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プロローグ
目が覚めた。
最初に感じたのは、冷たさだった。
石造りの床に頬をつけたまま、しばらく動けなかった。体が重い。息をするだけで肺が痛む。自分の指を見た。細く、震えていた。
ここはどこだ。
私は誰だ。
記憶を探る。何もない。名前もない。生まれた場所も、育った場所も、愛した人間も、何ひとつない。あるのは今この瞬間の感覚だけだ。冷たい床。埃の匂い。どこか遠くで風が鳴っている音。
それだけだ。
立ち上がろうとして、膝をついた。構わず、もう一度立ち上がった。
おかしい、と思った。私には何もない。名前も、記憶も、帰る場所も。なのに、なぜ立ち上がれるのか。なぜ膝をついたまま座り込まないのか。
答えはすぐにわかった。
わかった、というより、最初からそこにあった。
――これを、終わらせてはいけない。
それだけがあった。
理由はない。何を終わらせてはいけないのかも、わからない。なぜそう思うのかも、説明できない。ただ骨の奥まで、魂の底まで、その一点だけが灼けるように刻まれていた。
私は窓の外を見た。
空が、黒かった。
星もない。月もない。ただ黒く塗りつぶされた夜が、この世界の全てを覆っていた。
何かが始まる夜だと、思った。
なぜそう思ったのかは、わからなかった。




