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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
お姉ちゃんのことはわたしが守るんだからねっ
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お姉ちゃんのことはわたしが守るんだからねっ 5


 猿渡が姉のボーイフレンドだって事を響は認めたくなかった。


 いつだって奏は響の大切なお姉ちゃん。だから絶対に渡したくはない。

 そうやって響が姉に対して異常にも思える慕い方をするのは確かなきっかけがあった。

 新発田家の中では当然のことであるように接していたけれど、響の頭にぴょこりとのぞかせた耳と腰から生えるくるんと巻いた尻尾という仔犬の様な容姿のせいで、ずっと幼かった頃に響はまわりの子供たちと馴染むことが出来なかったのだ。


 否、あたりまえの人間として扱ってもらえなかったのは、響にとってとっても酷い扱いをされたことだった。

 姉の奏は、そんな響のそばにあって、ずっと普通の人間として扱ってくれた。

 当たり前だ。家族なのだからもちろんそうしてくれるのだけれど、奏は常に響を守ってくれた。


 だから、響は姉のことをずっと慕っていた。姉の奏だけは響の仲で絶対の存在だった。

 もしも自分の中で姉を失うことがあれば、きっとまた、誰かにひどい目にあわされてしまう気がする。犬ころと馬鹿にされるかもしれない。

 だから、響は奏を手放すことが出来ない。そんな風に心の中で考えていた。


――お姉ちゃん、だいすき。でも、だいきらい。だから、ぜったいに、わたさない。


 走りながら言葉を繰り返す。


    ☆


 勢いよく走り去っていった妹を、ぷいとそっぽを向いて見送った姉の奏。


「さ、行きましょっか。今日は時間もタップリあるし駅前もまわります?」


 奏はいかにも空元気で笑みを浮かべて猿渡を見やった。


「あ、ああ。そうだな……」


 やはり内心は心穏やかでいられないのだろう。

 同じ学校だけれど学年の違う猿渡は、文芸部の活動を通してしかこの少女について知るすべはなかった。


 けれども、その中にあってさえ奏は妹の話をたびたび猿渡に語っていた。

 家族の中でいつも朝が早いこと。あまり料理が得意ではない妹と一緒に夕飯を用意したりすること。ある時はお使いに出た妹が、頼んでいたお父さんが大好物の缶詰を忘れて帰って、あわてて買いに戻ったこと。

