クローズユアアイズ 2
「ルミエルって知ってるか」
ブラウン管に向かう文太郎の背中で、宇奈月新平が言った。
「クリスマスのイルミネーションだろ。市役所前の商店街でやるやつ。神社まで続いてるんだ」
「今年からやるんだってな」
質問に答える文太郎に、新平が頷きを返した。
二人は大学の同期で、中学も高校もずっと同じだった。クラスが違う事はあったが隣り町の間柄。随分とこれまでもつるんできた悪友という奴である。
今だって女性キャラクターの胸が揺れるだけが売りの古い格闘ゲームに熱中して、昼下がりのゲームセンターで必死になる若気の至り真っ最中だった。
「ルミエルって本場の神戸にあるとかいうクリスマスのイルミネーションをパクった代物だ。大きなアーケードで凄く綺麗だって、神戸出身の幸恵ちゃんに聞いたぞ。ホンモノはさぞ凄いんだろうな」
「ホンモノだろうがパッチモンだろうが、そんな事はいいじゃねぇか。誘うんだろう?」
ニヤニヤとして宇奈月新平が笑いを浮かべる。いささか下種な面相を浮かべたあと、俺に代われ、とゲーム台から文太郎を押しのけた。
「なんだよ誘うって。俺、彼女いないぞ」
「よくいうよ文ちゃん」
新平は笑った。笑いながらジーンズのポケットをまさぐって、サイフを取り出すと、そこから百円玉をひとつまみして、ゲーム台へ投入した。
手ぐすね引いたあと、よしよしと胸の揺れるゲームをはじめた。
眼鏡の新平は、見た目は細面に眼鏡の真面目な印象ではあるけれども、これがとんでもない好色男児で、好印象を与えるほりの深い顔も今の胸揺れるゲームで面相が違う。
対するところの文太郎も凡庸な顔立ちで、しかも女気はひとつも無かった。大学生といえば合コンであるとか、華やかな青春の謳歌があっていいものだが、まったくといって無縁なのである。技巧を凝らして美少女ファイターを操る新平に触発されて、ゲーム台の裏手に回り、自らも百円高価をキラめかせゲーム台に取り付いた。
「チクショウ、オタクめ」
そう言いつつ、キャラクターを選び出した。彼もまた少女キャラを選び出すところが、どちらも似たもの同志であるのだが。
文太郎は、現実を少しばかり忘れたくなる思いであった。文太郎の家、高崎の一家は決して裕福ではない。だからこそ専業農家を辞め、兼業などとまどろこしいこともせずに彼の父はサラリーマンを選んだのだ。
その父からは、最近は不景気だという言葉ばかり、このところ聞いている。どうやら、リストラという事も視野に入れておいたほうがいいらしい。
「お前には小夜さんがいるだろうが」
宇奈月新平がそうそう言った。
「ただの、隣家の娘だろう。最近は随分としおらしくなった」
「ただのお隣さんという事はないだろう。今だって話はするだろう?」
新平は、文太郎の家に遊びに行った時の事を思い出しながら、キャラクターを操っていた。二人は対戦している。
「今朝、話した」
「だろう、だろう」
それみろとばかりに、何度と頷きを返す新平である。
「自転車のチェーンが外れたから、直してやったんだ」
面白くない顔をして、文太郎が返した。何しろ新平が期待するような事は一つとしてなかった。親切に直していたつもりだったが、隣家の娘はどこかよそよそしくて、それでも最後に一礼をしてみせたあたりは意外ではあった。あれだけ他人行儀にされたものだから、声の一つも出さないのかと落胆していたからである。
「いいな、青春だ」
しかし、そんな事をして青春と評されても、歯がゆいばかりで嬉しくも無い文太郎である。
「だから誘いたくても、相手にされんだろうさ。そろそろ彼氏だっているかもしれん」
「クリスマスだしなぁ」
――恋人と過してぇよ。
内心の新平の叫びが、ゲーム台の向こうからひしひしと響いてきた。正直者の新平は、すぐに言動や空気に、心の叫びを見せてしまうのだ。
いや正直も何も、文太郎だってその思いは似たようなものだった。出来れば、小夜と過したいと。
