先輩、わたしの眼を見て言ってください! 4
ドーンドーンと景気よく花火が打ち上がっていく姿を、俺は理由の良くわからない流れでふたり並んで見上げている。
場所は河川敷の上にある土手で、ここからでも川の対岸から打ち上げられている花火がよく見えるスポットだった。
この大人数の地元市民の中に、きっと瑞希やその親友も来ている事だろう。
「堀川先輩、どうしてわたしと顔を合わせてくれないんですか?」
「い、いやそんな事は無いよ。いつも見ています」
「嘘ですね。堀川先輩、最近なかなかわたしと顔合わせてくれないじゃないですか。今だってずっと明後日の方向ばかり見ていますし」
金魚の形をした和風ポーチを両手で持った箕面さんは、とても嫌そうな顔をして俺の顔を睨み付けていた。
まさかその顔が怖いので、普段は出来るだけ顔を合わせない様、見ない様にしていましたとはとても言えない。
そりゃそうだよ、納涼会の花火を見に来ているんだから、花火を見るでしょうなんて言ったらすごい勢いで睨み返された。
「何ですか?」
「いや女の子と会話するのとか苦手なもんで俺」
「知ってます」
「それで箕面さんはどうして俺に声をかけたのかな……」
だって俺たち部活が一緒、むかし通った道場が一緒という意外にまるで接点がないからね。
多少は組み手や稽古での交流はあったかもしれないが、学年も違うしむしろ瑞希と箕面さんの方が接点が多いくらいである。
「瑞希に相談したんですよ。どうしたら先輩がわたしの事をちゃんと見てくれるかって……」
「ほへ?」
「好きなんですよね、わたしの事。いつもずっとわたしの事を見ていましたもんね。わたし知っています」
唐突な箕面さんの切り口に、俺はたまらず意味の良くわからない返事を飛ばしてしまった。
俺が君を好きってどういう事? かわいいとおもってニヤニヤしながら見てたけど、いくらなんでもそこまで妄想が飛躍した事は……
「それにわたしも先輩の事が好きだから、お互いの気持ちをはっきりとさせておこうと思って、前々から思っていたんです」
突然の言葉に俺が驚いて歩く足を止めてしまったのである。
すると振り返った箕面さんは、その口元を少しだけモゴモゴさせたあとにこう言ったのである。
「その事を、なかなか言い出せなくて今日になっちゃいました。本当はもっと早くに言えばよかったんですけど……やっぱり迷惑だったでしょうか」
箕面さんが、俺の事を好きだっただと!?
いやあ、だって俺普通の顔をているし、別にモテるタイプとかじゃないと思うんだけど。
そりゃもちろん年頃の高校生だし彼女が欲しいとは日々思ってはいたところだけれど、だからと言って具体的なアクションをこれまでしてきた事も無かったわけで。
「先輩は童貞ですよね」
「どどど、童貞ちゃうわ!」
完全に取り乱していた俺は、童貞と言う言葉に過剰反応してしまった。
どうせ俺の私生活は瑞希との連絡を通してほとんどモロバレだったに違いないと言うのに、馬鹿なことを言ってしまったものである。
「嘘です。瑞希から聞きましたけど、誰とも付き合ってないそうですし」
「わたしじゃだめですか? お付き合いする相手、両想いですよねわたしたち」
気が付けば鋭い猛禽類の様な眼をした箕面さんの押しに負けそうになって、ジリジリと民家の塀に背中を預けて追い詰められてしまった。
すっと箕面さんの右手が伸びた瞬間に、俺は完全にガードが無謀になっている事に思い至る。
きっとこれが空手の試合なら、間違いなく一本取られていたのではないか。
「壁ドンですよ先輩、壁ドン」
「かべ、何だって?」
追い詰められた俺は意味不明な言葉に、ガタガタと震えながら箕面さんの手が壁に押し付けられるのを黙ってみていた。
「先輩、もう逃げられませんよ。はっきりさせてください。わたしも言いますから」
「はっきりって、何を……」
「堀川先輩はずっとわたしの事見てましたよね? それは事実ですよね?」
「かわいいなって、思いながら確かにハイ……」
「わたしも先輩の事は気になってみていました。その、わたしも……」
そうなの?
