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29.火のないところに煙は立ちません

本日六回目の更新です?(._.)

王弟殿下の嵐のような来訪から三日後、私はお茶会の招待状を受け取っていた。指定された夜会までは一月以上もあり、準備は全て王弟殿下が整えてくれるとのことだった。

差出人のエール伯爵夫人は今、社交界では有名な貴婦人だ。彼女の開くお茶会は趣向を凝らされており、人気が高いらしい。

これを受け取ったのが、悪名高いレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢でなければ、何の疑問も感じなかっただろう。自慢じゃないが、私は十歳を過ぎたあたりから身内以外のお茶会の誘いはほとんどない。

何か裏があるのではないか。実際、私をからかう類いの悪質な招待は今までにもあった。疑いたくはないが、それでも勘繰ってしまうのが人間である。

そういうわけで、ティルナード様に相談してみることにしたのだ。

手紙に用件をしたためて送れば、ティルナード様はその日の内に仕事帰りにヴィッツ伯爵邸に立ち寄り、開口一番に言った。


「駄目です」


あっさり却下されてしまい、私は首を傾げた。


「エール伯爵夫人はアリーシャ=ラッセルと親しくしているんです。何があるかわからないから駄目です」


私の表情から疑問を正確に読み取ったのだろう、ティルナード様は続けた。

アリーシャ=ラッセルはあれから近衛の仕事を退職したと兄から聞いていた。何でも配置換えで体育会系のノリの、厳しい部門に配属され、ついていけなかったのだと言う。そもそも彼女の登用自体が税金の無駄遣いに感じていたので、同情の余地はない。


「ですが、断れば角が立ちます」


経験談だ。私ごときに断られたとあっては向こうの評判に傷がつき、プライドをへし折ることになりかねない。そして、大概ブーメランのようにざっくり、こちらに返ってくるのだ。

例えば、私の悪い噂。初めは小さな、ごくごく可愛らしいものだった。これを両親や兄が必死になって否定し、陰口を言う者をやりこめたりしたため、「国家転覆」、「人心掌握」など荒唐無稽なものに大きく翼を広げることになった。まあ、私の表情筋の不器用さが拍車をかけた感も否めないが。

火のないところに煙は立たないというが、否定すれば否定するほど怪しまれるという悪循環にはこの世の無常を感じざるを得ない。今思えば、笑ってやり過ごせば良かったのだ。ただ、私達家族はそういう立ち回りに関しては不器用だった。身内のことになると、周りが熱くなって近眼になるのである。

話は逸れたが、仮に私が断れば必ず私に何らかの形で返ってくるのは間違いない。更には公爵家にも害が及ぶかもしれない。それは避けたいものだ。


「そんなにお茶会に興味があるなら、今度母かサフィーにでも開かせますよ。だから、諦めてください」


それは身内主宰のお茶会と変わらないのではないだろうか、という疑問符が浮かんだ。

余談だが、ヴァレンティノ公爵夫人はサロンの女王と呼ばれている。彼女の開く催し物の招待状を受け取るのはエール伯爵夫人の招待を受けるより名誉なことらしい。

ティルナード様は私がお茶会に参加したがっていると誤解しているようだが、私は正直、お茶会にはそこまで魅力を感じない。上品に笑う陰ではお互いの腹の探りあいをしているのだ。気を抜けないわ、疲れるわで楽しいわけがない。


「そういうことではなく、私に断られたとあってはエール伯爵夫人の名声に傷がつくのでは、と思いまして」


「公爵家にも迷惑がかかるのでは?」と私が自信なさげにもぞもぞと言えば、ティルナード様はまっすぐ私を見つめてきた。

どうでもいいが、私はまだ彼の美貌に慣れない。見つめられれば心臓は跳び跳ねるし、未だに私が婚約者で良いのか不安になる時が度々ある。

よく抱き抱えられたりはするが、それは妹にするようなものではないかと思うのだ。アリーシャ=ラッセルに対する態度を見れば嫌われてはないだろうが、女性としては全く相手にされていない感じがする。


「別に困らないでしょう?言いたい奴には勝手に言わせておけば良い。あなたは何も心配する必要はない」


ふと、王弟殿下の言葉を思い返していた。三年前にヴィッツ伯爵家が王弟殿下に作ったご恩にはティルナード様も関わっているという話だ。


「三年前も…」


「え?」


「やっぱり、何でもありません」


私はかぶりを振った。


「レイチェル、言いたいことがあるなら…」


「あの…お茶会にはやっぱり参加したいです。折角誘って頂いたんですし、お付き合いは大事でしょう?」


今までは必要性すら感じなかったが、これからは必要になるだろう。上目遣いで見上げれば、ティルナード様はうっと言葉をつまらせた。


「レイチェルが行きたがっているんだし、良いんじゃないか?お茶会ぐらい。ティルは過保護過ぎるんだよ」


疲れたような声がしたので見れば、いつの間にかルーカスが傍に立っていた。


「お前ら、いちゃつくなら場所は選べよ。玄関先でするな。最初から聞かされていたマリアを見ろ。顔がひきつっているぞ?親父達が帰ってきたら、どう反応すべきか困るだろう?」