◆
小銭入れの百円玉をあらかた使い果たした頃になって、文太郎と宇奈月新平は家路につく事にした。
隣家の小夜の事で、あいつにも恋人がいるだろう時期だなどと口にしたあたりから、どうもゲームに熱中できなくなっていたから、直ぐに二人は自滅した。
自分よりも年下、といっても一つの差だが、例えそうであっても先を越される空しさ切なさというものは、男女の差無く心にショックをあたえるものである。
そうだという確証もないのに、そう決め付けて脳内に絵図を浮かべた。見知らぬイケメン高校生と、小夜の並んで歩く図である。
「おい」
新平が自転車を押しながら言った。
「何だよ」
ぶっきらぼうに、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ文太郎が返す。
「思い切って誘ってみろよ」
「誰をだ?」
「しらばくれるなよ。小夜さんをだろうが」
文太郎の顔を見ながら、新平がそう言う。その間も息をする度に白い蒸気がパッパッと噴出して、また消える。
「寒いな」
文太郎はそれを見て、お茶を濁した。
「逃げるなよ、いくじなし。だから彼女出来ないんだろうが」
「お前だってそうだろうが」
からかう新平を、文太郎がにらみ返した。
昔はよく遊んだし、学校まで一緒に通っていた時期もあった。しかし今は違うし、その種の甘い幻想は、現実に空しさを覚えさせるものだと、小夜に対する考えを自戒していた。
じゃあな、とタートルネックのセーターの首を正しながら、新平に別れを告げた文太郎。
お互いクリスマスまでに、彼女が出来る予兆があればいいのにな、と苦笑して自転車にまたがる文太郎。
そして帰路についた。
黄金町に入る手前、古びた商店街に足を踏み入れたときに、ふと見たカレンダーは十一日となっていた。
確かにもう、クリスマスまで幾らも無いのである。
このまま、何も無いままに今年も終ってしまうのか、と思うと、これがとてつもなく乾燥感に包まれてしまった。
――小夜も、彼氏の一人でも作っているか。
どこの、どいつだろう。思案を巡らせた。大野市などというのは、片田舎だ。田舎という事は、それだけ住民の顔ぶれも知れているというもので、小夜に彼氏がいるなら、誰ぞ知った顔に違いないのである。
胸糞が悪かった。別に小夜の事を好きなのだという意識を、文太郎はした事が無かったが、実際に好きかどうかなどはこの際関係無いのだと思うのである。文太郎は自分の心内の想いに気付いていなかった。
クリスマスが近付くと、知った女性の事、身辺が急に気になりだすという奴だ。それくらいに思いとどめていた。
意識をはじめると、とめどなく小夜の事を考えてしまう。それが怖かったのかもしれない。
だから、商店街を進み行く最中に、背後から自転車のベルが鳴る音がした時、文太郎は少し驚いた。何故ならば自転車の相手は件の小夜で、人ごみでぶつかりそうになったところを、それが文太郎だったという事だ。
まったくの偶然である。
あ、と小夜が小さく声を漏らした。
「おぅ」
「……文ちゃん」
幼馴染らしい、昔ながらの言い方をしてくれた小夜は、でも、どこかしら空々しい言いぶりだった。それを見て文太郎は、少し落胆した。
「自転車、大丈夫みたいな」
「うん」
「朝はあんまり、あわてるんじゃないぞ。お前昔っからそそっかしいからなー。道路も凍ってる事あるし、雨のあとだと」
そう言った文太郎の言葉に小夜は答えず、身を小さくしてもごもごと口ごもっただけで、何か言いたげではあったけれども直ぐにペコリとして自転車を押し出した。
おい、と声をかけようとした文太郎だったが、なんだか言いそびれてしまい、その姿を見送るばかりだった。
でもまた今朝と同じように、自転車をこぐかと思われた瞬間に小夜は振り返って、文太郎を見据えると今一度頭をペコリとさげるのである。
不覚にも文太郎は、小夜を愛らしいな、と思った。