あの猛禽類が睨みつける様なあれは、俺を気になって向けていた視線だったのか。
今もその視線を向けられながら、俺は蛇に睨まれた蛙の様になってしまったではないか。
ドーンパラパラと背後で弾ける花火。
いたたまれなくなって視線を外したところで、クイと俺はアゴを触られて視線を戻される。
「ちゃんとわたしを見てください。その、好きです……」
「……ありがとう?」
何と答えていいのかわからなかった俺は、ついそんな間抜けな返事をしてしまった。
そうすると最後に彼女は潤んだ瞳を浮かべながら俺に顔を近づけて、
「それは了解という意味にとってもいいんですよね。お付き合いできるって事ですよね?」
◆
俺が思うに、箕面香奈枝という後輩女子は思い込みの激しい性格なのだろうと思う。
いわゆる電波系かも知れない。
チラチラとかわいいなあと思いながら稽古中に観察していた俺の視線を感じて、てっきり俺が彼女に強い好意を寄せているのだと思い込んでいたらしい。
まあかわいいと思っていたのは事実だし、向こうからも視線を向けて来ていた(俺からするとただ不機嫌に睨まれていたのではないかと思っていた)のが多少気になってドキドキしていたのも事実だ。
俺の視線を感じて、ドキドキしている俺の姿を見て、これはもう間違いなく「わたしに気がある間違いない」と確信したらしい。
その結果、瑞希に相談したりしていたそうなのだが、自分は少女漫画や恋愛小説などが大好きなくせに恋愛とはまるきり縁のない瑞希では、要領を得なかったらしいね。
てっきり俺がヘタれていつまでも告白してこようとしないものだから、
「思い切って納涼祭の日に俺を拉致して、先輩に告白してもらおうと思ったのです。何か問題がありましたか?」
「いえ、ないです……」
夏休みも終わりかけにさしかかった八月末。
風鈴の揺れる自室で俺と箕面さんは向き合っていた。
簡易の折り畳み机にテキストとノートを広げて、俺と彼女はお勉強中である。
相変わらず獰猛な捕食獣な視線を俺に向けて来る箕面さんであるけれど、実はこの不機嫌その物の顔にいくつかのパターンがある事をこの夏覚えたぜ。
例えば居間などは、いかにも怖そうな顔をしているけれど、実のところドキドキしているときの表情だ。
「香奈枝ちゃんが本当は心優しい子で、とても献身的だって俺は知ってるからさ」
昼間はパートに出ているお袋の代わりに瑞希が昼飯を作ってくれてたのだが、何度か失敗したとSNSで愚痴を言ったところ、ちょこちょことお昼ご飯を作りに顔を出してくれたぐらいだ。
もちろん例によって突然強引に、ピンポンがなった瞬間には食材の入った買い物袋を引っ提げて登場だ。
何の予告も無かったから俺はびっくりしたが、ニヤニヤしていた瑞希だけは昼飯当番から解放されたと大喜びだった。
「ほ、本当ですか。迷惑ではないですか?」
「迷惑だなんてそんな……」
「じゃあご褒美をください。夏休みの思い出が欲しいです。さあ、早く」
ちょっと照れくさそうな顔をして俺がそう返事をしたところ、食い入るように箕面さんが身を乗り出して来たではないか。
普段はちょっと恥ずかしいので言いよどんでいるのだけれど、最近は箕面さんの事を意識して香奈枝ちゃんと呼ぶことにしている。
そこが箕面さんの興奮度をアップさせたのかもしれない。
俺がドギマギとしていると、箕面さんがガシリと俺の顔を両手でつかんだ。
逃げられないと思った次の瞬間には唇を奪われていたのである。
「ちゅるん、ちゅぱぁ……こうなりたいと思っていたのは、わたしだけじゃないですよね?」
箕面香奈枝は電波系捕食女子である。
世の中は弱肉強食だ。俺は彼女に睨まれて、たまらず唇を差し出してしまう獲物そのものだ。
だが俺も唇を捕食されるのもまんざらでもないと思っている。
むしろ俺だってたまには一転攻勢、野獣先輩になる事はあるぜ。
「香奈枝ちゃん、俺もうたまりません……」
「ちょ、駄目です先輩。瑞希が隣の部屋にいます。やめ、はあン……いい加減にして!」
バキッ。
おわり
短期集中連載の『コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ』ひとまずこれで終了いたします。
また、最後までこの物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
連載中の『異世界村八分』や『鈍器無双』もよろしくお願いします!




