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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
恋愛願望と田舎者コンプレックス
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恋愛願望と田舎者コンプレックス 3

 翌日、俺は吉田のおじさんの家に顔を出した。


 最後に会ったのが高校三年の正月だったから、本当に久しぶりだ。

 吉田のおじさん夫妻は元気にしていて、いままでお小遣いをもらっていたお礼のつもりもあってお土産を持参した。若菜にあげたひとつめの饅頭とおなじものだったが、若菜は六個入りでこっちは十二個入り。それと関西の日本酒も一緒に持参した。


 漁師をやっていたおじさんは日焼けした顔に笑顔を見せて俺を歓待してくれた。

 俺ももう二十歳だからと、持参した酒を一緒に飲むことになってしまった。これはしょうがない。


 その後に法要をいつもやってくれている地元の寺の住職を尋ねた。

 爺さんが亡くなったとき、この寺には本当にお世話になった。狭い実家では葬式も出来ないからと本堂を貸してくれ、気落ちした父親と同級生の住職はその後もよく訪ねてきてくれた。

 だからささやかな感謝の気持ちで饅頭を持ってきた。もちろん十二個入りだ。


 最後に、中学時代の担任の家を訪ねた。先生はすでに退職されて、自分の土地にある畑を耕す悠々自適の生活を送っている。はじめ俺がアッシュグレーに染めた髪を見たときに驚いていたが、饅頭を渡すと照れ笑いを浮かべて「わざわざすまんな」と声をかけてくれた。

 先生にはお茶をふるまっていただき、一緒に冷えたスイカを食べた。先生が育てたものらしい。甘く瑞々しく美味かった。


 なんとなく懐かしい気分にひたりながら家路を進んでいると、ふと国道の脇の橋のそばで、原付自転車ぎゃ急停車するのが見えた。


「っおい!」


 原付に乗った何者かは、若菜だった。

 若菜はフルフェイスのヘルメットを脱ぐと俺のほうを向いて、あごをしゃくってみせる。

 ちょっとこい。そう言っているのだろう。

 どういう訳か顔が上気している様に朱に染まっているが、ヘルメットが蒸して暑かったのだろうか。


「若菜か、よく会うな」


 見れば若菜の着ているのは昨日俺がお土産に渡したレディースブランドのティーシャツだ。


「似合ってるじゃないか」

「お、おう。あたしともなれば、なにを着てもいい具合に着こなせるのだ」


 なに言ってるんだか。


「これからバイトか?」

「ばっバイトならわざわざシャレたティーシャツなんて着ねえし」


 いや、普通に二八〇〇円のティーシャツだからシャレてるとまではいかないと思うぞ。


「今日と明日は休みだ。あ、あんたが帰ってきてるしな」

「ふうん」


 俺が帰省してたら休みと何か関係があるのか? と、ふと俺は考え込む。


「と、とにかくだ。休みをもらったんだ!」

「そうなのか」

「そうなのだっ……」


 ヘルメットを両手にかかえてもじもじとしていた若菜が、そっぽを向きながらも言葉を続ける。


「そ、それとな。道夫、明日はまだ関西に帰るなっ」

「わざわざお前が休みとったからか?」

「それもあるが、お前まだ海に行ってないんだろ? ぶ、ブーメランパンツはくなら明日にしろ」

「アッハイ……って、え!?」


 いやぁ、明日もやっぱりはきたくないかな。

 昨夜、若菜が帰ってからまじまじとマイクロビキニのパンツをながめていたのだが、ぶっちゃけあまりにも恥ずかしい形状だという事に改めて思い至って、俺はこれをどうしてはこうと思ったのかと驚愕したものだ。


