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49.機失うべからず時再び来たらず、です

更新しますm(_ _)m

最近は出番が少ないレイチェル視点です。最近気づいたのですが、ティルナードに主役の座をじわじわ乗っ取られてますね。そのうち、タイトルがティルナード=ヴァレンティノの結婚事情になるかもしれない、と思った次第(;・∀・)

伏線張りめぐらしてみたものの、全部回収できるか不安になってきた今日この頃です。そして、独り言欄と化す前書き(^-^;

子守りの人選ミスだと、この場にいる誰もが思った。

強面のロバートの無精髭を引っ張る小さな男の子を見て、私はロバートに同情した。彼は子守りには向いていない。まさか、強引に誘拐してきてはいないだろうかと心配になった。


「身寄りがない子なんです。ついでに近隣の村で厄介者扱いされていたんですよ」


ドリーが言った。

私は警戒を解くために少し屈んで、男の子に目線を合わせて微笑んだ。少年は私を見て、どういうわけか顔を真っ赤にしてロバートの後ろにさっと隠れた。人見知りが激しい子なんだろうか。もしかしたら、また気づかない内に何かを企むような悪人面になっていたのかもしれない。

男の子の反応を見たティルは僅かに眉間に皺を寄せた。心なしか不機嫌そうだ。


「ティルナード様、お相手はお子様ですから寛容に」


「…わかっている」


私は自分から名乗って少年に年齢と名前を尋ねた。なぜか驚いたように見上げて彼は言った。


「本当に十六才?」


私はぴしりと固まった。チビで童顔で年相応に見えないのを私は物凄く気にしている。だが、子供相手に怒るのは大人げないので、頷くだけに留めた。私は大人なのだ。

彼はサム君と言って、今年で六歳になるらしい。普段は木こり小屋で住み込みで働いているのだそうだ。少額の駄賃につられて、鼠の玩具を投げたのだと素直に話した。

なぜか、ロバートが悲しげにこちらを見た。聞けば、これだけの情報を聞き出すのに彼はかなりの時間を要したらしい。「レイチェル様に最初からお願いすれば良かった」と呟く彼をドリーは厳しく「そんなことをお願いできるわけがないだろう」と注意した。意外にもドリーの方が序列が上らしい。普段のおどけた様子からは想像できなかった。

私は別に子供の扱いに長けているわけではない。単に誘拐同然に連れて来られたと誤認されていたのでは、と思いながらも、それを言えばロバートが傷つくだろうから口にはしなかった。


「頼んだのはどんな人物でしたか?」


彼はロバートの服の裾を握ったまま首を左右に振った。


「その人に他に何かもらいませんでしたか?」


少年はそこで俯いた。隠している事があるらしい。私は彼が口を開くまで静かに待った。


「…もらってはないけど、落としたんだ。返そうとしたんだよ。本当だよ?とるつもりはなかったんだ」


少年が差し出したのはカフス釦だった。私はそれを受け取った。


「話してくれてありがとう。必ず持ち主のところに返します」


「…お姉ちゃんは」


おずおずと舌ったらずに口を開く彼に私は首を傾げた。


「河に落ちた人?…馬車が事故にあって、女の人が河に落ちて死んだって聞いたんだ。だから、俺は行かなきゃならないんだって、炭焼き小屋の爺ちゃんが」


死んだなんて縁起でもない。

不意にあの河の冷たさを思い出して、ぞっとして身震いした。危うく死ぬところだったのは間違いない。水底にゆっくり一人孤独に沈んでいく瞬間は自分が自分でなくなったみたいで、ただただ苦しかった。

私が酸欠のようにふらふらと倒れそうになったのに気づいて、ティルは黙って支えるように私の肩を抱いた。


「…事故なんて、ありませんでした、よ」


息苦しくて途切れ途切れになりながらも何とかそれだけ口にした。

目の前の少年は酷く反省して落ち込んでいるように見えた。これ以上の追い討ちをかけるのは躊躇われたのだ。彼はただ、頼まれた通りに鼠の玩具を投げただけで私を殺そうとしたわけではない。勿論、非がないわけではないが。

