恋愛願望と田舎者コンプレックス 1
田舎のヘタレヤンキー娘大好き><
トンネルを抜けると、そこは故郷のバス停前だった。
「津久見浜よ俺は帰ってきた!」
俺はバスの車内から見える瀬戸内に面した津久見浜を見やり、キリリと独り言を口にした。
「いいから運賃はらってよ兄ちゃん」
「アッハイ」
運転手に言われて、あわてて握り締めていた小銭を改札機に投じる。そしてリユックを背負いなおし、キャリーバッグを抱えて外に出ると、俺は津久見浜の夏の潮風に包まれたのである。
「うん、懐かしい。そして何もかわってねぇ」
俺の名は藤生道夫。高校卒業までこの故郷で過ごし、関西の私大に進学した二十歳の男だ。
津久見浜という片田舎は文字通り目ぼしいものがなにもない場所だった。
瀬戸内に面した海岸線がある漁港。平地といえば谷間に沿って流れる川の左右に僅かばかりあるだけで、それすらも水はけが悪いせいで稲作には向いていない場所だった。
浜から吹く潮風で塩害もあるし、ここでの農作は蓮根ぐらいしか採れるものはなかった。
とにかく田舎臭い。
俺はそれが嫌で嫌でたまらなく津久見浜を飛び出したかったんだ。
そんな故郷の風景を見ながら、ふと国道沿いに見慣れない建物を発見した。ほんの一年半前、俺がまだ大学受験をしていた頃には存在しなかったコンビニエンスストアーが、津久見浜にある公園と国道の間に出来ていた。
「……あれか、若菜が働いてるっていうコンビニは」
無駄に重いキャリーバッグを引きながら顔に手をかざして日差しを避けつつコンビニを見やる。
出来たばかりなのだろう、外見も美しい近代的なコンビニが、セピア色に彩られた俺の故郷で存在感を放っている。
幼馴染の若菜が言うには津久見浜で唯一のデートスポットだというからお笑いだ。
若菜はそんな人気の場所で働きたくて、そのコンビニのオープニングスタッフに志願したらしい。
俺が今住んでいる関西の都会では、絶対に考えられないような感覚だ。
アッシュグレーに染めた俺の髪が生ぬるい潮風に弄ばれて揺れた。
手ぐしにしてそれをかき上げると、気を取り直して国道沿いを歩き始める。
故郷にいた頃の俺は、どこにでもいる田舎少年まるだしだった。
運動も勉強も中の中を地で行くような具合で、特技は唯一水泳だった。ただしバタフライは出来ない。瀬戸内の生まれなので得意なのは立ち泳ぎと、どこまでも泳げるのではないかと密かに自信を持っている背泳ぎぐらいだ。まあ、津久見浜出身の人間なら誰でも出来るが。
それから目立たない事も得意だった。
隣家に住んでいる幼馴染の若菜はガサツで男勝りなガキ大将みたいなヤツだったので、子供のころはさんざん手下の様にこきつかわれた。そのせいで学校、特に市内に通っていた高校時代はとにかく目立たない事を心がけていた。
地元でも若菜にいじられまくっていたのに、学校でも同じではたまらない。
だから、今はアッシュグレーに染めている髪も、高校のころまではつやつやの黒髪だった。ぼっちゃん刈りというやつだ。
一度だけ一念発起して、津久見浜に唯一ある薬局でヘアカラー剤を買いに行った事がある。けれどそこには白髪染め用の染め粉しか置かれていなかった。その時俺は、この糞田舎に決別したくていつか東京の大学に行くのだと誓ったのだ。
それだけではない。テレビは山に囲まれた地形のせいかいくつかの民放は電波を受信する事が出来なかったし、俺の実家じゃスマートフォンは常時電波が届かない状態だった。
高校生ともなれば期待と不安に胸を膨らませながら将来のこと、進学あるいは就職についてマジメに考えるってもんだ。
そんな時に夢も希望もないこの瀬戸内のセピア色をした津久見浜に残るという選択は、俺にはなかったのである。
国道に沿って俺は歩く。
コンビニを通り過ぎ、祖父母の眠る丘の上の墓地を通り過ぎ、そして国道沿いにある俺の実家が見えてきた。
色々と地元の悪口を並べてしまったが、それでも故郷に帰ってくる事は懐かしかった。
ああ、俺はここで生まれ、育ったんだ。
「わるかねぇ」
そんな風に、もし他人が俺を見たときにキマっているだろう角度と表情を気にしながらそうつぶやいた瞬間、
「なにがわるかねぇだ。悪いにきまってんだろ」
ぶっきらぼうな声が背後から聞こえてきた。
声の主は若い女だった。
茶髪だ。アッシュグレーであるとか、そういうオシャレな色合いとはまるで違う、素行不良な若者がしているような鮮やかな茶髪だ。そして背の高い女だ。まるでヤンキー女だ。
「おい道夫、何年ぶりに帰ってきたと思ってるんだ」
「お、おう」
声の方向に俺は振り返る。相手はくだんの幼馴染、久賀若菜である。
「久しぶり。げ、元気そうだな……」
「帰ってくるなら連絡ぐらいよこせよ! あんたがバス停で降りるのが見えてつい追いかけてきたじゃねえか!」
茶髪のセミロングに、コンビニの制服姿。どうやら若菜はバイト中だったらしい。
「バイト中にいいのかよ?」
「窓の掃除中だったんだ。ちょっとぐらいバレやしねぇ」
ガサツな物言いで若菜がそう言うと、白い歯を見せた。
「いつまでこっちに居んだ? ガッコ、夏休みだろ?」
「……決めてないけど、とりあえず二、三日ぐらいかな」
「チッ、少しはゆっくりしていけよ。久しぶりに帰ってきたんだからよ!」
若菜はグイと身を寄せると俺の顔を覗き込んできた。
こいつは子供の頃からそうだった。ひとよりも押し出しが強くて、俺をまるで子分の様に連れて歩いていた。
高校に入ってもそんな状況が続いて、とうとう俺に春は来なかった。若菜がいつもそばにいるのでは、女子たちがち俺によってくる事なんてありはしない。
若菜は高校に入ると原付自転車の免許を取って、この津久見浜にはないはずのヘアカラー剤をどこからか手に入れてきて、茶色に染めていた。もちろん煙草もどこからか密かに入手していたのを俺は知っている。
まるでヤンキー、いやヤニキーだ。
「いやま、俺も色々あるから……」
相変わらずの押し出しに圧倒された俺は、つい口ごもってしまった。
「んだぁ? もしかして彼女でも出来たのか? 離れ離れになるのがいやで早く帰りたいってか?」
キシシとばかり口を広げて笑う若菜に、俺は返事した。
「……まあ、そんな感じで」
「嘘付け、そんな色気づいて灰色の髪色にしたって、モトの中身は道夫だからな! 彼女なんて出来る訳がないのをあたしは知っているッ」
何が嬉しいのか若菜は腰に手を当てて大笑いした。笑うたびに若菜の胸が揺れた。
いつの頃だったかこいつは徐々に女らしいスタイルになったものだが、胸と尻ばかりは今も成長しているらしい。
「んじゃ。あたしは仕事に戻るから、おじさんとおばさんによろしくな」
「お、おう」
「後で顔出すから、お土産くれよな。あるんだろ? 楽しみにしてるからな!」
リュックを担ぎなおした俺に流し目を送りながら、若菜は国道沿いの道を駆けて行った。
まるで台風の様な女だ。
たちこぎというテーマで、
同人誌に過去掲載した作品です。




