驚きません 後
「俺さ、まだ答え聞いてないんだけど、教えてくれるかな」
「またそんな事言うのね。私まだわからないって、だって顔合わせてからまだ二週間しか経ってないんだよ」
「時間なんて、関係ないさ」
ティーカップを置いて、また結衣がうつむいた。
解ってるつもりだった。結衣が苦しんでいる事を、光郎は。惚れっぽい光郎は目の前に見定めた女性をすぐに好きになれる単純な性格だったが、結衣は違う。
大恋愛をしたらしい結衣の好きだった人が去って、心の隙間にすべりこんだ自分という立場。
出会い系にマトモな人間が手を出すにはそれなりの訳があるからというのも知っていて、光郎はそんな女性たちを口説いてまわっていた。
だから、この結果だ。そう光郎は思った。
今までとは違う感覚にも戸惑っていた。遊びじゃない、自分が惚れているんだという感覚。
もどかしいと思う。思って、歯軋りした。
「でも、光郎君が不安がってる以上に、たぶん私は光郎君が好き」
そういって笑ってみせる彼女のその仕草に、光郎は惚れたのだ。
セミフロントの前髪を耳にかけて、でもすぐにその髪がもとの位置にもどってしまう。それで、ふっとかぶりを振ってみせる。よく注意していると気がつく彼女のクセ。
――僕は、貴方の事が好きですよ。こんな事を言うと変だからずっと黙ってたけど、メールのやりとりしてた一ヶ月間、会った事なかったけど好きになってた。でも確信持てなかったら黙ってた。キモい奴はすぐにそういう事口にするけど。そんな奴と一緒にされたくなかったから、今まで我慢してた。もう我慢できないから言います。好きです。
そうやってショットバーで言った時、結衣は普段の大人びた女性の装いを捨てて、グラスを両手に持ってイジイジしていた。
お酒のせいもあったと思うけど、それでも頬の朱に染まった様は何処か少女的で、そういう普段とのギャップにも惚れたんだと思う。
好きだから、好きになったから次々と見えてくる仕草。ちょっと可笑しいんだけども、それがたまらなく愛らしい。
「姉さんには、いつも驚かされます。ま、そんな事だろうと思った」
「ごめんね、いつも驚かせてばかりで」
「そいつより、姉さんの事大事にしますよ。うん、俺は自分から別れ話なんて絶対に切り出さないんだから」
気がつけば、大胆なブラフを口にしている自分に驚く瞬間。
「言うわね、年下のクセに」
「俺、年上キラーって言われてね。こういうの得意なんです。俺も気にしないから、姉さんも気にしないで。時間が解決します」
「気にしてるくせに、だから私を困らせるような事言うの。答えが聞きたいって」
「だって……」
そのひと言で、俺は安心できるし、姉さんの事がもっと好きになれるもん。と、密かに光郎が思った。それにその言葉には魔法の力があって、口にした途端、意識する事で過剰に気持ちが錯綜するようになって、最後には本当に好きになるって事を、この出会い系のナンパ師は知っていた。
「まあいいさ。その内、聞かせてね姉さん」
「それこそ、時間が解決するわよ」
伸びをして、結衣がまた笑った。
「ああー。今度こそ、ナイショの話はこれでおしまい。ちょっと緊張してたから肩がこっちゃった。慣れない事するもんじゃないわね」
「肩揉もうか姉さん。俺さ、年下だしビンボーだからいつも姉さんに金だしてもらってるし」
――お礼させて、
という具合にコタツを抜け出した光郎。ソファに背も垂れてコタツに足をいれていた結衣の背後にまわって、ソファに座り結衣の肩に手を置いた。
「寒いでしょ、いいのに」
「ちょっとくらい平気」
光郎が笑って返した。肩を揉むと、この瞬間も本当は結衣が緊張しているのが伝わってきた。セーターごしに、それを感じる。
「ほら、力抜いて」
「うん」
「気持ちいい?」
「ちょっとクスグったいよ。でも嬉しい」
「嫌がらないんだね、普通、こんな事、合うのが三度目の男にさせない」
「信頼してるのよ、だから出会い系な男の子だけど、部屋にいれたのよ」
嬉しいな、と光郎は小さく言った。
「本当に?」
「本当」
悪戯っぽく言う結衣に、試されている気持ちになってしまう光郎。
「でも、こんな事してたら、俺変な気持ちになるかもよ」
「変な気持ちって、例えばどんなの」
「ちょっと手をずらしたら、胸にだって伸ばせる。実はそうしたい気持ちでいっぱいかもしれないのに」
「でも、光郎君はそうしてない」
「我慢してるのさ」
言いながら、光郎は手をスライドさせて、結衣の二の腕に手を下ろした。
びくり、と背筋が伸び上がるのを感じた。結衣は誘っているのかもしれないし、そうでないかもしれない。もし違うのだとしたら、早まった事になる。
それともこれが、大人の経験から来る余裕で、リスクを天秤にかけて楽しんでいるのかもしれない。
あんまり恋愛は得意じゃない光郎だった。実は付き合うまでが得意なのであって、いままでだって長続きした事なんてない。
――でも好きだから。アクションを起こしたい。
という気持ちは変なブラフをかけた時から、徐々に高まっていた。
いきなり、二の腕をにぎった手を解いて、後ろから抱きついた光郎。
「――んッ」
少し驚いた声をもらした結衣は、少しの間、光郎のやりたいようにさせた後、ゆっくりと胸の前を交差した光郎の腕に、自分の手をやる。
「若いなー。でも、若い子もいいかも」
「若い子が、いいんでしょ。一途だよ、俺」
「――もう」
なんだろう、キスがしたい。そう光郎は思った。順
番がある、順番が。付き合ったら頑張って手を繋いで、次はキスをして、それから次のステップにいかないと。胸のふくらみに手を伸ばしてしまうよりさきに、まずはキスをしないと……。
「こっち向いて」
光郎が言った。
見つめると、見つめ返してくる結衣がいた。
「ん……」
「キス、してもいい?」
「どうして、そういう事聞くかな」
「じゃ、聞かない。奪っちゃう」
「馬鹿ッ」
頭に手を回して、そっと近づけるように光郎がやると、結衣は目を閉じて彼に身を任せた。
――この人、本当は怖い人なんだよな。会社で主任だって。俺の前では、あんまり怖くないよな。なんでだろ。
今考えるべきじゃなさそうな思いを瞬間的に覚えた光郎だった。
そのまま、蛍光灯に輝くグロスの塗られた柔らかい感触を求めて、光郎は唇を近づけた。
「んふ」
少し荒い吐息が漏れた。
「んんんん」
吐息を割って、舌先が結衣の唇の狭間に進む。
「――ち、ちょっとッ。キスっていったらチューでしょ、なんで舌入れるの!?」
「子供じゃないんだから姉さん、ほら。黙って」
「んも、はじめてのキスだぞぉ。あ……――」
やっぱり結衣は、時々大人の女性らしからぬ少女的な瞬間があるのだと、光郎は思う。
たいして嫌がる風でもないのだけど、そういう態度をしてみせる。
そこがたまらなく好きだと、光郎は思った。
驚きません この回終わりです。




