トツゲキイチバン!
ヤッチマッタナァ
「純くんは、どうしてあたしに声かけたの?」
あまりに単刀直入に質問をされてしまうと、困ってしまう辰巳純だった。
そもそもナンパをする以上は、狙いやすい相手に絞り込んでやるのが当たり前だろう? なんて、とてもじゃないけれど言えるわけが無い。
安かろう不味かろうな居酒屋チェーンで向かい合った純の目の前の女性は、見た目からして男慣れ遊び慣れしていなさそうな女性に見えたから。
フェミニンなヒラヒラのキャミは濃緑で、下に着たシャツの色も地味な茶色だった。その格好にひざ下までのジーンズ姿でひとりショッピングをしていたらしい彼女に声をかける気になったのは、地味目ながらなかなか美形な顔だったからだ。
ほとんど化粧ッ気の無い、それをナチュラルメイクと言えば聞こえもいいのだけれど、ぱっと見は田舎娘だろうかとアタリをつけたのだけれども。その顔に一点、ルージュを引いた唇だけが妙に艶かしくて、少し凛とした印象があった。
そんな彼女が少々迷子になった様に困り顔をしているところを純が声をかけたのだ。ところが、
「あたし遊んでる女に見えたとかぁ? もしかして純くんー、簡単に落せるとか思ってた訳?」
「いやいやいやそんな事ねーよ、なんか困ってる様子だったから声かけたまでだし。ほら、だからショッピングとか一緒に付き合ったじゃん」
遊んでる女とは正反対に見える女は、最初の第一印象に比べるとまったく違っていた。どうもこの辺りの地理に不慣れだったというだけで、ずいぶん積極的なハキハキする物言いだったのにびっくりしたぐらいだ。
聞けば公務員というから、男慣れしていないというのも何となくわかる。
年齢は今年二十八の純よりも二、三年下だろうかとあたりをつけた。少なくとも自分より上という事は無いだろう。
「セリちゃんがそんな女じゃない事は、第一印象でわかってた」
「じゃあ、なんであたしたち、ここでお酒なんか呑んでるのかなあ?」
「そりゃまあ、女性にお近づきになれる機会がめったにねーから、少しでも親睦を」
「要するにナンパだったんでしょう?」
「うん、まあね」
からかわれて、それでも悪い気があまりしない純は苦笑いを作って返した。
「俺の職場、男所帯だからさ。ちょっと勇気を出して女の子に超えかけてみた訳」
「へぇ土建屋さんとか、そっち系? 日焼けしてるもんね純くん」
「うん、まあ。そっち系だな」
曖昧に純が返事した。
「あたしね、職場関係意外で異性とこういうとこ、はじめてかも」
そんな事を言う。対面の矢崎セリは手にしていたビールジョッキを卓に置くと、ほお杖をして目を細め純を見返してきた。
「本当に? てことは俺が職場以外で始めてのお相手か」
「そうなるねー。んー実はあたし、職場恋愛しかしたことなくって」
「じゃあ俺がセリちゃんの、職場恋愛以外の始めてのプライベートのお相手とか、立候補してもいいかな?」
けっこうビールジョッキを重ねていい加減酔いが回ってきた頃合だった。お陰で普段から純自身が自覚はしていた、妙に距離感の怪しい、親爺臭い馴れ馴れしさに磨きがかかって、軽口も絶好調になっていたのだろう。
「もう、あって始めての男が、簡単にそういう事言わないのぉ。あたしは身持ちが固い方なんだからね!?」
いいのかいこんなにホイホイついて来て、身持ちが硬い娘が。とは思うけれど、少なくとも今日のところは連絡先交換だけで許してやろう。そんな事を益々酒が回った脳裏で純が悪巧みをしたものの、どうやら意識の方はその作戦に追いつかないでいた様だ。気が付いたら前後不覚になっていた。
◆
「……あったまいてえ」
やっぱり二日酔いになっちまったか。なんて事をガンガンと共鳴する頭をかかえてムクリと起き上がった純は、ふとそこが自分の寝床ではなかった事に気が付いた。
真っ裸の自分の姿が、壁一面の鏡に映っている。ふらふらと視線をさまよわせると、部屋の向こうにガラス張りのバスルームが見えた。誰がどう見ても大人の大人による大人の遊戯を楽しむ為の宿泊施設である事は明白で、純の隣には裸でうつぶせになって寝息を立てている女がいる。昨日、居酒屋であびるほど酒を呑んでいた相手、セリがいた。
自分の着ていたジャケットやら、セリの衣服もベッドの上に散乱していた。