「……あんたアレ、ネットで注文したんだろ?」

「カマゾンで注文したけど」


 俺がそう返事をすると、若菜がさっきよりもじもじ度をアップさせて上目遣いにこちらを見てきた。

 こんな若菜を見るのははじめてではないだろうか。不似合いすぎて逆に気持ち悪い。いや、こいつがキモいのではなく、俺自身が居心地悪い思いをして腹の中が気持ち悪いのだ。


「あたしもな、昨日あれから注文したんだ。そ、その水着を。高校卒業してから海なんて行った事が無かったからな!」

「ふーん。って、お前明日一緒に来んの!?」

「お揃いの水着買うって事は、当然一緒に行くに決まってるだろ!」

「え。おそろいってマイクロビキニ?」


 質問すると、わたわたと手の上でヘルメットを躍らせて若菜が言った。


「ぶぶぶっブーメランじゃないぞ! それの女性用の色が同じヤツだ。明日届く事になってる。品番はちゃんと覚えてたしな、間違いない……」

「品番覚えてたのかよ」

「はん。あたしは記憶力がいいんだ」

「コンビニでバイトしてると品番とか記憶するようになるのか。知らなかった」

「い、いやコンビニは関係ねーし。そ、それと」

「なんだ?」


 改まって若菜がこちらを向くと、気恥ずかしそうに俺に質問をしてくる。


「と、都会の女子大生はああいう大胆な水着を普通に着てるんだろ?」


 俺は絶句かけながらも棒読みで返事をしてしまった。


「アッハイ」


 いや、それ嘘だから。それと男子はともかく女子は流行ってるとか言ってないから。


    ★


 俺こと道夫の朝は早い。


 その理由はいくつかあるが、津久見浜の海水浴場に出かけるためである。

 夏に海で遊ぶ時は、潮が満ちているときに出かけるのが一番いい。何しろ潮が引いてしまうと遠浅になってしまい、泳げる水深まで浜辺からだいぶ歩かないといけないからだ。それに午後を回ると天候が不安定になって夕立でも来たらかなわない。


 浜辺での落雷は注意しないといけない、というのは浜育ちの俺の中では常識だ。ついこの前もロサンゼルスの海岸で落雷で死んだ遊泳客がいたそうだからな。くわばらくわばら。


 もうひとつの理由は、若菜がブーメランパンツと称していた水着を、あまり人にみられないためだ。朝早くなら高確率で海水浴場は無人だ。


 俺が小学生だった頃、地元の女子高校生たちがここで水遊びをしていたのを覚えている。

 唐突になにを言い出すかと思うだろうが、これには実はつながりがあるのだ。その女子高生たちは水着を持っていなかった。持っていないにもかかわらず下着の上にティーシャツ一枚だけになって、女子高生たちは浜辺で戯れていたのだ。


 それを俺と若菜が朝早くカブトムシを取りに来たときに目撃していたから知っている。

 つまり、それぐらい女子校生が油断できる程度に、津久見浜の海岸は無人っぷりが発揮されるのである。

 

