第10話
☆ランサー
「あ、ようやくお客さんが来てくれた! ささ、そこのシートに座って~? ボクの歌を聞いていってよ!」
どこかから聞こえてきた歌声に導かれるように、その声が聞こえる方へとアーチャーと共に向かってみると、そこには魔法少女シンガーが岩を削り取ったと思わしき即興のステージの上で1人マイクを握っていた。シンガーは、ランサー達の姿に気付くなり、ステージの前に広げられたボロボロのシートに座るよう促してくる。その瞳から敵意は感じないが、これが罠でないという保証はない。ランサーは警戒心を剥き出しに、シンガーへ向けて槍を向けた。
「貴様、ここで何をやっているんだ? 返答次第では今すぐ殺すぞ?」
「ちょ、そんな物騒なモノ向けないでよ~!? それより歌聞いて~!!」
シンガーはランサーの槍に怯えた様子は見せたものの、歌を聞かせようとする姿勢を譲る様子はない。アイドルらしい可憐なコスチュームが似合う割には図太い神経の持ち主のようだ。いや、逆に図太い神経の持ち主でないとアイドルはできないのかもしれない。
「ねえ、ランサーさん⋯⋯。私ちょっとシンガーさんの歌聞いてみたいかもです。遠くから聞こえた時もすっごく綺麗な声してましたし」
アーチャーはランサーの服の袖を掴みつつ、上目遣いでそんなことを言ってくる。その仕草のあまりの可愛さにランサーの心が揺らぐ。もしこのあざとい行為を意識しないでしているなら、アーチャーはなかなかの強者である。
「⋯⋯分かった。アーチャーがそう言うなら、少しだけ聞いてもいいかもしれないな」
「わーいありがとう! 2人とも愛してるよ~!!」
結局アーチャーの可愛さに敗北したランサーは、2人で一緒にシートの上に座ることにした。もしこれが罠だとしても、ランサーが守れば問題ない。しかし、こちらに向かって投げキッスと共にラブコールをしてくるシンガーの姿を見ると、無駄に警戒し続ける自分が馬鹿らしく思えてくるのも確かだった。
目の前でひらひらと舞うチェックのスカート。軽やかに跳びはね、笑い、時折ピースサインをしながらニッコリと満面の笑みを浮かべるシンガー。彼女の歌は決して特別上手いという訳ではなかったが、聞く者に元気を与えるようなそんな不思議な魅力があった。そしていつの間にか、ランサーはシンガーの歌に合わせて手拍子を打ち一緒にリズムを取っていた。シンガーの一挙手一投足に目が奪われる。すっかりシンガーのステージに夢中になっていたランサーはこの時、隣に座っていたはずのアーチャーの姿がいつの間にか消えていたことに気が付かなかった。
――ザシュッ!
風を切り裂くような音と共に、頬に鋭い痛みが走る。その痛みで、ランサーははっと我に返り、手拍子をやめて槍を再びシンガーへと向けた。しかし、シンガーは相変わらず笑顔で歌を歌っているだけだ。ランサーに攻撃する素振りすら見せていない。それなら一体誰が⋯⋯?
――ビュンッ!
そんなランサーの疑問に答えるかの如く、再び聞こえてきた風切り音。先程とは違い警戒していたランサーに傷がつくことはなく、その上風切り音の正体を視界に収めることができた。ただ、それは結果としてランサーをさらに混乱させることになる。
「アーチャー、どうしてだ!?」
ランサーに飛んできたのは、一本の矢であった。そして、矢を使う人物などランサーが知る限りここには1人しかいない。ランサーが矢の飛んできた方向に視線を向けると、案の定そこにはいつの間にかステージの上に立っていたアーチャーが弓を構えた姿勢でこちらを睨み付けていた。ランサーが視線を向けた直後、アーチャーはランサーの問いかけに答えることなく第三射を放つ。ちょっと前までランサーと手を繋いで歩いていたあの大人しいアーチャーが自分に攻撃しているという状況にショックを隠せないランサーではあったものの、辛うじて再び矢を回避することに成功した。そして、アーチャーが次の矢を放つ前に、ランサーはアーチャーを無力化すべくスキルを発動させる。
〇〇〇〇
女騎士なら気高くあれ! くっころなんて言わないんだから! 君の名前は、魔法少女『ランサー』だよ☆
『ランサー』のスキルは、『間合いを自在に変える』って力! 君の目に映る範囲全てが槍の間合いになるよ☆
〇〇〇〇
本来なら、ランサーの槍が届く範囲は最長で2メートルと少しといったところだろう。しかし、このスキルを使えば相手がどんなに遠くに離れていても槍で攻撃することが可能になる。ただ、今回はあくまでアーチャーを傷つけるつもりはないので無力化するだけだ。具体的にどうやってアーチャーを無力化させるかというと⋯⋯。