控えていたマリアの方を見れば、相変わらずの無表情であり、ひきつっているようには見えなかった。

私達は押し問答をしていただけで、いちゃついてなどいない。

ティルナード様はルーカスを一瞥して、私に視線を戻し、溜め息をついた。


「なら、俺も行きます」


「いやいやいや。行くなよ。その日、お前は仕事だろうが!仕事しろ、仕事」


ルーカスが冷静に突っ込みを入れた。


「なら、サフィーに付き添ってもらいましょう」


「本当に過保護だな。そのお茶会、フィリアも参加するんだろう?なら、おかしなことにはならんだろ。お前の付き添いよりは安心だな」


「あいつは男より男らしいからな」とルーカスは付け加えた。


「お兄様、ハーレー元侯爵令嬢も参加されるのですか?」


ハーレー元侯爵令嬢をご存知なのですか、と聞きたかったが、喉の奥に押し込んだ。


「ああ。まぁ、それでもティルがお前の出席を嫌がってるのは他の招待客に問題があるからだろうな。ダニエル=ヤーバンにアリーシャ=ラッセルだからな」


ダニエル=ヤーバンの名前を聞いて、私は渋い顔をしていたのだろう。ルーカスはそんな私を見て笑った。

彼からは未だに手紙が届き続けている。手紙には「友人として仲良くしてほしい」とあった。予想外の方に話が転がるのが怖くて、返事は出していない。会えば絆されないとも限らない。


「お前にはティルがいるのはわかっているだろうし、王弟殿下も言い含めて下さってるから心配はないだろう」


ルーカスが苦笑いした。


「言い切れないだろう?ルーカスは何で賛成なんだ?いつもなら一番に反対するだろう?」


「こちらも色々あるんだよ。こういうのはなるようにしかならないしな。俺はレイチェルの味方だ。不安になるぐらいなら、他に目を向ける余地がないほど夢中にさせてみろ。あまり束縛がキツいと逃げられるぞ」


「…お茶会はサフィーと一緒に行ってください。場所を変えましょう」


呆れるルーカスを背にしながら、ティルナード様は私の腰を抱き、移動を促した。私は「それならサロンに行こう」と提案すると、彼はそちらの方に足を進めた。

ジェームスが下がりかけた眼鏡を直すのが見えた。視線が合うと気まずそうにさっと逸らされたので、ルーカスの言うように知らず知らずの内に注目されていたのだろうとわかり、顔が赤くなった。

サロンに着くと、三人掛けの長椅子に私達は隣り合って座った。

ティルナード様は何か言いたげに口を開いたり、閉じたりを繰り返している。何かを言うのを迷っているようだった。

私が不安げに少し上にある彼の顔を見上げると、意を決したように膝の上で拳をぎゅっと握った。


「そろそろ、俺と貴女の結婚の話を具体的に進めたいと思うのですが、どう思いますか?」


ティルナード様に言われて初めて、私達は何も具体的に結婚の話を決めていないことに気づいた。婚約期間さえ、決めてないのだから、私も私の両親もうっかりしているとしか言いようがない。

私が口元に手を当てて考え込んでいると、ティルナード様は心配そうに覗き込んできた。サファイアブルーの瞳の美貌が突然、目の前に飛び込んできて、驚いてのけぞりそうになった。


「レイチェルは…その…まだ俺と結婚するのは嫌ですか?」


「嬉しいです。でも」


「でも?」


ティルナード様の瞳が不安げに揺れた。


「本当に私で良いのでしょうか?」


ヴィッツ伯爵家は代々続く伝統だけが取り柄の弱小貴族である。私は悪い噂を除けば至って平凡だと思う。私の容姿は男性に好まれる要素がほとんどない。小柄でチビだし、胸もまな板に近い。美人だと言われたこともない。

それが氷の貴公子の異名を持つティルナード様に最初に婚約を申し出られた時は他に添い遂げられない想い人がいて、私はその隠れ蓑に抜擢されたのか、からかわれているのだと何となく思っていたのだ。だから、当初は深入りしないようにしていた。

今は違う。仮に彼に他に想い人がいたとわかった場合、深く傷つくくらい好きになってしまっている。


「俺はあなたがいいんです。俺を選んでくれるなら、あなたの望みはできる限り叶えたいと思っています。勿論、例外はありますが…」


ティルナード様は困ったように笑った。


「レイチェル、俺はあなたを愛しているんです。今だって不安なんです。あなたが他の奴と、と考えると気が狂いそうになるし、正直何をするかわからない。だから、確約がほしい」


「愛している」という言葉に私はくらくらと目眩がした。

それにしても、今現在婚約しているにも関わらず、ティルナード様は不思議なことを言うものだなと熱に浮かされた頭で首を傾げた。

私が何も言えずにいると、彼は私の手をとり、手の甲に恭しくキスをした。


「俺と結婚して下さい」


衝撃のあまり、私の思考はフリーズした。色事には免疫のない私には効果は抜群だ。上手く言葉が出てこなかったので、言葉の代わりに私はこくりと頷いた。

頷いたと同時に、ティルナード様の腕の中に力強く抱き寄せられたので、その腕の中に身を預けようとした。その時、彼の身体から微かに嗅ぎ慣れない香水の匂いがして、私は身体を強ばらせた。アリーシャ=ラッセルとは別の、柑橘系の香りだった。

余程密着しない限りは香水の匂いが移ることはない。真剣な様子の彼が私をからかっているようには思えなかったが、それでも染みのように不安が心に広がった。

私はティルナード様の背中に回しかけた手をそっと下ろし、彼の胸を押して離れた。


「ごめんなさい。私、失礼します」


しどろもどろになりながら、私はそれだけ何とか言った。入り口にいつの間にか控えていたマリアに目配せをすると、小さく頷いた。

その場を離れようとしたところで、ティルナード様に縋るように手首を掴まれてしまった。


「待って下さい。何か不快にさせてしまいましたか?」


「いいえ?何も」


私は口角を無理につり上げて微笑み、ティルナード様の指をやんわりと私の手首から引き剥がした。

それでもなお、手を伸ばしてくる彼を見て、瞬間的に身を縮こませれば、彼は傷ついたような顔で手を下ろした。

入れ違うようにして、兄がサロンに入ってくるのを見て、内心でホッと一息ついた後、私はサロンを後にした。

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