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結婚しましたが、波乱は尽きないようです(後編)

 公爵の来訪から二十日後。

 宮廷の中、皇族専用エリアに嵐が訪れていた。


「おい、皇太子はどこだ? さっさと案内しろ!」


 黒い長髪の男が廊下を叫びながら大股で歩いていた。

 彼の名はルイ・エドモンズ。ルドウィックの代わりに王太子にたてられ、昨年即位した若き王だ。彼の来訪は予定になかったので、宮廷内は右へ左へと混乱を極めていた。


 しかし、そんな宮廷内を傍目にグイードとシャルロッテは彼の執務室でのんびりといつもの仕事をしていた。あまり女性に政治に口を挟ませたがらないグイードも、外交のことになるとシャルロッテに相談していたりもした――――というのは半分の理由で、ルイの動向は事前に国内外に設置している間諜たちから聞いていたので、わざと彼女が表舞台にも携わっているということを見せつけるためにもということで彼の隣で一緒に仕事をしていた。

 お待ちください!!という使用人や大臣たちの声に一切耳を貸さないルイは、どんどんという音を立てながら進んでいき、たまたま(・・・・)半開きになっていた部屋にグイードとシャルロッテがいるのが見えた部屋の中へ入っていく。


「ちょっと、お待ちください!」

「うるさいな、引っ込んでろ」


 制止する文官を振り切って入ったルイは、部屋の中の様子を見て目を丸くする。


「騒がしいな……って、お前か」

「ようやくお前に会えたよ。久しぶりだな、グイード」


 自分が非常識なことをしていると気づいてないルイは爽やかな笑みを浮かべるが、すでにグイードもシャルロッテも彼に好意的な視線で見ていない。


「ええ、久しぶりですね。元気でしたか?」

「そりゃ、元気だよ。子供も生まれたしな。瞳は俺に似て金色だったし、髪と顔立ちはミリアに似てすっごい可愛いんだよ。で、シャルロッテ。なんで祝賀会に来てくれなかったんだ? みんな君に会いたがってたのにさ」


 連絡なしの来訪とはいえ、仮にも一国の主に対してつっけんどんな対応をしていいものではないから社交辞令として尋ねただけなのだが、ルイはそれをポジティブに捉えたようで、聞かれてもないことをペラペラと喋る。その様子をグイードもシャルロッテも冷ややかな視線で眺めていた。

 しかし、そういえばとばかりに祝賀会のことを尋ねられたグイードは、ため息をつきながら整理していた書類を揃えて机の端に置く。


「それは単純でしょう。あなたからの手紙が悪かったんですよ」


 シャルロッテ自身からの返答ではなかったこと、そしてまさか自分のせいにされると思わなかったルイは二人を睨みつける。


「別に彼女を招待するのは間違ってないだろう」

「ハァ……――わかっていませんねぇ」


 あくまでも自分は間違ってない。

 そういう立場をとるルイにますますグイードもシャルロッテも呆れ顔になる。


「どういう意味だ? だったら、どういうふうに書けばよかったんだ?」

「書き方の問題じゃないです。そもそもの部分(・・・・・・・)が間違ってるんです」

「そもそもの部分?」


 本来ならばこれはグイードが教えることではないが、ルイに教える者はいなかったのだろう。仕方がないので、彼に教えてやることにした。


「ええ、そもそも出す相手を間違えているんですよ」


 そう。まずは招待状を差し出す相手が違った。

 まだ婚約者の状態だったら話は別だろうが、すでにシャルロッテは結婚している。しかも彼女よりも身分が低いのならば、なんとか言い訳が成り立つだろうが、そうではない。

 そのため、先に伺いを立てなければならなかったのだ。


「別に、シャルロッテ皇太子妃はもともとうちの国の人間なんだし、もともとは従兄殿の婚約者(・・・)だったんだし、問題ないだろ?」


 しかし、ルイはわかってないみたいで、ツッコミどころ満載の質問で返す。


「そこが間違っているのです、ルイ陛下(・・・・)。私は確かに二年前まではロンドルドの人間でしたが、今はミリニア帝国(ここのくに)の皇太子の妻です。すなわち帝国の一員なんです。だから、私をもし呼ぶのならば、グイード様を通じてでなければ筋が通りません。それに、私が素直に王国に里帰りするとでも思ったのですか?」


 シャルロッテの強い口調に黙り込むルイ。

 彼女の言葉の端々には、私はすでに王国の人間ではない、帝国の人間であるという強い意志がはっきりと見えていた。


「私は二年間、我慢しましたけど、あの国の社交界はもうこりごりです。そんな社交界の人が私を待ってるから、帰って来いと? で、私が帰ったら、さぞ笑いものにするつもりだったのでしょうね」

「……そんなことは……――」

「“ない”と断言できるか? お前にはできないはずだぞ」


 そして、もう一つの理由。

 彼女が王国に里帰りした場合、どれぐらいの人が本当に彼女を待っていたのかということだ。あの二年間、いや、もっと前から“自分”をきちんと見てくれる人もいなかったわけで、戻ったところで歓迎されるとも思わなかったのだ。

 


