初恋 後
そう言えば村下さんつながりで、
有川浩先生も「好きだよと言えずに初恋は」という作品を書かれていましたね!
いつの間にか恵理菜のことばかりを考えるようになってしまった俺は、少しでも冷静さを取り戻すために恵理菜の魅力というものを再確認してみることにした。
一方的に自分が惚れてしまった事に、どこかくやしさがあったんだと思う。
まず、たいそうな美人顔だという事だ。胸も豊満だし長身でスタイルもいい。それでいてオッチョコチョイなところがあって、盛大に自転車から転げ落ちたのを見たことがある。尻餅をついて「ふあぁ」とか悲鳴を上げていた。
恵理菜と頻繁に話をするようになったキッカケは、俺がその現場に居合わせて助けたからだった。
こうして見ると、ごく最初に恵理菜に目をつけたのはほとんど外見的理由である事に気がついた。
これじゃまるでカフェスペースで恵理菜を落としにかかっていた男といくらも違いが無いじゃないか。
いいや、それだけじゃない。
恵理菜を一番魅力に感じたのは、ちょっと言葉にしにくいのだけれど、違和感なく自分の心のテリトリー内に、彼女が住み着いていたというのが実際のところだ。
正直な話、俺にはこれまでまともな恋愛経験が無かった。
誰かと付き合った事はそれまでにもあった。ただしそれが純粋に人を好きになって、という理由から付き合いだした訳でもなく、単に彼女が欲しい一心で付き合ってみたという方が正しいだろう。
だからこういう経験ははじめてだった。実際、ひとりの女の子をこれほど観察した事も興奮した事もなくって、正直俺はかなり戸惑った。
けど悪い気はしなかった。
だから恵理菜が、俺の初恋の相手なんだろう。
それから何度か遊びに行ったり、例のサークルのコンパの二次会ではこっそり酔った彼女を介抱する口実で抜け出して一緒に莫迦話したり、何となくいい雰囲気だった。俺様もこのまま付き合えるかなって密かな確信を抱いたたんだぜ。
☆
しばらくしての事。
「俺、彼女出来たわ」
大学の食堂でワキさんに報告した。
「良かったな、おめでとう」
ワキさんは感動もへったくれもない平然とした顔で返してくれた。 もちろん彼からすれば、俺が恵理菜と付き合う事だろうと思ったんだろう。
だから「相手は?」などと野暮な事は聞こうとしなかった。
けれども、実際に付き合う事になった相手は別だった。
「バイト先でさ、知り合った人」
と俺が言うと、かなりワキさんはびっくりしていた。
そりゃそうだろね。
結局の所、恵理菜とは友達以上には親しくなれなかった。
確かに一緒にいる時間は今までより増えたけれも、本気で人を好きになったのがはじめてという俺は、情けない事に言い慣れていたはずの今までの口説き文句が喉から出てこなくなってしまった。
そんなこんなで徒労を繰り返している内に、無情にも時間と焦りが重なっていった。
だから微妙な関係から一転して、俺と恵理菜のポジションは良き友人の立場で固まってしまったんだ。
そんな初恋経験をなかなか受け入れられずにいた俺は、精一杯現実逃避をするために
我武者羅にアルバイトする決心をして、繁華街にあるバーで働き出した。
今までは気障ったらしく背伸びして、どうやって女の子を口説こうかと利用してきた場所だった。
どうしてその場所をバイト先に選んだのか当時は考えもしなかったが、心のどこかに現実逃避だけでなく何かしら贖罪めいた気持ちもあったのかも知れないな。
一度働き出すとバーテンダーという仕事は楽しくて、それこそ学校そっちのけで週末は忙しかった。
そこで知り合った年上の女性と、仕事明けに呑みにいったりする様になって、その女性と色々仲良くなってしまった。
今までの俺様なら、特に無感情な具合で恋愛ゴッコをしていたんだろう。
けど、何だか恵理菜と親しくなった時に、人を好きになるって事がどんな事なのか知ってしまって、今までの様に不誠実な事は出来ないって思うようになったと思う。
その女性と関係を持ったのは、やっぱり酒の席だった。
