第五十九話:聖勇者の仮面、剥がれる正義
空中都市シュトラールの外縁部、雲海を裂いて現れた純白の艦隊。
その旗艦の舳先に立つ聖勇者エクスは、眩いばかりの光を纏い、手に持った聖剣を天へと掲げた。
「罪深き反転者レイよ。貴様が壊した『秩序』は、世界の平穏そのものだった。私が、その乱れた因果を正義の名の下に白紙へ戻してやろう」
エクスが聖剣を振り下ろすと、幾千もの光の矢が雨となって空中都市へ降り注いだ。
その光は「悪を許さない」という強制的な定義。触れた端から、ルナの魔剣の輝きが失われ、ガオの義手がノイズを吐いて停止し始める。
「……くっ、……この光、……私たちの存在を『不浄』として書き換えている……っ!」
ヴィクトリアが盾を構えるが、聖光に触れた盾の表面が、砂のようにさらさらと崩れ落ちていく。物理的な破壊ではない。存在の「正当性」を奪う、無機質な消去だ。
「……ふん。相変わらず、神様の使い走りは『押し付けがましい』わね」
アイリスが私の隣に立ち、冷ややかにエクスを見据えた。
「レイ、気づいているかしら? あの男の魔力……。命の鼓動が、一拍も聞こえないわよ」
アイリスの言葉に、私は胸の『極光の魔導核』を激しく共鳴させた。
真眼が捉えたのは、エクスの皮膚の裏側を這い回る、虹色のソースコード。
「……エクス。お前、人間じゃないな」
「問答無用! 聖域展開――『原初の白紙』!!」
エクスの咆哮と共に、世界が真っ白な光に包まれた。
建物も、人々も、色彩を失い、透明なデータへと変換され始める。
ジョシュアの時よりも遥かに速く、無慈悲な「リセット」の波動。
「…………ふざけるな。俺たちの積み上げた半年間を、勝手に『バグ』扱いするんじゃねえ!」
私は、空中都市の縁から一歩踏み出し、宙へと身を投げた。
落下しながら、六人のヒロイン、そして母アイリスの因果を一つに束ねる。
「…………三位一体、……偽りの聖域ごと、……食い破れ(ホーリー・インヴァース)!!」
ドォォォォォォォォォンッ!!
私の右拳から放たれた白銀の衝撃が、エクスの放つ「純白の絶望」と正面から激突した。
聖なる光を、一瞬で不浄の闇へと反転させる。
逆転。
エクスが「正義」と定義した光が、私の反転を受けて「猛毒」へと裏返り、彼自身の艦隊を内側から腐食させ、塵へと変えていく。
「な、……馬鹿な!? 私の聖光が、……汚染されていく……だと……っ!?」
エクスが初めて顔を歪めた。
私はその隙を逃さず、空中で姿勢を反転させ、彼の懐へと肉薄した。
「…………制約を、……その仮面ごと、……食い破れ!!」
私の拳が、エクスの胸部を直撃した。
パリンッ!! と、何かが割れる乾いた音が響く。
砕け散ったのは彼の鎧ではない。
剥がれ落ちたのは、彼の「人間の皮」だった。
「……あ、……あぁ……。……再起動……。……バグの、……排除を……再実行……」
剥き出しになったエクスの全身から、無数の虹色の触手と、無機質な警告文が溢れ出した。
彼は人間ではなかった。
ジョシュアが倒された際に自動で起動した、真神の**『自動修復プログラム(バックアップ)』**の具現。
「レイ様! 視てください、空が……っ!」
リタの叫びに顔を上げると、王都の空に、かつての[DELETE]を遥かに凌ぐ巨大な裂け目が出現していた。
『 ―― [ ERROR : SYSTEM CORRUPTION REACHED 90% ] ―― 』
『 ―― [ INITIALIZING TOTAL WORLD FORMAT ] ―― 』
エクスを取り込んだシステムが、ついに世界を「部分的な修正」ではなく、**「世界丸ごとの初期化」**に切り替えたのだ。
「……追い詰められたネズミが、家ごと焼き払おうってわけね」
アイリスが不敵に笑い、私の肩を叩いた。
「レイ。決戦の場所は決まったわ。……あの裂け目の奥、システムの『真の心臓』を叩き潰すわよ。……これが、本当の最後よ」
「……ああ。……上等だ。……母さん、みんな。……俺たちの本当の自由、……奪い返しに行こうぜ」
私は、六人のヒロインとヴィクトリア、そしてアイリスと共に、白く消えゆく空へと飛び出した。
反転者の物語は、残り六話。
世界を白紙に戻そうとする神の仕様書を、俺たちの『反転』で丸ごと書き換える、最終決戦が始まった。




