第144話 『別の時間、別の世界』
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すぐ傍でヒューゴが開いた窓に映し出されていたのは、炎を吐く直前のドラゴンの姿だった。閉めろと口にしようとしたけれども、既に遅く――
「うおわぁ!?」
勢いよく迫ってくる炎の息吹。とはいえども、炎が伸びてきたのは窓の部分までで。その境界の内側が赤や白に染まってはいても、不思議と熱は全く感じなかった。
「あはは、安心しなよ。窓の外は別の時間、別の世界。こちらに干渉することは無いし、逆にこちらから干渉することもできないから」
尻もちをついたヒューゴを見てロアノが笑っているけども、自分たちは窓の外に目が釘付けだった。伝説の生物を間近で見て、ちょっと感動すらしていた。
炎に遮られて全身はよく見えないが、あれは確かにドラゴンだった。大きな翼を広げ、頭部には角があり、牙の並んだ顎を大きく開いて。自分の知っている姿そのまんまだ。
実物――とは少し違うけれど、見るのはこれが初めてだった。
そしてこの映像がここに映し出されているということは……。
「学園のあたりにもドラゴンがいたの? 本当に?」
「ここに映ったのなら、それが真実さ。――ただし、それが過去か未来か。どちらかは残念ながら分からないけどね」
……いや、どう考えても過去の話じゃないか?
絶滅とまではいかないけれど、今となっては殆どいないらしいし。七不思議候補の一つにあった“学園地下のドラゴン”とも関係があるのかと考えたけど、そんなに最近までいたとは思えない。
もしかして、自分たちの他にもこの噴水に飛び込んで――いや、“赤い月”の周期が二十年ぐらいだから、それはないか……?
「僕の力が万全だったら、実際に見て確認できるんだけどね」
確かにあった時間。そして、確かにある時間を切り取ったのがこの窓なのだと言う。勝手に生まれ、そして勝手に消える。本体のロアノならば、管理も自由自在らしいけれど。
そうして、窓の向こうの話は終わり。ようやく本題へと戻る。
「数日前に戻すだけで精一杯なんだ。これで許してくれるかい?」
「ぜんぜん大丈夫だ――です!」
それ以上戻されても逆に困るし。全員が頷いたのを確認すると、ロアノは再びピアノへ着いた。
「それじゃあ、しばらく待ってくれるかな」
椅子に腰掛けて鍵盤を撫でるロアノ。どうやら演奏しないといけないらしいけど……。詠唱も何もなしに時間を止めたり戻したりしていなかったか?
「君たちは自由にしてていいよ」
――そうして、緩やかに演奏が始まった。(自分以外にとっては)見たことのない楽器、聞いた事の無い音。初めの方は全員が耳を傾けていた。
……聞いた事の無い曲。といっても、自分もそれほど音楽について詳しいわけでもないし、似たような曲が前の世界でもあったのかもしれない。自分としてはいくら聞いてもそれほど飽きないのだけれど、ヒューゴはそうでもないらしい。
二曲三曲と続いていくうちに興味は別の方へと向く。
「こっちの方が面白そうだな。どの時代が出てくるかは、開いてみるまで分からねぇけどよ」
そんなにさっきのドラゴンが衝撃的だったのか。
また何か面白いものが見れないかと、再び窓を開く作業に取り掛かっていた。
人の家(?)でこうもやりたい放題する奴も珍しい。
「あんまり好き勝手にウロウロさせとくとさ……何かしそうで不安なんだよね」
「それなら私も行きます。幸い、どこにいても演奏は聞こえるみたいですし」
ヒューゴを追う二人。クロエは動かずこの場に残る様だった。
そんな中、自分はといえば――
――――――――
ロアノの演奏が終わるまで、どうしていようか。
他のメンバーと一緒に窓を覗く
▷クロエに付いておく
――――――――
ピアノの傍に座り込み、ロアノの演奏に耳を傾けているクロエ。
信用していないというわけでもないけれど、初めて訪れた場所に一人で放置しておくのも良くない。邪魔にならない程度に近寄り、ピアノに体重を預ける。
演奏の上手い下手なんて、素人目でしか分からない自分だけれども、それでもロアノの演奏がこの上なく上手なのははっきりと分かる。何年、何十年と弾いてきたかのように、狂いも淀みも、音を楽しむのに邪魔なものは一切無く、鍵盤が叩かれている。
あんな小さい手で、器用に弾けるもんだな。
「――君は見たところ、吸血鬼の血が流れているようだね」
演奏する手を休めることのないまま、ロアノが口を開いた。他でもないクロエに向けてのもの。吸血鬼、というのが気になったのだろうか。
「……半分だけだけど。それがなにか?」
少し機嫌を悪そうにして、クロエが答える。
「あぁ、ごめんね。ただでさえ、ここに人が来るのが珍しいからさ。そのうえ、それがハーフだとはいえ吸血鬼だなんて。君で二人目だから少し驚いているんだよ、これでも」
――二人目、と言ったのか。
確かに、クロエ以外の吸血鬼がいてもおかしくは無いんだよな。
ただ、その数が少ない、というのはロアノの言葉からもだいたい察せられた。
「二人目って、他にも吸血鬼が? いつ来たの!?」
「二十年ぶりかな。あくまで、君たちの時間感覚ではだけど」
「もしかして……私のお父さんとか……?」
「いいや、君の父親じゃあないと思うよ。女性だったし」
女性だったと聞いて、クロエが『……そう』と小さく呟く。あまり期待はしていなかった様な声音だったものの、内心は少しがっかりとしているのが分かった。
――まだクロエが生まれる前、母親を一人屋敷へと置いて姿を消したクロエの父親。普段は全く話に出ないけれども、やっぱり心のどこかでは気になっているのか。
「僕等のようなどこにでもいる神々に比べれば、君たち吸血鬼はとても数少ない種族だ。――だけれど、面白いことに誰もがその種族を知っている。なんせ、世界大戦の中心にいたんだからね」
世界大戦という物騒な単語。なんだか聞き覚えがあるんだけども、いったいどこで聞いたのか。……と考えるまでもないな。この世界の基礎知識なんて、ほとんど学園の中で憶えたものだった。
「授業でも少し習った気がするな……」
「世界大戦には前期と後期があったんでしょ。私でも知ってるわよ」
――長い、長い戦争。なんでも、百数十年に渡って続いたんだとか。
「大戦の内容、君たちの世界ではどこまでが知られているのかな?」
「前期はヒト族と亜人族が中心に争っていて、一度戦いが収まった後に魔族が現れたため、争いを止めて魔族から世界を守った、ぐらいしか」
自分が授業で聞いたのはこの程度。クロエどうやら知っている部分は同じらしい。長い戦争が終わったのが約百年前のことらしいけど、もともと歴史に興味が無い時点でさっぱりである。クロエはちゃんと、現代までの歴史についてもバッチリらしいけど。
「概ねそれで合っているけど、所々が抜けているね。――それじゃあ、僕が歴史の勉強でも教えてあげよう」
演奏は止まらないまま、なぜか歴史の授業が始まった。正直なところ遠慮しておきたいのだけれど、この世界の神様が直々にというのなら逆らうわけにはいかない。
「ある時を境に二つの世界が混じった。それが戦争のきっかけだったんだ」
「ちょっと待った」
いきなりだった。わけが分からない。
何を言っているんだ、この神様は――




