめる寺井を尻目に、彼の死体のある物置の近くに座り込んできたのは、信じられないとばかりに声も顔色も失っている真波の姿であったため、それを見た鴨野は彼女が死体の第一発見者であることをすぐさま理解したのだった。
「か、鴨野さん....」
「......こんなことがあってたまるかいな」
大きく目を見開きながらも、自分を落ち着かせるかのように悪態を吐く鴨野を尻目に、寺井は未だにその光景が信じられなかったようで、マジかと声を漏らしていた。
死体だなんて非現実的だ。
コレも夏の暑さのせいだと思いながらも、それでも目の前の出来事が現実であることを認めたくなかったのか、腰が抜けた様子の真波を支える鴨野と背中をさする寺井を尻目に、この町を舞台にした殺人事件の幕が上ったのだった。




