第143話 『“それ”が原因らしいね』
毎日、朝の8時台に投稿予定
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「つ、月の世界……?」
俺たち……いつの間にか宇宙に!?
月並み――という言葉がこの状況では半ばシャレのように聞こえるけれど――要するにお決まりというやつで、これでもかと深呼吸をしてみる。
……肺は動く。空気も吸えている。というか、真空状態だったらとっくの前に全員死んでるって話だ。まぁ、どこまで前世の常識が通じるかは分からないけれど。
「……テイル、急に深呼吸してどうしたの?」
「いや、ここが月なら息ができないんじゃないかと思って」
「……そういうものなの?」
やべぇ、文明の違いがこんなところでも。疑われる前に『そんな気がしただけ』と適当に誤魔化したところで、眼の前の少年が小さく笑い声を上げた。
「あはは、ごめんごめん。正確に言えば、月を反映させた魔力的な空間を“間借り”しているだけなんだよね」
……月を反映させた? 魔力的な空間?
「だからウソを吐いたわけじゃないんだけれど、ここは本物の月じゃあない。しかし、君たちのいた世界とも違う。細かい説明をしたところで分からないだろうから省くけど、切り離された時間と空間で過ごすには、この方が都合がいいんだ」
眼の前の少年があれこれと説明をするも、言っていることがいまいちピンと来ない。つまり、夜空に浮かんでいる月とは別の場所ってことでいいんだよな?
学園の噴水という場所が“赤い月”という条件の下で繋がったのが、この“切り離された時間と空間”であるらしい。切り離された、というのがどういった意味をしているのかは分からないけれど――ここが噴水の底ではないことは間違いない。
「……切り離された空間っていうのはどういうこと?」
「文字通りの意味だよ。普段はどこにも繋がっていないし、時期が来ればどこからでも繋がる。――そして、時間も同じ。“ここ”には過去も未来も無いけれど、過去にだって未来にだって繋がることはできる」
「過去にも未来にも繋がる……」
今ではない、別の時間への移動が可能だということか?
ということは、つまり――
「もしかして……あなたが時の神様?」
「へぇ、君は物知りだね。……そうだよ。僕は時を司る神、ロアノだ」
近づいてきて更にはっきりと分かったけれども、少年はクロエと同じぐらいの身長だった。『……こいつが神様?』と疑いたくなる見た目。顔立ちは年相応に幼く見えるけれど……どこか底知れない雰囲気もある。
そもそも神様なんてこの目で見たことはないし。
実際はどんな外見をしているのかなんて、分からないんだけどな。
――けれども、その服装だけは見逃すわけにはいかない。スーツのような上着とズボン。生地も明らかに質が違う。この世界でそんな服装をしている者を見たことは無い。
ひと目で『自分たちとは違う世界の住人だ』と感じるに違いない。
場所、というか世界に対して不釣り合いなその存在も、神様だというのなら納得できないわけじゃない。そっちについて尋ねるべきなのか迷う前に――ヒューゴが先に声を上げた。
「こんな小っせぇのが神様? 嘘だろ!?」
「ちょっと! 失礼でしょ!」
「……まぁ、この状況を君たちが直ぐに理解できるとは思ってないよ。なんなら試しに、僕に向かって魔法を撃ってみなよ。それが一番ラクな証明の方法だ」
どこか大人びた笑みを浮かべて、ちょいちょいとヒューゴを挑発するように手を曲げる。……冗談を言っているようには見えない。けれど本来なら、こんな少年に魔法を撃つなんてと躊躇する筈だが――
「お、おう。それじゃあ――」
――ヒューゴがすぐさま身構えた。
きっと自分と同じで、逆らおうという気も起きなかったんだろう。なぜかそうするのが当然のこと、とすら思えていた。なぜだろう。この場にいた全員が、目の前の少年に主導権を握られている。
「フィル・メイズ、ヴァン・イグノート・イン・ビード!」
通常よりも抑えられた威力で、ヒューゴの手のひらから炎の渦が飛び出す。
それでも、炎は炎である。触れたら火傷は免れない。
……しかし少年は避ける様子を見せず。それどころか、防ぐ気配も見せず。
「危な――」
直撃するかと思われたその瞬間――
「止まっ……た……?」
まるで渦の周りにある空気が凍りついたかのように、炎の動きがピタリと止まった。何をしたのか。詠唱はない、魔法陣も出した様子もない。それどころか、身動き一つしていないのに……。
「炎の渦の時間を止めた……?」
「――それだけじゃないよ」
これまた魔法を使った様子もないのに、まるで映像を逆再生しているかのように、炎が渦を巻きながら魔法陣に吸い込まれていく。
「…………」
その様子を見て、全員が言葉を失っていた。
こんなに凄いものは見たことはない。……強いて言うなら、学園長が見るミル姉さん襲撃の際に中庭で使ったのが近いか。あれでも周囲の物体を止めただけ。巻き戻すようなことはしていなかった。
「これぐらいの時間操作なら、指一本動かさなくても平気さ」
「やっべぇ……マジで神様かよ……」
ありがたそうに合掌して、両手をすり合わせて拝む。
あからさますぎて、逆に失礼な気がするんだが。
「そんなに敬う必要はないさ。神の存在なんて、この世界ではそれほど重くはない。君たちとは住んでいる位相が違うだけで、それこそ山のようにいる。どこにでもいる。……こうして君たちの前に出てくる者はごく少数だけどね」
唯一神ではない、というのはアリューゼさんにも前に聞いたことがある。“神告魔法師”は自身の信仰する神によって、使える魔法が変わってくる、だったか。
アリューゼさんが信仰する神も、目の前にいるロアノも。この世界に数多くいる神の一人……一柱ということ。本人が言うには、まず人前に現界すること自体は殆ど無いということだけれど。
神様というのはそういうものなんだろう、と考えるしかない。こうしてこちらから会いに来れたということが、伝説に残るぐらい稀有なパターンらしいし。
「さて――ここに来たということは、何かしらの目的があってのことなんだろう?
