番外~ある愚王の後悔録~
本日5回目の投稿です。最初に。胸くそ悪い話を書くのが好きですみませんm(_ _)m
「なぜですか!」
納得がいかずに父に食って掛かった。
同じ両親から生まれた兄を父王は冷遇する。まるで、幽霊みたいに。王位も本来なら兄が継ぐはずだった。
現王家に相応しくない色を持って生まれた。それだけの理由で兄の存在はなかったことにされて、王太子の地位にいるのは自分だ。私はそれが気に入らなかった。
銀髪の聡明な兄は不満の一つも漏らさず、ただただ存在を消すように物静かにひっそりと離宮で暮らしていた。
馬鹿な父にはわからない。兄は私などより優秀で博識で深慮だ。次代の王には兄こそ相応しい。私は兄を誇らしく思っていた。
「また喧嘩して殴られたのか?」
呆れたように兄は腫れた私の頬を優しく撫でた。
「父上がおかしいのです。兄上は歴とした父上と母上の子供です。本来なら王位を継承するお立場だ。それが公式行事にも出席が許されず、このような寂れた場所に閉じ込められるなど、納得いきません」
「私は存在しないことになっているんだよ?存在しない者のために勝ち目のない相手に拳を振り上げるのは間違っている。ネリルは頭がいいくせに馬鹿だな」
銀髪の兄は「馬鹿だな」と言いながら、楽しそうに笑った。
「…違うことは罪なのですか?ただ、髪の色が違っただけなのに」
「銀はね。旧王家の色なんだ。円満に玉座を譲ってもらったけど現王家は今でも劣等感を感じていてね。旧王家の王は聡明だったし、一族は皆優秀だ。ヴァレンティノ公爵家は知っている?」
「父上が化け物の一族だと」
渋い顔で難攻不落の魔王城だと言っていた。兄はなぜかくすくすと笑った。
「違いない。何度か歴代の王族はあの家を潰そうと画策したらしいけど失敗しているらしいしね。うちの父上も含めて」
「円満に玉座を譲ってもらったのに、ですか?恩知らずにも程がある」
「民衆の支持が今でも高いんだよ。内情が不安定になれば、あの家を立てて王位が脅かされる心配がある。だから、一番に潰したかったんだよ。潰れるどころか裏から掌握されているけど。当人達は悪気がなく野心がないけど、潰れたら国は回らなくなるんじゃないかな」
「能力が高いのですね。いっそ取り込んでしまえばいいのに」
「無理だろうね。あそこの一族は最初の政略結婚以降は恋愛結婚しかしていないから」
「はい?」
理解できない単語に首を傾げた。優秀な一族ならそれこそ利をとりそうなものなのに。
「優秀過ぎるから多分つまらないんだよ。利益の拡大に興味がないんだ」
「兄上もですか?」
「残念ながら私は髪の毛色は一緒だけど平凡だからね。生まれる場所は失敗したかな。あちらに生まれていれば誰も困らせずに済んだだろうに」
悩ましげに冷たい美貌を僅かに歪める兄は美しいと思った。兄は冷酷な「氷の王子様」と揶揄されるが、凄く優しい。離宮に引き込もっておとなしくしているのだってそうだ。誰も理解していない。
夜闇に浮かぶ銀色の月のように綺麗な髪、深い海の蒼の瞳をもつ穏やかな兄が私は好きだ。
兄が本気で望めば玉座だって容易く手に入るはずだ。
「私は兄上が兄様で嬉しいです。尊敬しています。だから、そのようなことを言わないで下さい」
兄は困ったように笑うと、私の金色の髪を羨むように撫でた。
※※※
玉座など欲しいと思ったことはない。本来は全て兄のものだった。
静かに私の隣に座る美しい王妃を盗み見た。彼女を姉のように慕っていた。彼女も気の毒だ。出来の悪い私を王にするためだけにスケープゴートに選ばれたのだ。先王が崩御してからなし崩し的に私に玉座が転がり込んできた。
誰も彼も勝手だ。私の嫌いな者達は私に要らないものを押し付けてくるくせに恩着せがましく言うのだ。「誰のお陰で王になれたんだ」と。私は一度だってそんなことは頼んでない。
王族としての責任は感じている。背負わなければならないものも。ただ、年を重ねるにつれ、同じ姿をしていれば私でなくても良いのだ、という卑屈な気持ちに支配されていった。
私が失策をしても誰も責めない。執務をしなくてもだ。誰も私に期待していない。その事に気づいてからはより一層虚しく感じるようになった。私は誰かの操り人形に過ぎない。