 たまの休日には二人でお出かけして、ショッピングモールで服を見てまわったという話も聞いたことがある。


 それらの妹にまつわる話を聞いているだけでも、普段の彼女たちがいかに姉妹仲がいいのかというのは猿渡としても理解出来た。

 猿渡と奏の関係はお互いに好きだという気持があってようやく最近それを確かめ合ったばかりで、まだ付き合おうという確かな言葉をお互いに交わしたわけではないのだ。


 もう少し二人の距離が近ければ、今回の件で何か気の効いたことを口に出来たかもしれない。

 猿渡にとってまだ手探りの状態で、今は姉妹の関係に意見を言うのが怖かった。

 しばらく二人は無言で、それでいてぎこちのない笑みを時おり浮かべて互いの顔を見やりながら駅前への一本道を進んでいた。


 言葉の無い時間が徐々に猿渡の気持ちを複雑にさせる。

 確かに先週の部活帰り、二人で今日ちょっとしたデートに出かけようという約束をしていた。


 部活がある日はどうしても帰りが六時七時になってしまうので、今の関係ではそのまま街に繰り出そうと誘うのは難しいものがあった。

 普段の部活が無い日なら妹と一緒に帰宅してしまう奏と今日こうしてプチデートが出来ることは嬉しいけれど、次に同じ様なチャンスがいつやってくるかはわからない。


 だけれども。


 お互いが気持ちよくデート出来ないのであれば、意味が無いように猿渡は思った。

 駅前の商店街が見えてくると、奏が先輩を見やって口を開く。


「わたし欲しい雑誌出てるからあとで本屋さんに寄ってもいいかな?」


 何だか強引な風に話を切り出しながら駅前商店街を歩む奏に、猿渡が切り返す。


「なあ新発田――」

「それからその帰りにスコーンと紅茶が美味しいお店があるから行ってみたい」

「妹ちゃんのこと気になってるんじゃないのか?」

「…………」

「やっぱり行ってこいよ」

「……自分の主張ばっかり押し通して、先輩と先約があったって言ってるのに聞かなかったのはあの子の方ですから。先輩は気にしなくてもいいです!」

姉妹(きょうだい)の関係に立ち入るとか、そういうのじゃなくて。せっかくのデートだったのに新発田がそんな顔しているから」

「何言ってるんですか先輩、わたし凄く楽しい顔してるでしょ?」


 ニッと無理から作り笑いの様な顔を作る奏。


「まあ、あまり楽しそうな顔には見えないな」

「そんなことないですよーほら」

「いやそんな事あるよ。今だって無理してる顔だよ。本当は妹ちゃんのこと気になってるって顔」

「…………」


 奏は無言になって足を止めた。


「先輩はそれでもいいんですか? わたしと一緒に遊びに行くの嫌?」

「俺は新発田と、気持ちよくデートできたらいいかな」

「気持ち、よく?」

「そうだな。今の新発田は明らかに妹さんのことで心ここにあらずって風に見えるぞ?」

「……そんなことない」

「まぁ妹さんには負けたくないけど、せっかくのデートだから新発田には楽しく気持ちよくやってもらいたい。だからまず妹ちゃんとのこと、解決してこいよ?」


 そんな事を言いながら、猿渡は奏の手を握った。


「……でも」

「ほら、しゃきっとしろお姉ちゃん。今回はしょうがねえから妹ちゃんに新発田を譲ってあげるって言ってるんだ」

「先輩……」

「それでちゃんと解決したら、その。俺と正式に付き合ってくれないかな? そしたらもう堂々と俺たちもデート出来るんじゃね」

「……先輩、それ甘いですよ。響のことだから先輩にライバル心燃やして絡んでくるかもしれないし」

「ならそれで、妹ちゃんと勝負するまでだな」

「そんな馬鹿なこと言って……」


 奏はそう独りごちた。

 それから無言で先輩に肩をポンと叩かれた後、


「じゃ、妹のところに行って来ます……。ちゃんと仲直りしてきますので先輩待っててください」


 優顔に白い顔を浮かべた先輩へ奏はペコリと頭を下げると、きびすを返した。

 

    ☆


 独り寂しく家に帰ってきた響は、自分の部屋に鞄を放り出して制服を脱いだ後、居間に下りてきた。

 けれども、ソファに寝そべってパタンパタンと尻尾を振り子にしながら夕方のニュース番組を見ている響は、つまんない気持ちでいっぱいだった。


 いつもならお姉ちゃんとお使いに出かけたり、居間で撮りためていた深夜のバラエティ番組を一緒に見ていたりする。

 すると、寝室で洗濯物をたたんでいた母が居間に顔を出して、ソファで足をブラブラさせていた響を見つけた。


「あら響、帰ってたの? ちょうど良かった、そろそろスーパーの割引時間になるから悪いけどお刺身を買って来てくれるかしら? それと牛乳がなくなりかけてるからついでにお願いね」


 悲しいもので、姉はいなくても母は響にお使いを命じるのだった。


「えーそんなのお姉ちゃんに頼んでよ」

「お姉ちゃんはまだ帰ってないじゃない。というか一緒じゃなかったの?」

「お姉ちゃんなんか知らないっ。お姉ちゃんなら猿先輩とどっか出かけたし」

「猿先輩? 部活の先輩かしら。まあとにかく早く行ってきなさい。急がないと売り切れちゃうんだから」


 有無を言わさない口調で母に命じられて、響はしぶしぶエコバッグに財布を放り込んでスーパーに向かうことになったのである。

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