ランサーは頭上近くに構えた槍をぐっと力を込めて地面に下ろした。その動きに連動し、唐突にアーチャーの目前の空間に出現した槍がアーチャーの肩に触れ、そのまま地面へと押しつける。アーチャーはかなり暴れているようで、何もない空間を抑え込んでいるランサーの手元にもかなりの反動が伝わってくるが、元々の力の差のせいかアーチャーがランサーの槍の下から抜け出すことはできない。
「貴様、アーチャーにいったい何をした!!」
ランサーはアーチャーを押さえつける手はそのままで、先程までの一連のやりとりが繰り広げられる間ずっと我関せずといった顔で歌い続けていたシンガーを睨み付けた。このアーチャーの様子は明らかに異常である。今までの態度が演技だったと考えても変化が唐突過ぎるし、そうなると誰かに操られていると考えた方が自然だ。そして、ここに居るのがランサーとアーチャーとシンガーの3人だけであるのなら、当然疑わしいのはシンガーということになる。
「あは☆ 別にボクは変なことはしてないよ~? 好きなように歌って踊っただけ!! ただ⋯⋯時々熱狂的なファンができちゃうみたいでね。ボクに敵意を少しでも持つ人には攻撃しちゃうみたいなんだ。ゴメンね☆」
シンガーは一切悪びれることなくそう言い放ち、あまつさえパチン☆と可愛らしくウインクまで送ってみせる。名言こそしていないがシンガーがスキルを使ってアーチャーにランサーを攻撃させたことを認めたようなものだ。
「よくも⋯⋯よくもアーチャーに攻撃をさせたな!!」
ランサーがアーチャーを守る過程で他の魔法少女を殺しその手を血で汚すことがあっても、自分を頼ってくれたどこか家族を思わせる少女、アーチャーには誰かを傷つけるようなことはして欲しくないと思っていた。それだけに、シンガーのやったことは到底許すことができない。腹の底から怒りが湧き上がり、全身からマグマとなって溢れ出す。心の中でグツグツ煮えたぎるマグマをそのままエネルギーに変え、ぐっと力強く槍を握りしめた。
――異変に気が付いたのはその直後だった。イメージ上の存在であるはずのマグマが頬を流れる感触に、ピタリと思考が停止する。しかし実際にマグマが流れているなら感触うんぬんなど言う前に解けているはずだ。それならばこの頬を流れるどろりとした赤い液体の正体はいったい何だ。
ランサーがその液体が血であることを認識した時には、既に視界は真っ赤に染め上げられていた。攻撃されたわけではない。自分の眼球から溢れる血が視界を塞いでいるのだ。そして、それは眼球だけではない。ランサーの体のありとあらゆる穴から血が溢れ出し、ランサーの身体を激痛が襲う。
「こ、これは⋯⋯!? な、なにをしたんだ⋯⋯!!」
「うっわ、ぐっろーい☆ アーチャーちゃんのスキルが『毒』だってことは聞いていたけれど、まさかこんなえげつない死に方する毒とは思わなかったよ。うげっ、吐きそう⋯⋯」
朦朧とする意識の中、シンガーのおろろろと嘔吐する音だけが聞こえてくる。本当に吐いたのかと若干の驚き、そしてそれ以上にランサーの胸に広がっていくのは絶望だ。この身体の異変が毒によるものだとしたら、最初の不意打ちで頬に傷を作ってしまった時には既に結果は決まっていたのか。そんなことを考えている間にも身体の痛みはどんどん増していき、機能を停止させた臓器たちがランサーの体内で腐り落ちていくのが分かる。いつの間にか失禁していたようで、下半身がなんとなく気持ち悪い。しかし今のランサーにはそれを恥じる余裕すらなかった。
「い、嫌だよ⋯⋯! こんな死に方、やだ、なんで私がこんな⋯⋯。誰か助けてよぉ!!」
そこには既にアーチャーを守っていた凜々しい女騎士の姿はなかった。今ここに居るのは、死を目の前にして怯え恐怖するただの女の子だ。必死で助けを求め叫ぶランサーであったが、未だ嘔吐しているシンガーは自分のことで精一杯でランサーのことなど眼中になく、そんな彼女に魅了されたアーチャーがランサーを助けることはない。
シンガーの吐き気が収まった頃、ランサーは血だまりの中白目を剥き倒れていた。もうその口からはアーチャーを守る誓いの言葉も助けを呼ぶ悲痛な言葉も紡がれることはない。初めて生の死体を見たシンガーは、それを間接的に作ったのが自分であるにも関わらずあまりの気持ち悪さに再び嘔吐することになったのであった。
〇〇〇〇〇
【脱落者のお知らせ☆】
ランサーとアーチャー&シンガーが戦い、アーチャー&シンガーが勝利しました!
女騎士はくっころも言えないまま守っていたはずの姫に毒を盛られ、ゲロと血にまみれた残念な最後を迎えちゃった☆ おとぎ話にもならないね!
〇〇〇〇〇
第10話:『好きなように歌って踊っただけ!!』
アーチャーのスキルメール
かわいい花には毒がある! 狩りに卑怯もクソもねえ!! 君の名前は、魔法少女『アーチャー』だよ☆
『アーチャー』のスキルは、『毒を作る』って力!! 即効性の麻痺毒と遅効性の致死毒の2種類の毒を作れるんだ☆




