閑話 〜元気が出る魔法〜 1/1
ああ、はいはい、ジュリアさんね。希望は主演ライラ役、と………
はい。子供の頃から演者として舞台に立っておりましたので、その経験を活かして演じたいと思いました
今までどんな役を演じたのかな?
え、と…台詞のある役であれば、"カレスの城"のメイド役とか……
……うーん
わ、私は今まで役を演じるとき、その役の人間性から表情や話し方を考えて、演じてきました。さっきオーディションでお見せしたライラについても………
いや、今ウチそういうの求めてなくて
………え
君の考え方は立派だけど……主演の子はもっと色々な舞台に立っている子にしようって決まっててね。申し訳無いけど、今回は見送らせてもらうね
□■□
「なーにが色々な舞台立ってる子に決まってるよ!! 知名度高い役者使いたいなら最初からオーディション開いてんじゃないわよコノヤロォォォォォ!!」
「どこで愚痴ってんだテメェ」
COA機関の食堂にて、ジュリアはカウンターテーブルをダァンッ!と両手で叩きつけ、悔しさに泣き叫ぶ。
時刻は夕食時を終えた夜―――ちょうど業務が終わり、厨房を締めて帰ろうとしていたモヒカンが面倒くさそうに声をかけていた。
「だいたいね! 演技は知名度じゃないのよ!! どれだけ役に真剣になれるかが重要なの! あんのハゲ監督何もわかってない!!
見てなさい、私が有名になったら頭の毛むしってやるんだから!」
「お前鬼子で時間あまりないとか言ってなかったっけ」
「そうよ! だから早く主演取って名を挙げて、ハゲの毛をむしらなきゃいけないのよ! モヒカンでもいいから!」
「俺以外で頼むわ、マジで」
モヒカンはちょっと想像してしまい、身体が軽く震えた。
ジュリアはしばらく手を震わせて俯いたまま、顔を歪める。
「このままじゃ、私…っ……………」
黙り始めたジュリアを見て、モヒカンは手荷物を抱え直し気まずそうに後退る。
「……あー、じゃ俺帰っから……また…」
…………こいつにゃ悪ぃが、俺にはどうにも出来ねぇし、めんど……………
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……んがぁぁ! くそが!」
泣きそうなジュリアを放っておけず、モヒカンは結局近くの椅子に座った。
「なんなんだテメェコノヤロー、落ちただがなんだか知らねぇがいつもの自信過剰ぶりはどこ行った?」
「なによ…帰りたければ帰ればいいじゃない」
「うるっせぇぇ! 言いたいことあんなら早く言えコルァ」
モヒカンはテーブルをドスッと叩き、ジュリアの言葉を待つ。ジュリアは一度モヒカンを一瞥してから、目を逸らして呟く。
「私……このまま死ぬのかしら………やっぱり」
「そりゃお前、鬼子なんだろ? いつかは死ぬだろ」
「そうね、だから死ぬ前に…夢見た舞台に立ちたくて、何でもやろうって……
手が届いたはずの主演女優の座を、何が何でももう一度つかみたいって。でも」
ジュリアは悔しそうに手をギュッと握り締める。
「ほんとはわかってるの、私には主演として舞台に立った経験がない。有名な劇団にいたわけでもない。そんな私が主演になれるチャンスを掴んだのは……ただの運だったのよ」
「そんなことねぇだろ、現に一回受かってんだしよ」
「いいえ、そうなのよ」
そう、わかっていた。
役者を目指す実力のある人達は本当に努力している。その中でも名を挙げられるのは一握りで、実力だけで生きていける世界じゃない。
もちろん私だって、子供の頃から誰にも負けないぐらい努力してきた自負はある。演技も歌も、苦手だったダンスも誰にも負けるつもりはない。
でも、そんなの誰だってそう。強いプライドは役者なら誰だって持ってて、その世界で選ばれるためには、一握りの縁や天運が必要だった。
なのに、私は…………やっと掴んだ天運に見放された。
「二度目は、もう無いのかもね………」
「…おい」
モヒカンは立ち上がり、ジュリアの目の前まで歩み寄って睨みつける。
「なかなか受からないって事ぐらいわかってたことだろうが」
「…それは、まぁ」
「でも数打たねぇと当たんねぇんだろ? だったらここでグチグチ言ってたってしょうがねぇだろうが。
やること決まってんなら、やれよ!」
「……うっさいわねー!」
ジュリアは勢いよく立ち上がり、モヒコンを睨み返す。
「わかってるわよ全部! 私にはオーディション受け続けるしか夢を叶える手段がないもの!
