マリベル・ディレインは一途な女である
道の中央を空けるように人々が集まる。城から馬車が歩いてくる。
「国王陛下万歳!」
「聖女様万歳!」
「ルーレア王国万歳!」
歓声が町を包む。馬車に乗ったイザベル達が国民に向けて手を振っている。レイラも、初めての体験にも関わらず臆せず手を振っていた。それをマリベルは、ノアと共に離れたところで眺める。
「素敵ですね」
「ああ」
今日は待ちに待った聖女生誕祭。町を挙げてのパレードが行われていた。
(レイラ、とっても綺麗よ)
初めて冠を被った時は、まだ心許ない感じだったのに。今では立派な聖女だ。きっと姉のことが彼女をより成長させたのだろう。彼女の姿は、マリベルが最後に見た彼女と寸分違わない。ふと、隣の男から視線を感じた。
「何ですか?」
「いや、君のことだからあの子のことを褒めたたえると思ったんだけど、意外と落ち着いているからちょっと拍子抜けしている」
あの子が誰かすぐに思い当たる。マリベルは、ふんと胸を張る。
「褒める必要はありません。ベル様はどんな時も輝いているんですからね!」
「君のベル好きは止まるところを知らないね」
「当たり前です。ベル様のためなら何でもしますよ。たとえ殿下でもベル様を悲しませたら容赦いたしませんから」
「これは殿下も迂闊なことはできないな」
パレードを見ながら、ノアと軽口を叩く。イザベルと目が合った。満面の笑みを向けられた。マリベルも同じように最大級の笑みを返す。
「アイツのマリー好きも相当だな」
その呟きは歓声に掻き消え、マリベルの耳には届かなかった。やはり最大の敵は我が妹なのだろう。
馬車が通り過ぎ姿が遠ざかる、
「ノア様、少し休みましょう」
「…君には敵わないな」
人垣でイザベル達の姿が見えなくなったところで、マリベルは男の腕を引いた。今回はそこまで具合は悪くなっていないのに。ノアは観念したように笑った。
また、あの時と同じ公園に行く。生誕祭ということもあって、人の気配は全くしない。
「はぁ、自分の体が恨めしく思うよ」
「ふふ、でもこの前よりも断然良さそうですよ。次はもう少し遠くに行けそうですね」
ノアが片手で目元を抑える。マリベルはそんな彼の姿にデジャブを感じて、場違いにも微笑ましくなる。ノアは指の隙間から、そんな彼女を覗き見る。
「次も、約束してくれるのかい」
目が点になる。先程自分が言ったセリフを思い出す。何と言ったか自覚すると、途端に赤面する。
「そんなつもりで言ったわけじゃ、ああでも、決して嫌というわけではなくて、ううう」
慌てて弁解するが、なんと言えば正解なのか分からず、最後には変な声が出てしまった。みっともない顔を見られたくなくて俯く。頭の裏側まで赤い気がする。
「――次の約束をする前に、まずは今している約束を果たさせてくれるか?」
「は、はい。お話したいことがあるんですよね。聞きます、ぜひ聞かせてください」
恥ずかしいから次の話題に行ってほしい。その一心で、マリベルは話を聞かせてほしいと彼にお願いする。隣に座っていた男が立ち上がる。そして、マリベルの前に跪いた。俯いていても、彼の頭が下にあるのでどんな顔をしているのかわかる。彼はマリベルの目を真っすぐ見つめていた。
「俺は自分のことが嫌いだ。剣も振れない、ダンスもまともにできない。外にだって満足に出歩くこともできない。俺はあの部屋からずっと出られずに死ぬのだと思っていた。誰も俺を助けてくれないのだと」
初めて聞くノアの気持ち。胸が締め付けられる。マリベルは口を引き結んだ。
「だけど、君が現れた」
愛しさを湛えた微笑みが向けられる。
「君のお陰で妹は変われた。そのおかげで俺はあの子と日々を歩むことができた。君がひたすら俺達を慕ってくれるのを見てとても心が安らいだ。君と出会えたことで、俺は元気をもらい、生きたいと、あの檻から出たいと思えるようになった」
手が差し伸べられる。
「俺はこの体を治す。それまで、君には苦労を掛けるだろう。幾度も助けられる時がくるだろう。恩を一生かけて返せるかは分からない。けれど、俺は君と共にこれからも生きていきたい。―――マリベル・ノット、俺と結婚してください」
沸き上がる感情はあるのに、頭は酷く冷静だった。泣きたい衝動はあるのに、なぜか瞳は潤わない。
「私は、そんな大層な人間ではありません。没落寸前の男爵家の娘です」
「ほかの者が君を価値の無い存在としても、俺には君以上に素晴らしい人はいない。それに位だって関係ない。俺は君でなければいけないんだ。君でなければ生きていけない」
マリベルはそっと右手を上げる。そして、差し出された手の平に合わせるように、自分の手を乗せた。
「喜んで」
町の歓声がひと際高く、駆けあがった。
左手の薬指に嵌められた指輪が、太陽に反射しキラリと光る。
「何年経っても、お義姉様は頭が悪いのね」
「…お義姉様はおやめください」
「いやよ、この日のために何年も我慢してきたんだから、観念して私のお義姉様になりなさい」
毅然とした令嬢が、悪戯が成功したように笑う。
ここまで長い道のりだった。
彼女は常々、自分の代で家を潰えさせてはならないと考えていたようだが、彼女の両親はそんなこと微塵も考えていなかった。ただ娘が幸せなところに行けばそれで良い、という考えだったようだ。
兄の方は、まあ一悶着あったが、自分の結婚相手が王子だったのが一役買ったようだ。自分の結婚で家の権威は保たれ、これまで辛い思いをしてきた兄は好きな女性と結ばれる。この上なく、円満な解決だ。
「マリー」
令嬢は、先日やっと自分の姉になった女性の名を呼ぶ。
「私を恨んでる?」
女性のお茶を飲む手が止まる。
「いいえ、私はいつまでもイザベル様と共におります」
「そう」
庭に咲く花は、昨日降った雨で濡れていた。地上を照らす太陽によって、その雫が反射し合い、庭全体が優しい光に包まれる。
「貴女の頭の悪さは死んでも治らないのね」
「それが私の長所ですから」
「本当、どうしようもなく馬鹿な女だわ」
蔑む言葉を言いながら、彼女の顔はとても嬉しそうに微笑んでいた。
マリベル・ノットは愚かな女だ。
そして、誰よりも一途な女である。
加筆しました。
これにて完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました。
活動報告にモニカの軽い設定を書いています。興味のある方、良かったら見てみてください。




