先輩、わたしの眼を見て言ってください! 3
翌日の事だ。
その日は夏休みの部活も予定されていなかったので、俺は朝から自室のベッドに転がって過ごしていた。
何やら瑞希の昔なじみの同級生が昼過ぎに遊びに来ていたのは覚えているけれど、そのまま「アニキちょっと出かけてくるから!」と階下から聞こえてきたので、きっとショッピングにでも出かけたのだろう。
水ばかり飲んでいたのでトイレが近くなった俺は、夕方近くになってから一階に降りて来てトイレに向かった。
すると、出てきたところでピンポンと玄関の呼び鈴が鳴ったのである。
「はいはい、今出ますから待ってくださいね……」
何の気なしにインターホンの受話器を覗き込むと、玄関口に着けられているカメラモニタに来客の姿が写り込んでいる。
前から思っていたが、カメラの位置が低すぎてお客さんが覗き込む様にしないと顔が確認できないのがいただけない。
どれどれと受話器を取るついでにモニタをしっかり確認すると、相手は果たして浴衣姿の女性だった様だ。
ただし例の問題によって顔が確認できないので、誰だろうと思いながらインターホンの受話器を取る。
「はい、堀川ですけど……」
すると浴衣を着た女性がかがみこむ様にして、カメラに顔を近づけて来る。
「こんばんは先輩、わたしです」
「げっ箕面香奈枝?!」
俺はたまらず相手の顔を確認したところで、ついつい思った事を口にしてしまった。
あわてて受話器の口をふさいで見せるがまったく意味の無い行為で、軽いパニックから挙動不審な態度をリビング内でしてしまったのである。
よかった、この姿を箕面さんに見られなくて。俺は咳ばらいをひとつして急いでお返事をした。
「や、やあ箕面さんこんばんは……」
「先輩、今げぇって言いませんでした? 言いましたよね」
「いやあたぶん、えっと、気のせいです」
「そうですか、ならよかった。瑞希に確認したら今日は堀川先輩、何の予定も無かったって言うし、しかも部屋で寝ているだけって言うじゃないですか。先輩はとんでもない嘘つきですね」
「いや嘘つきというか、瑞希に確認したってどういう……」
妹の奴め、なぜ俺を箕面さんに売るような真似をしたんだ?! と焦って受話器を持つ手を変える。
その時に壁にかかっているカレンダーがチラリと見えたので、そこに書かれている文字を俺は目撃した。
瑞希の描いた文字で金曜日、つまり今日の日付の場所に「納涼祭」と書き込まれていたのである。
近所の河川敷でやっている花火イベントの事で、屋台も出るしちょっとした催し物モノある。
「先輩が今日予定あるかどうか瑞希に確認したら、先輩は彼女もいないし男同士でお祭りに行くのも馬鹿らしいからその日は家にいるはずだって言ってたんです」
「……」
「ついでに昨日もあのあと瑞希に連絡したんですけど、やっぱり先輩は瑞希と一緒にお祭りに行く予定はないって言ってたじゃないですか」
「…………」
「ちなみに瑞希はアカネたちと一緒に納涼祭へ遊びに行きました。先輩もアカネはご近所だからお名前ご存知ですよね。高槻茜さんです」
茜というのは昼間に遊びに来ていた近所に住んでいる瑞希の幼馴染、親友だ。茜ちゃんと瑞希が出かけているのが筒抜けになっているとは思いもしなかったぜ。
いやまあ、クラスメイトだし部活も一緒だから横で繋がっていてもおかしくはないか……
きっと今流行りのSNSのグループで共有されていたのだろう。
ちくしょう、クラスではあんま話さないとか言っておきながら、そりゃないぜ!
「先輩、十秒数えるうちに顔を見せてくださいますよね?」
「え、ちょ――」
「ひとつ、ふたつ。みっつ……」
俺はあわてて受話器を放り出すと、急いでリビングから玄関口に向かって走り出した。
とりあえず取るものも取らず、靴箱の上に置かれた鏡で髪だけささっと確認して扉に手をかける。
どういう事だよ、本当に家まで押しかけてきやがった。
顔を貸せってやっぱり俺シメられちゃうのかな。
セクハラとかした覚えはないんだけど、部活稽古中に何か起こらせて、ってそれじゃ浴衣の意味が分からない。
という事は納涼祭に行くって事でいいのか浴衣だし、いやまさかそんな。でもなぜ俺!?
ガチャリとドアを開ける瞬間、俺は死を覚悟した人間が見るとらしい走馬燈の様に色々な想いが駆け巡った。
「や、やあこんばんは。浴衣姿似合ってるね……」
「ありがとうございます。では付いて来て下さいね」
とても怖い顔をした箕面香奈枝は、俺を睨み付ける様にして見上げていた。
「えっと、ちょっとまってサイフとか何も持ってないから。あんまりお金入ってないけど、すぐ用意します」
「待ってます。急いで」
キツい口調に感じられる言葉を箕面さんが口にしたところで、俺は転がる様に自分のサイフを取りに行く。
カネをカツアゲされるのかと思ったけれど、それはない。だったらいつも一緒にいるギャルいチャラっとした感じの後輩女子たちと一緒に来るだろうしな。
たぶん間違いなく、でもあり得ないと思って想像していなかった納涼祭に、俺は誘われたのだろう。