でもね! 落ちて落ちて落ちまくったら流石の私も落ち込むし元気が無くなるのよ! わかったように怒鳴られたくないわ!」
そこまで言い返してから、ジュリアは息切れしてゆっくり椅子に座った。
「全部わかってんのよ………元気がない時ぐらいネガティブなこと言ったっていいじゃない」
ジュリアは吐き捨てるように静かに呟く。…やはり、どうしてもいつもの気持ちの強さが出てこない。ほんと嫌になるわ。
「…つまり、元気が出りゃいいってことか?」
モヒカンが怒った表情のまま、片眉を上げて聞く。
「…え、まぁ……そうかも」
「わかった、ならそこで落ち込んで待ってろ!」
若干腹立つ言い方してから、モヒカンが勢いよく厨房に戻っていった。
「………なにしてるのかしら」
小さく呟きながらジュリアは厨房を動き回るモヒカンを眺める。……待ってろ、と言われたし、私のために何かしようとしてるのだろうから、流石に帰る選択肢は無いけれど、何となく不安だ。
「おらよ」
3分程経ってから、モヒカンは目の前に大皿にこんもり盛ったカレーライスとスプーンを勢いよく置いた。
「昼間まかないで作った余りだ。食え」
「何でカレーライス? 多すぎだし」
「ぐだぐだうるせぇな。いいか、元気ねぇのは腹が減ってっからだ。つまり腹一杯になりゃ元気になんだよ」
「私お腹空いてないんだけど、鬼子だから」
この男、私が腹ペコで落ち込んでると思ってるのかしら…………
何となく腹が立って、ジュリアはもう少し何か言い返そうと口を開く。が、ふんわり漂うカレーライスのいい匂いに阻まれて、言葉を止めた。
「……まぁ、いいわ」
せっかく、元気出してもらおうと用意してくれたものを突き返すほど酷い人間じゃないし、モヒカンのくせに意外と美味しそうなカレーを用意してきたので、食べることにした。
「…いただきます」
「おう」
カウンター越しに得意気に笑うモヒカンに見守られながら、スプーンを持って一口。ゆっくり咀嚼して、ジュリアはまた一口食べていく。
誰かに作ってもらった料理を食べるのはいつ振りだろう。鬼子になるずっと前、一人暮らしを始めてからずっと、温かい料理を誰かに作ってもらうことなど無かった。相当久し振りだ。
「……何ニヤついてんのよ」
「いや? 別に? 美味いだろ?」
「そうね、美味しいわ。誰でも作れる普通の味ね」
「んだとコルァ」
減らず口で半分になったカレーライスをジュリアはもくもく食べ進める。……鬼子でお腹が空かないように、満腹になることもないようで、大盛りのカレーライスは結局きれいに平らげることが出来た。
「ごちそうさま、どうもありがとう」
「ん」
満腹で元気が出た、とかは無いが………何となく心の奥が温かくなった気がした。
□■□
ゆるく笑顔を浮かべて皿を返すジュリアを見て、モヒカンはふと、思い出したことがあった。
《おや、こんな雨の中どうしたんだい?》
《寒かったろう? 何か食べていきな》
昔の俺は喧嘩に明け暮れて、親に勘当されて、それでも懲りずに喧嘩吹っ掛けて、しまいにゃヤクザにまで手ぇ出して…………
おばちゃんに初めて会ったのはそんな自業自得の孤独で、どうしようもない頃の雨の日だった。
《とりあえずたんと食べな。その怖い顔も、少しゃマシになるだろうさ》
今でも、忘れられない。多分、一生忘れない言葉がある。
《いいかい? 美味しいものは世界を救うんだ。腹一杯になれば、それだけで人は幸せになれる》
■□■
「……何、泣いてんの? モヒカン」
ジュリアの驚いたような声にハッとして、モヒカンはすぐに顔を背ける。
「泣いてねぇよ! クソが!」
あー…ダセェ、最悪。
モヒカンは振り払うように皿をシンクへ持っていき、洗い始めた。チラッと振り返るとジュリアがニコッと笑う。
……まぁ、多少でも元気が出たならいいけどよ。
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