過去へと遡りたいのかい? それとも未来へ? まぁ、殆どの者が前者なんだけれども……」
……腕組みをして首を傾げるその様子は、子供そのものなんだけどなぁ。見透かすような物言いのせいで、どこかチグハグな印象を受けてしまう。
「君たちは戻りたい過去があるほどに歳をとっているようには見えないけど?」
「お願いだ! 俺たちを試験が始まる日に戻してくれ――ください!」
しがみつきはしなかったけれども、それでも土下座をする勢いで願い事をする。そんなヒューゴの姿に、神様であるロアノはキョトンとしていた。
……流石に相手が神様でも、この絵面は見ていて痛々しいな。
「……試験の始まる日に?」
「コイツ、結果が壊滅的だったので……」
…………。
「――あははは!」
目を丸くするロアノに事情を説明すると、今度は弾けるような笑い声を上げ始めた。よっぽどツボに入ったのか、数十秒は笑い続けていたんじゃなかろうか。
「ふぅ……。そんなどうでもいいことに僕の力を使うのは初めてだよ」
そりゃあそうだろう。図書館で調べた言い伝えや物語では、赤い泉に飛び込んで過去に戻った結果、人生がガラリと変わったものばかりだったのに。まさか学生が自分の成績のためにこんな奇跡を起こすとは思ってなくても仕方がない。
「……でも、その方が都合がいいかな」
「……どういうこと?」
肩をすくめて言うロアノに、アリエスが尋ねる。
都合がいいとは? 何か問題があったのだろうか。
「ここでの僕はあくまで残滓に過ぎない。本体は別の場所にあってね。未来に飛ぶのなら、それなりに先まで飛ばせるけど――過去に戻るのは、よくやっても数日が限度なんだ」
遠い昔に見たSF映画か何かで、時間についての考察を聞いたことがある。
時間とは、水と同じく流れていくもので。時間においての流れとは、過去から未来へ。そして、流れに沿うのは容易く、逆らうのは難しい。
つまり、未来へ行くのは簡単だけれど、過去へと戻るのは難しいということ。神様の力でも同じなんだろうか。……期間が違うというのなら、まぁそうなんだろうけど。
「――そもそも、君たちがここに来れたこと自体が想定外なんだけどね」
「どういうことです?」
自分たちはちゃんと“赤い月”の夜を待ってから、正しい方法でやってきたと思うのだけれど……。それが想定外? もしかしたら、もっと別のやり方があったとか?
「君たちが通ってきた噴水には“僕”という残滓も残っていたし、ここに繋がる可能性も全く無かったわけじゃない。けれども、確率は非常に小さかったんだ」
言われてみれば、最初はヒューゴが飛び込んでも普通の噴水のままだった。それが急に、赤い月がこちらを押しつぶしてくるんじゃないかというぐらいに近づいてきて――それでこの空間に繋がったのだ。
……急に繋がったのは全くの偶然だった?
ごくごく小さな確率を引き寄せた“何か”があった?
「それがなんで繋がったんでしょう……?」
「最初は僕も疑問だったんだけれど……どうやら、“それ”が原因らしいね」
ロアノはそう言って、アリエスの手の中を指さす。彼女が持っていたのは――例のサイコロだった。ガラスの筒の中に納まっていたそれは、ものの見事に真っ二つに割れていた。
何かの衝撃で割れたのだとすると、周りのガラスに傷一つついてないのがおかしい。……もしかして、魔法の力で?
「それは……アーティファクトだね」
「アーティファクト!?」
あんなガラクタがアーティファクト!? ウソだろ?
そんな特別な力があったようには思えないだけど。振ったからといって特別な目が出るわけでもない。なんの変哲のないタダのサイコロ。アリエスは御守りだからと持っていたけど、まさかのアーティファクトとは。
神様が言うのだから間違いないのだろうけど……。
「宿っていた力は元に戻らないけれど、形だけは直してあげよう」
ガラスの筒に手をかざすだけで、中のサイコロの欠片がカラカラと音を立てて揺れる。それがピッタリとくっ付いた次の瞬間には、ひび割れの跡すらも残さず綺麗な状態に戻っていた。
物質の修復もお茶の子さいさいか……さすが時の神。
「――さて、話を戻そう。過去、現在、未来。様々な情報がこの空間には記録されている。目まぐるしく流れる時の中を覗くことはできても、自由に渡ろうとするには些か力が十分じゃない」
「あぁ……だからこの窓……」
さっきからいろいろな映像が映し出されているのか。
この全てが、学園の――この地域一帯の記憶。だから学園のいろいろな風景が、時間も場所も関係なく映し出されていたんだろう。どうやらロアノの意志で動かすこともできるようで、辺り一帯の窓がこちらへと集まってくる。
「すっげぇなこれ! ……お、一年生の頃のにはるん先輩じゃねぇか、あれ!」
それを面白がって次々と開けるヒューゴ。
「ヒューゴったらもう! 話を聞きなさいよ!」
学園のあったころ、学園の無かったころ。様々なヒト、様々な生き物。次々に真新しいものが視界に飛び込んでくる。そしてもう十四、五枚は窓を開いたかというところで――
「――ドラゴンッ!?」
ヒューゴが声を上げたのとほぼ同時。
ドラゴンの口から吐き出された業火によって、視界が埋め尽くされたのだった。