「そうでしょう。理由は簡単ですよね、ルイ陛下?」

「それはミリアがポンヴェルデ伯爵の娘だからか」


 そもそもミリアという彼の妻はシャルロッテにはある意味、鬼門なのだ。

 彼女の父親であるポンヴェルデ伯爵とは金融を扱う文官の一人で、シャルロッテの事件が解決される前、エルマンズ公爵家の妙な“噂”を流されていたときにその旗頭になった人物だ。


「ええ、そうです。あのときに演技していたっていうのもありますが、彼女の父親はお父様の無実を明らかにすることはありませんでした! そんな人の家族を祝福しろというのが無理です」


 彼女はスカートを強く握り締めながらそう叫ぶ。グイードはそっとシャルロッテを抱き寄せる。ルイとミリアの結婚と即位を兼ねた儀式のときにもミリアや彼女の両親と会ったが、一言も謝罪の言葉はなかった。

 しかし、彼女の叫びもむなしく、ルイは反論する。


「……っ!! そうは言っても、あなたがミリアの立場だったら、同じことをするだろう!?」


 彼の言葉にシャルロッテはおもわず真顔になってしまった。

 この人は私を知らないんだろう。

 だから正解を教えて差し上げましょうと、グイードを見上げるとどうぞと促された。


「そうでしょうか? もし、私が彼女の立場の場合、まずは相手先の父親に招待状を出してよいか尋ねて、それから手紙を出します。もちろん彼女の伴侶もしくは雇い主宛に。どうでしょうか?」

「その通りですね、ロッテ。私があなたであっても同じ対応を取ったと思いますよ。それに、呼ばれもしないで、通達を出さずに隣国に来るなんて非常識の極みです。相手が私だから通用した(・・・・)ものの、もっと血気盛んな君主もしくは家臣だったら、あなたの命はありませんでしたよ?」


 彼女の父親は名外交官であり、彼女も幼いころから諸国を歩いている。すでにそのころから大人としての対応を学んでいる。ルイに通じるかどうかはわからないが、それを教えるだけの知識はある。

 それにルイはもう一つ大きなミスをしている。彼は事前に訪問することを帝国に知らせてない。それは()を仕掛けられたという認識をされかねないということ。それをやんわりと忠告すると、彼は真っ青になり、唇を震わせるだけしかできなかった。




「それはともかく、私達が行かなかったのはあなたの“手紙”の出し方に不備があったからです。それをとやかく言われる筋合いはありません」


 互いのプライバシーが保証されている同士での個人的な“頼みごと”ならば構わないが、一国の主にはそんなものはない。

 もしそれを押し通そうならば、諸外国から総スカンを食らうだけでは済まされないだろう。下手すると国内の貴族さえ敵に回す行為だ。今まではなんとかなっただろうが、これから先はおそらく通用しない。


「ああ、それと金輪際、妻を王国へ招待しなくても結構ですよ。今、彼女はこちらで幸せに暮らしているんですから、あなた方に邪魔はされたくありません」


 それ以上に彼女に対するデリカシーがまったくないのも、グイードを怒らせた原因の一つ。


「お判りいただけましたでしょうか」


 微動だにしないルイにダメ押しとばかりに言うと、かすかに頷いた。


「では、さっさとお帰りください。ああ、ミリア王妃にもよろしくお伝えください」


 グイードはすでに新しい書類を出して、そちらに取り掛かり始めた。シャルロッテも彼が書いている書類を見て、どこかアドバイスできないか考え始めた。

 そんな二人を見て、複雑な表情になったルイだったが、では、失礼いたしますと言って、行きとは違って静かに去っていった。



 その日の夕方、シャルロッテはささやかな夕食をとりながら、今日あったできごとを考えていると、そっとグイードがナプキンを差し出してきた。

 下を見てみると、どうやら考えることに夢中でメインの肉料理のソースがテーブルにたれてしまっていた。


「大丈夫でしたか?」

「ええ……ですが、本当に来てしまうなんて思いませんでした」

「まったくです。本来ならば不法入国の時点で捕えてもよかったんですが、さすがにそこまでするとほかの国との外交問題にもつながりかねませんもんね」


 さすがに国王を不法入国だけで捕らえるには、今の帝国と王国の関係を考えるとやりすぎだろう。もちろん彼の行為は一国の主としては、かなり行儀がよろしくない。今後、どうなるかは彼の勉強次第といったところだ。

 今の状況では少なくともグイードとシャルロッテからの印象はすこぶる悪い。さらに地に落ちることがないことを祈るしかないが、それには彼の並々ならぬ努力が必要で、どこまでできるのかは、彼の意識によるものだ。

 今のルイがグイードとシャルロッテのレベルに追いつくためには、ものすごく時間がかかるだろう。

 それまでは彼に会うつもりはない。


 二人とももう今を見ているんだから。




 食事を終え、ロッテとグイードが呼びとめると、彼女はどうしたのだろうかと、首を傾げる。


「明後日の舞踏会の前、よければまたあの薔薇園でダンスしませんか?」

「はい、喜んで」


 彼女の笑顔にグイードもまた笑顔になる。

 今、この時間が幸せだった。

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