妙な艶かしさとでもいうのだろうか、枕元にくるまったティッシュが幾つも転がっているのだから、やる事はしっかりやったのだろう。けれども、
「何にも覚えてねぇ……何にも覚えてねぇとか、もったいねぇ」
今何時だよ、と慌てた純は腕時計を見やったが午前三時二十分、帰隊までの時間はまだ余裕があった。
覚えていないけれど、とにかく隊の起床時間までは二時間半はあるから、それまでに帰隊しなければならない。まだ夢の中にいるだろう隣のセリを起こさない様にして、純はゆっくりと起き上がった。
隣で幸せそうに寝息をかいているセリは、時々むにゃむにゃと唇を動かしていた。服を着ているときはあまり気にもしなかったが、随分引き締まった体つきなのに驚いた。プリっとした尻もいいが腰もくびれているし、寝そべってシーツに押し付けている胸の膨らみも結構なサイズだった様だ。
ここまで見てしまうと覚えてない事が、つくづく惜しい気がしてならない。身持ちが硬いとか言っていた割に、
「ったく、やっちまったじゃねえか」
ちらかった自分とセリの服を拾い集めながら、セリの着ていたジーンズをふと持ち上げてみる。尻ポケットの側に貧弱なチェーンでベルト通しに繋いだ定期入れの様な物が入っているのを見つけた。
段々と否ぁな予感がしてきた。
うーん、と寝言をひとつ漏らしたセリがゴロンと仰向けに姿勢を変えた時に、そこから鍛え上げられた者だけが所有できる割れんばかりの腹筋が覗いた……。
ギョッとした純が手元からジーンズを離してしまうと、パサリとその定期入れが純の膝元に堕ちたのである。
果たしてそれは写真入りで身分証明されたカード。そこには「陸上自衛隊 矢崎セリ三等陸尉」とあった。
「最ッ悪だ」
三尉って、俺の上官様じゃないか。
「やっちまった……」
やっちまったものは仕方が無い。
夜の遊戯の残骸たるティッシュその他の始末をつけて、泣きたい顔を作った純は、ほとんど転がるよう逃げるようにラヴホテルを飛び出し、国道を走っていたタクシーを拾った。
「お客さんどちらまで?」
今更説明する必要もないが、向かう先はもちろん駐屯地まで、だ。
起床ラッパが鳴り響く六時までに帰隊しなければ、次回以後の外泊が禁止処分になってしまう。
しかも下士官たる辰巳純二等陸曹がこれでは、一般隊員に対して示しが付かない。
否、そんな事はどうでもいい。
隊員と言えば、同じ自衛官である昨夜のお相手、矢崎セリ三等陸尉の事を思い出さない訳にはいかない。そして、かなり悪い予感が純の脳裏を駆け巡っていたから。
純の所属しているのは普通科という、軍隊でいうところの歩兵部隊である訳だが、そこの上官にあたる小隊長が定期異動で、今日新任の隊長が到着する事になっていたからだ。部下の陸士たちが大騒ぎして、
「辰巳三曹、今度の隊長はWACらしいですよ!」
などという事を言っていたのを、思い出してしまったからである。
WACというのは女性陸上自衛隊員の略称の事だ。
今にして思えば悪い冗談だよ。
これはもう身分証を「見なければよかった」という問題でもないだろう。
見なかったところで、いざ帰ろうという時間になったら「純くんもこっちの方角? あらあ奇遇じゃない」てな具合で、二人そろって駐屯地に朝帰りなどという事になってしまう。
嫌々それはさすがに。
だったら「やらなきゃよかった」というのが正しい。
もしもこれが予想通り、自分の新しい直属の上官殿だったなんて事になれば、もう駐屯地で顔合わせをするときにものすっごくやりにくい事、しきりである。
普段から女遊びくらいしか楽しみの無い純にしてみれば、セリが上官だった場合、自分の課業考課に非常に響いてしまうのではないだろうかとびくびくものである。
「クソっ、俺も幹部昇進とか密かに目指してたのに」
上官セリ三尉殿に恨まれてしまったら密かな野望も水の泡ってもんだろう。
やっぱりこのまま付き合う事になったりするんだろうか。
彼女は上官で配下は俺。そうなったら、
「今回も職場恋愛になってしまうねセリちゃん」
などという事を言えばいいのだろうか。
うわー遣りにくそうだ、と想像して思ったけれど。
嫌々々そんな問題じゃない。
どうやって顔合わせるんだよ畜生!
開口一番の言い訳はどうすればいい?!
シラをきるか微笑みか、そこが問題だ。
有川浩先生にめっちゃ影響受けて書いた作品ですw
Pixiv初出。