冷気を感じて私は振り返った。肩を抱くティルの手には力が入っていた。彼は珍しく何かに怒っているような、冷たい顔をしていた。

私は彼にも「大丈夫だから」と声をかけようと口を開いた。


「…お姉ちゃんの足はどうして怪我したの?」


ティルに気をとられていると、不意に横から心配そうに声をかけられ、言おうとしていた言葉を忘れてしまった。

少年は私が先程から右足をひょこひょこ引きずっているのを気にしてくれていたらしい。


「これは…その…そう!ぼんやりしていて、転んだんです」


やっぱり、と残念なものを見るような目で少年に見られたのは言うまでもない。ロバートもなぜか、うんうんと納得顔をしている。事故のことは把握しているだろうに、だ。私のことをどう思っているのかよくわかった。後で覚えていろ。


「見た目通り、とろいなぁ。…嫁の貰い手もいなさそうだし、仕方がないから俺がもらってやろうか?」


どこかで聞いたような、失礼な台詞に気が抜けた私は笑いそうになった。急につかえていたものがとれたように息が楽になったのは目の前の少年と大昔のティルが重なって微笑ましい気持ちになったお陰かもしれない。

ドリーも肩を震わせている。ティルだけは面白くなさそうだ。


「ありがとうございます。でも、もう結婚しているので、気持ちだけもらいますね」


「えっ!嘘でしょう?」


「…本当ですよ。後ろのお兄さんが私の旦那様です」


多分、それで間違いはないはずだ。自分では今一つ実感がわかないのだが、既に婚姻届は受理されているらしい。


「嘘だ!?全然似合ってない!お姉ちゃん、お兄ちゃんに騙されているんじゃない?」


トム少年は大袈裟に叫んだ。

子供の目から見てもそうなのか、と私は苦笑いした。長身の整った容姿の彼とちびで目付きが悪い地味な私。婚約当初から不釣り合いだと言われ続けてきたから似合わないと言われても、今更驚きはしない。いや、待てよ。

やはり騙されているのだろうか。もしかしたら事故のショックを和らげるための私の都合の良い妄想かもしれない。だんだん自信がなくなってきた私は不安になってきて恐る恐るティルを見た。

ティルは焦ったように私を引き寄せて、私と少年の間に割って入って言った。


「騙してませんからね!…別に似合ってなくても構わない。とにかく彼女はもう売約済みなんだ。だから、諦めてくれ」


「お兄ちゃんはお姉ちゃんをお金で買ったの?お兄ちゃんなら選び放題だろう?」


私たちは顔を見合わせた。

子供は正直だ。富豪で顔が良い彼なら選び放題には違いない。しかし、どこでそんなことを覚えたのか。教育上よろしくない。

ティルは真面目に返した。


「…失礼なことを言わないでくれ。ちゃんと、好きになってもらって本人の同意を得て結婚したんだ」


「確かに少しは強引なことはしたかもしれない」とティルは後ろめたそうに言った。


「貴族は何でもお金で買うんだって、死んだ父ちゃんが言っていたんだ」


「他はどうか知らないけど、それは一部の貴族の話だろう?俺はそういうのは好きじゃない。君は知らないかもしれないけど、本当にお金で手に入る物なんて限られているんだ。だから」


ティルは屈んで少年に視線を合わせた。彼の頭に手を伸ばして、真剣な顔でぽんぽん、と軽く叩いた。


「間違えないように。目先の物に惑わされて大事な物を見失わないように。でないと一生後悔する」


少年は驚いたようにティルを見上げてから、何かに気づいたように顔を赤くして奥歯を噛み締め、悔しげに俯いた。

ロバートは慰めるように、くしゃりと彼の髪を撫でた。


※※※


抵抗したが、「まだ長距離を歩くのは感心しない」と言われ、私はティルに抱っこされて帰路につくことになった。ロバートと少年の呆気に取られたような視線が背中に突き刺さって痛かった。大事なことだから何度でも言うと、これでも私は大人だ。