今までなら格好付けまくって気障ったらしく取り繕っていた俺だけれども、自分をとりつくろう事が莫迦らしくなって、けっこう素の自分をさらけ出すようになっていた。本当の俺はひどくお喋りで、下品な話も大好きだし、酒の味なんて実は判らない。そういう自分を丸出しにすると、気持ちよかった。悪酔いしてお姉さん尻がエロいね、なんて言ったのも覚えてる……。
本音と探りあいをない交ぜにして、ふと俺はあびるほど酒を呑んだ勢いで相談してしまったんだ。
「好きな子になかなか好きだって言えないだけどさ。どうしていいかわからない」
もちろん好きな相手というのは恵理菜の事だった。
「じゃあ私で予行演習してみなよ」
そう、見事に切り返された。
まるで恋愛漫画を地で行く様なシチュエーションに、俺は絶句してしまった。
興奮もするし狼狽もする。予行演習して見なさいよと言われて、そう簡単に出来るわけが無いじゃないか。
「まさかキスするのが初めてってわけじゃないでしょうが。ほら、早くなさいよサトシくん?」
これは彼女氏の、すべて計算ずくの手口だった。
俺も女の子と遊びまくって、色々小慣れた口説きのテクニックを知っているつもりだったけれど、あれよあれよという間に彼女の蜘蛛の巣の如き懐内に、からめとられてしまったのだ。
そして、それが悪くないなって俺は思った。
恵理菜が好きな俺を、自分の方に振り向かせる自信があったんだという。
彼女氏の、そして俺様本人の名誉の為にも弁明させてもらえば、彼女は俺の事が好きだったからそうしたのであるし、俺も観念したからお付き合いしました、という訳ではもちろん無い。
小柄な体に似合わぬ堂々とした大人の女性といった風で、それでいて茶目っ気のある魅力的な人だった。やはり酒が強いという処と、まるで裏表の無い性格という点では恵理菜と共通していたけれど、むしろ俺と性格の共通点が多かった気がする。
☆
後日の事。
俺と彼女氏と、それから恵理菜の三人が大学のサークルの打ち上げで顔をあわせる機会があった。
新しく出来た彼女氏を友人どもに紹介して回った後、ふとひとりになった瞬間に恵理菜から声をかけてきた。
「彼女さんすごく美人さんだね」
恵理菜は、あまり俺の顔を見ずに言った。
俺の方もどこかバツが悪くて恵理菜を直視できなかった。
だから恵理菜がその時にどんな表情をしていたのか判らない。
けど、ずっと言いたかった言葉を思わず口にしてしまった。
「あの、俺さ。実は恵理菜の事、好きでした」
あれほど言いたくて言葉に出来なかった苦悶の台詞も、この時は案外楽に言えた。どうしてもっと早く言えなかったんだろうな。正直すごく不思議な気分だった。
それに対する恵理菜の返答は、ちょっと口ごもって何か言おうとして躊躇した後、ようやく俺に顔を向けて……。
「そういう事は、もっと早くに言ってくれないとねぇ……」
この時は、ちょっと説明し難い罪悪感が一杯だった。彼女氏に対してもあるし、もちろん恵理菜にに対しても。
嗚呼、何だろう。俺ってどこまでも最低だ、そう思った。
「彼女さんを大切にしてね」
と言って、恵理菜がちょっと複雑な表情で笑みを浮べてくれて。
俺と彼女氏との関係は、今のところ順調に進んでいる。
バーテンダーのアルバイトを始めてから、卒業後も真剣にサービス業に進むことを考えはじめていた俺だったが、年上の彼女氏はその事に積極的に賛成してくれてもいた。
恵理菜の近況はと言うと、何でもゼミの相方になった男と付き合い始めたんだそうだ。見るからに生真面目で、以前恵理菜に付きまとっていたようなチャラい男では無いので、俺たちサークル仲間としても安心だ。
もともと美人だった恵理菜だけれど、恋人を作ってからは以前にもまして美貌に磨きがかかって大人の色気があるような気がする。
こういう事を言うと、未だに俺が未練たらしいように写るかもしれないし、もしかするといくらかは心の何処かにそういう気持ちがあるのかもしれない。
けれども、俺の中で一番大きな気持ちはやっぱり感謝だった。
俺に初恋というか、真面目に人を好きなる事を教えてくれたひと。
それと、今こうして彼女氏とそれなりに上手くやっていけているのも、恵理菜のお陰だ。
心から感謝しなければいけない、ありがとうと。