王妃の憐れむような瞳が私の胸に突き刺さった。これが兄ならどうだったろうか。彼女も伴侶が私みたいな奴で可哀想だ。七歳上の王妃は優秀だというだけで、元々兄と結んでいた婚約を無理矢理破棄させられて年下の出来の悪い私に嫁ぐことになったのだ。王家に嫁ぐのは変わらないだろう、と。
時と共に兄に対する恨みも雪のようにしんしんと積もっていった。
マリーベルを見つけたのは偶然だった。右も左もわからない冴えない田舎貴族の末娘だった。素性を隠して庭を散歩していた時に侍女見習いで王宮に上がったばかりで迷子になっている彼女を見つけた。
とにかく自信がない鬱陶しい娘だ。美人ではないが、常に後ろ向きで有力貴族に嫁いだ美人な姉達にコンプレックスを持っている姿に仲間意識を感じた。惹かれるのは早かった。失恋も早かったが。
彼女の素性を調べ、突き止めて私は言葉を失った。私より一つ下の彼女は兄の婚約者だった。兄とは八歳は離れているだろうか。滑稽な話だ。恐らくは兄の立場を一層貶めるため、王妃と私の結婚の後、わざわざ臣下が田舎貴族から適当に選び、引き合わせるために侍女にしたのだろう。それでも、彼女が兄に心惹かれ、慕っているのは一目でわかった。兄は生来優しい性格だし、端正で知的な美男子だ。社交場に出ればあっという間に女性に囲まれただろう。
兄は妹を扱うように優しくマリーベルに接していた。離宮で物知らずな彼女に色々なことを教えながら、変わらず穏やかに過ごす兄に嫉妬した。聡明で美しい婚約者を弟に取られた時もそうだ。彼はどんな理不尽も飲み下し拒まず微笑んで受け入れるのだ。兄を尊敬の目で見る彼女を見て焦げ付きそうな気持ちになった。
狡い、と思った。何も欲しがらない彼は常に奪われながらも私の欲しいものを何でももっている。
私は人から羨まれるような美しく聡明な妻はいらなかった。玉座も全部押し付けられたものだ。同じように与えられるなら兄のような暮らしが欲しかった。私はこんなどす黒い感情をもちたくはなかった。
気づいたら手を伸ばしていた。彼女を甘い言葉で誘った。
事が露見した後、マリーベルが湖に身を投げたという報告を朝議で聞いて背筋が凍りついて激しく後悔した。そんなつもりはなかったのだ。
憐れむような目を王妃からは向けられた。兄はどうだろうか。彼は話を聞いて、静かに腰の剣に手を伸ばした。
斬られると思った。この人の手にかけてもらえるのなら本望だ。ずっと苦しかった。なぜ、私は彼ではないのだろうか。私が私の姿のまま彼のようであったなら誰も失望させずに済んだのに。
兄は静かに微笑んだ。私もつられるように笑い、目を閉じた。やっと楽になれると思った。臣下に手を出さないよう命じた。
悲鳴が上がる。痛みはない。目を開ける。
何が起きたか理解できなかった。血の海に沈んでいたのは私ではなく兄だった。自身の剣に貫かれて。その時に彼は最初から自分の命を断つために剣を抜いたのだと漸く気づいた。「生まれてきたのが罪だった」と透明な涙を流して悲しげに彼は呟いた。彼が泣いたのを初めて見た。
侍従に向かって叫んだ。「絶対に死なせるな」と。
貴方がいなくなったら私はどうすればいいんだ。貴方がいなくなったら私は誰を恨めばいいんだ。貴方がいなくなったら私は誰のせいにして生きたらいい。貴方がいなくなったら私はきっと空っぽになる。
これが高潔な兄の死の真相だ。身勝手な者達はあの聡明な兄が私を傷つけようとして処刑された、と口々に噂するが間違いだ。それは王である私の体面を保つために用意された嘘に他ならない。
生まれながらに兄は奪われ続け、最後まで私に理不尽に奪われ続けることを選んだのだ。
この懺悔を綴った私の日記ができるなら誰の目に触れないことを祈る。全ては私の身勝手が招いたことで、兄にとってもマリーベルにとっても王妃にとっても本意ではないだろう。真実ほど残酷なものはないのだから。それでも真実を書いて懺悔しないと後悔で押し潰されそうになる弱い私をどうか許して欲しい。
レインズワース王国歴七九二年
ネリル=フォン=ミカエラ=アルハルト=レインズワース