早く糸が抜けてほしい、と切実に思った瞬間だった。


「いやぁ。あの心と視野の狭いティルナード様が他人に忠告するなんて。自覚が芽生えたんですかねぇ」


ドリーが頭の後ろで手を組みながら茶化すように言った。


「馬鹿にしているようにしか聞こえない。大体何の自覚だ」


「何って?父親になる自覚ですか」


ティルは半眼を閉じてドリーを見た。いつものやり取りだ。昔からこの主従は本当に仲が良いな、と私はややずれた感想を抱いた。


「…本当に良い性格をしているな、昔から。事情は知りすぎるほど知っているくせに」


ティルが憎らしげに呟いた。


「そうですね。でも、いずれはそうなるんですから。感謝してくださいよ?俺のアドバイスがなければティルナード様は一生、叶わない恋に身を焦がしながら独身のままでしたからね」


「…お前のせいで状況が悪化したこともあったよな?」


「嫌ですねぇ。あなた、昔から無駄に記憶力が良くてしつこいんだもの。しつこい男は嫌われますよ。ね、レイチェル様?ありゃ、レイチェル様?」


気がかりなことがあり、途中から半分話を聞いていなかった私は曖昧に笑った。


「え…あ。ええ、そうね。あの子はどうなるの?」


やっぱり罪に問われるのだろうか、と気になっていた。問われなくても元いた場所には帰れないだろう。身寄りがなく元々居場所がないのだから。


「…レイチェル様はお優しいですね。悪いようにはしないから安心して下さい。ティルナード様のご指示で、本人が望むなら一人前になるまではロバートに付いて使用人見習いとして学校に通わせる予定です。能力に応じて給金も支払われます。その後もうちで働くかどうかは彼の自由です」


私は目を丸くしてティルを見上げた。


「そんなに意外でしたか?」


「…あ、いえ」


随分寛大な対応だと思った。基本的にはティルもその家族も優しい方だと思う。が、厳しい一面もあるのを知っている。大きな屋敷を維持するにはそれなりの采配を振る能力が必要だ。

ヴァレンティノ公爵一家は傑物揃いで有名だ。


「責めるつもりはありませんよ。ただ、彼はあまりにも無知過ぎる。誰か大人が教えて導いてやらないと。沢山学んで色々なことを知れば分別がつくようになるでしょう。その時に気づいて後悔しても、まだ間に合う。気づかないままなら、それまでだ。ただ、機会は与えるべきだ。そう思っただけです。それに」


「それに?」


「貴女が彼を許したのなら、それ以上俺からは言うつもりはありません。貴女が望まないことをするつもりはありませんから安心して下さい。正直言うと、元凶には腹が立って仕方はありません。だけど、子供に八つ当たりするのは間違っている」


「そう、ですね」


私はボーッとティルに見とれた。否応なく、この人が好きだと再認識させられた。同じ人を何度も好きになることがあるなんて思わなかった。この人が私の旦那様で良かったと心から思ったのだ。

彼は私の視線に気づいて不思議そうに首を傾げた。


「…顔に何かついてます?」


「あ…いえ!」


見とれてしまったことを誤魔化すように手の中のカフス釦を転がした。

家紋も何も入ってはいない。ただの釦といえばそれまでだ。ただ、カフス釦は飾りだけあって高価でオートクチュールのことが多い。実はどこの物か割り出しやすい。このデザインと素材はどこかで見たような気がする。


「…あ」


私は頭を押さえた。ふと思い出したことがあった。ぞくり、と肌が粟立った。嫌な汗が背中を流れて顔が青くなる。


「レイチェル?」


ティルが心配そうに覗きこんできた。


「いえ。何でもありません。久しぶりに沢山歩いたから少し疲れただけです」


そう言うと、不安を隠すようにティルの方に身体を寄せて彼のシャツを掴んだ。ティルは眉をわずかに寄せた。服を掴んだのは皺になるから駄目だっただろうか、と慌てて私はぱっと手を離した。


「…その。悩み事や不安があるなら俺に言って下さい」


「大したことじゃないんです。本当に疲れただけ。少し休めば大丈夫ですから」


私はひきつった顔で誤魔化すように笑った。

彼は物言いだげに口を動かした。不満だと顔にはっきり書いてある。しかし、これ以上聞き出そうとしても私は話さないと気づいたのか結局は何も言わなかった。

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