 さて、今日は俺一人ではない。

 今日は若菜がいる。

 若菜とは津久見浜海岸のそばにある小さな公園で待ち合わせをしていた。

 子供の頃なら、俺んちの玄関に若菜が水着姿でやってきて、手を引いてそのまますぐ近くの海岸まで走って出かけたものだ。


 けれど今はお互いに大人だ。仮にも人通り車通りが少ないとは言っても、国道をまたいで浜辺に向かうのである。

 さすがに視線を避けるために、待ち合わせ場所は津久見浜公園前という事になった。


「つか、あいついないじゃん」


 子供の頃に良く遊んだ覚えのある薄汚れた象さんの滑り台を見やりながら俺はつぶやいた。

 ギコギコと像さん滑り台の反対側あたりにある、ブランコが揺れている音だけが聞こえてきた。


「ん、ブランコに乗ってるのか? あいつ」


 死角になってる滑り台の方に、砂場を回り込みながら向かう俺。

 すると、そこにはブランコを漕いでいる若菜の姿が飛び込んできた。

 立ち漕ぎをしている。ただ勢いはあまりない。子供がやるようなグイングイン膝を屈伸させるアレではなかった。

 なんだかおぼつかない表情をしていて、ゆらゆらとブランコの上で揺れているようだった。


「なんだ。震えてるのか?」


 アイツは実は恥ずかしいのかもしれない。な、何といっても胸部頂点と股間のVゾーンだけをかろうじて守っている部分ガードすぎる水着を着用しているのなら、それは納得だ。

 少しだけ小麦色をした肌をさらけ出し、圧倒的迫力の胸を揺らしていた。

 ふと、俺たちの視線が交差した。

 俺が声をかけようと手を挙げた瞬間、若菜の表情がキッと強いものになったのを目撃した。

 お、怒ってるのか?

 若菜はさっきよりも勢いを付けてブランコを揺らす。少し勢いがつきすぎているのか、前後の揺れが驚異的だ。

 そして、若菜はふりこの要領で大きくブランコを後退させると、その勢いでブランコを前進させ、跳躍した。


「ちょ、おま!!」


 跳躍したわかなは綺麗に孤を描くように宙を舞って、俺めがけてぶっ飛んできた。


「てめぇこのやろう!!」

「ごめんなさい、俺なんかしたっけ、許してください」

「許さねぇ! マイクロビキニが女子大生の間で流行ってるとか大嘘じゃねぇか!」


 若菜は激怒した。激怒して俺のティーシャツの胸倉をつかんで鼻息を荒げた。


「あやっぱりバレた?」

「おかげで職場のアツ子に大笑いされたよ!!」


 え、なんで職場?


「職場ってコンビニの? なんでそのアツ子さんが知ってるんだ」

「いや、水着の届け先をコンビニ止めにしといたんだ。だって家に破廉恥な水着送られてきたの妹とかに見つかったら、からかわれるじゃんっ……」


 胸倉の手を解いて若菜が背中を丸めた。

 そらそうっすよね、俺もお袋にマイクロビキニ見られたらお嫁にいけないかもしれない。


「そしたら、アツ子が職場で受け取ったんだけど、伝票の商品名見られちゃって……」

「……マイクロビキニって?」

「……マイクロビキニってな」


 で、笑われた訳か……。


「アツ子ってのは中学まで東京にいたからな。お前みたいなインチキ都会人じゃなんだ。アイツが嘘を言う訳がねえ。で、ゲラゲラ笑われた」

「そりゃ、俺でも他人なら笑ってしまうかもしれんが」

「あ?」


 若菜がさらに激怒した。


「どうしてアンナ嘘を付いたんだ。あたしがテレビも雑誌もあんま見ないの知っててあんな事やったのか? それとも道夫のファッションセンスが残念すぎるのか? どっちなんだ、ハッキリしろ!」

「お、俺のファッションセンスが残念だからですっ……じゃなくて。ま、間違ってカマゾンでブーメランを注文してしまったんだ……」


 俺は白状した。カマゾンで水着を頼むときにしっかりカート内を確認せず、事前にたまたま見ていたマイクロビキニ(男性用)を間違って注文していた事に気づかなかった話しを。


「そ、そういう事は早く言ってきれ! 普通に買っちゃった後にそういう事をいうなよ」

「すまん……」

「わかればよろしい。あたしもギャースカ目くじらをたてるつもりはねえし」


 赤い顔をした若菜が咳払いをした。少し落ち着いてくれたようだった。


「んじゃ、泳ぎに行くぞ」

「え。泳ぐの」

「当たり前だ。水着を買ったら水着を着る。水着を着たら、泳ぐ。水着に他のどんな用途があるんだ?」

「か、鑑賞するとかかな?」


 俺の視線が自然と胸元に向かうと、 


「ばっかあんたなに言ってるのハァ意味わかんねえんですけど!」


 俺はおもいっきりビンタを見舞われた。

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