恋愛願望と田舎者コンプレックス 4
俺は津久見浜が嫌いだった。
カラオケも無ければ喫茶店も無い、居酒屋すらも無い代わりに墓場と山があるだけだ。
コンビニは最近出来たけれど、それまで津久見浜にあった唯一立派な建物は農協だけだった。
演歌歌手の唄ったこんな村さ嫌だというフレーズの歌詞が、ニュアンスは違えども心底あてはまる場所なのだ。
だから俺は津久見を出て、関西の大学に行った。
週末にはカラオケに行きたいし、田舎モノの俺だって少しはオシャレしてみたいと思うものだ。若者が集まるデートスポットだって行ってみたいし、ナンパも経験したいじゃないか。
だって男子だもの。
俺だって年頃の女の子とキャッキャしたかったんだ。
★
こだましか止まらない新幹線のホームで、俺は若菜と別れの挨拶をする。
もうすぐホームに新幹線が進入してくる時間だった。
「気をつけてな」
「お、おう」
アッハイとは言わない。別れ際ぐらい棒読みするわけにはいかないだろう。
若菜はバスを乗り継いで、わざわざ新幹線の駅まで見送りに来てくれた。
「少しは大人の男になったと思ったのに、相変わらずダメダメだったからなあんたは。次に会う時はもう少し大人の男になってるのを期待してるぜ」
「うるせー。次は彼女の写真でも見せて、俺がモテモテだという事を証明してやるぜ」
「言ってるよ。ブーメランパンツはいてる間は無理だな」
「お、お前だって、ピッチピチのマイクロビキニはいてたじゃん!」
「そそそ、それはあんただから見せてやったんだろう。感謝しろよ!!」
「わかってるよありがとう!」
俺たちは水掛け論を浴びせあった後に、肩でぜえぜえと息をした。
山陽新幹線がゆっくりとホームに進入してくる。こいつと話している時間ももうわずかだ。
帰ったらこいつに自慢するために彼女作らないとな。作れるかな?
「……なあ。次はいつ帰ってくるんだ道夫?」
「ふ、冬休みかな?」
「だいぶ先じゃねえか」
若菜が茶髪の髪をかきわけながらぶうたれた。
しょうがないだろう。俺だって一応勤労学生だ。大学の休み期間はバイトもするし、サークルでボランティアとかもやってるんだよ。
新幹線の乗車口が開いた。
「ま、そういうことだから。さらばだ津久見浜の田舎娘よ」
「だーれが田舎娘だバカっ」
俺がキリリとセリフをはいた瞬間、若菜がムっとした顔をして胸倉を掴みやがった。
そしてもう反対側の手で俺のあごをクイと掴み、
俺たちは唇を重ねているではないか。
「じゃ、あたしが今度の休みでそっちに行く」
そう言って若菜は手を放した。
手を離すと同時に新幹線は乗車口の自動ドアを閉じて、そしてこだま号はホームを走り出した。
ちょっとお前何してくれてんの? 俺のファーストキスですよ? 後生大事にはじめての彼女が出来た時のために、俺はとってたのよ?
なにこれ? 若菜って俺の事が好きだったわけ?
「てかマジ!?」
★
「という事があったんだよ」
ここは俺が通っている大学の研究室である。
俺はゼミの後輩女子にそんな話しをしていた。
「二年ぐらい前の夏な」
大学卒業を控えた四年生の夏前、どうして俺が都会で就職活動をせずに津久見浜へ帰り、蓮根農家を継ぐ決意をしたのか説明してやったのである。
「先輩の彼女さんって、もしかして二次元の方ですよね?」
「二次元の意味がよくわからないし、若菜は俺の地元の津久見浜の人間だぞ」
「その津久見浜って、二次元にあるんですよね?」
「二次元ではなく、瀬戸内海にあるれっきとしたド田舎なんだが……」
何を説明してもゼミの後輩は納得してくれなかった。
隣で聞いていた卒論のパートナーも、なにやらぶつぶつと言っている。たまに「ありえない」とか「そんなのが許されるのはエロなしエロラノベだけだ」とか聞こえてきたが、気にしないでおこう。
これは過去にあった俺の事実であり、現在進行形で若菜とは遠距離恋愛中である。
「それで先輩はご卒業されたら、結婚するんですか?」
「いやぁ。まだそこまでは決めてないけれど、なんせ田舎は結婚が早いからな、そのうちにするんじゃないか」
ちょっと気恥ずかしくなって俺はお茶を濁しつつそう応えた。
結婚についてはだれも具体的な話はしていないけれど、俺のとこも若菜の家族も近い将来のしなければならない現実として理解しているはずだ。
あとは俺が、少しは蓮根農家としてやっていけるようになってから、時期を決める感じだろうか。
「これが俺の彼女な」
俺はそう言って、まったく信じてくれる気配の無い相棒と後輩に若菜の写真をスマホで見せた。
写真は俺と、若菜が並んで水着姿で写っていた。
例の部分ガードしかないマイクロビキニ姿ではなく、その翌年に津久見浜公園のブランコ前で撮ったものだ。撮ったのは若菜の妹である瑞樹ちゃんだが、この写真を近所中にみせみらかされてしまって、すぐに俺たちの関係は噂になってしまった。
付き合いだしてしばらくは隠していたのにである。
田舎はこういうところがいけない。噂はあっという間に近所中に広がって、俺たちの関係は津久見浜の犬すら知っている事になってしまった。
吉田のおじさんにもからかわれた。
心底、津久見浜の田舎体質に嫌気が差したものだが、若菜に会うたびに帰郷した津久見浜は、なんのかんのと言って居心地がいい場所だったのは隠しようもない事実だった。
からかわれもしたけれど、祝福もされた。
それに、俺は都会の大学に通っていても、若菜以上の関係の女性と出会えた事は無かった。
もしかしたら俺には都会の水が合わなかったのかもしれないし、ただタイミングに恵まれなかっただけなのかもしれない。
事実はわからないが、おれは卒業後に蓮根農家になる。
まあせめて、大学の間は都会で過ごせた事が人生の思い出になるのかもしれない。
「なんか、すっごい田舎ですよね」
スマホの写真をめくりながら後輩がたいへん失礼な事を口にした。
「わたしだったら田舎からせっかく都会に出てきたんだし、都会で就職するなー。外の世界は広いんだし、いろんな出会いや経験も出来そうって思いますモン。だから先輩もこっちの大学に来たんでしょう?」
俺もある一時期までは後輩に同意するような志向の持ち主だったので反論はしない。
ただし今の俺の気持ちをひとことだけ添える事は忘れなかった。
「まあさ、田舎も言うほど悪くないぜ」
それは俺が、都会に出てきたから思えた事だろう。
恋愛願望と田舎者コンプレックス この回でおわりです。




