episode 5 「何やってんだ」
「……クルーナよ」
サラは苦し紛れにファミリーネームを告げる。無論、そんな事でこの目の前の女兵士を騙せるとは思えない。
シャムはポケットから端末を取り出し、そこに「クルーナ」の文字を入力する。どうやら兵士に配給されている物の用だ。しばらくするとその端末に一人の人物の姿が映し出される。
「兄さん出ました」
「ふむ、どれどれ?」
シャムは兄に端末の画面を見せる。当然それはサラの姿ではなく、サラの父親である本当のクルーナ大佐の姿が映し出されていた。
「成程……」
ベルクはニヤリと笑みを浮かべる。
二人は、ゆっくりと腰に付けている剣に手を掛ける。イアンの刺している物とは違い、実践向けの剣だ。イアンの制止を無視し、二人は剣を抜く。
「改めましてご機嫌よう、サラお嬢ちゃん。願わくば大人しく王子の居場所を教えていただきたい。できれば上官の娘さんを傷つけたくは無いのでね」
どす黒い殺意を醸し出しながらベルクが告げる。
「ま、できればの話だがね」
ベルクの殺意に一瞬体が硬直するサラ。その一瞬の隙に剣を突きだすベルク。軍人の容赦ない一撃がサラの頬を掠める。
「ツッ!」
何とか体を反らし致命傷を避ける。
「ほぉ、うまく避けるものだな」
「確かに。来世は兵士に志願してみては?」
サラは体力と俊敏性に自信があった。幼いころから森の中で生活し、動物たちと遊んでいたおかげで身に付いたものだ。一般人に比べれば超人的かもしれない。だが、当然、本当の超人である軍人の身体能力には及ばない。
ベルクの豪快な一撃。避けなければ一撃でノックアウトだ。避けたら避けたでシャムの素早い攻撃が待っている。その両方を避けることは不可能に近い。瞬く間にサラの体は傷だらけになっていく。
「お、お止めください!」
あと数秒で戦闘不能になるであろうサラの前にイアンが飛び出す。戦闘能力に全く自信がないのか、イアンの体は小刻みに震えている。
「何を、しているのかね?」
ベルクがとても身内に向けるものでは無い視線でイアンを威圧する。シャムも兄の命令ひとつでいつでも動けるように待機している。
「あ、相手が軍人でないのなら、一般人ということで、す。お、王子の事をしっているのなら尚更殺す、わけに……は」
「アンタ……」
今にも泣き出しそうな声のイアン。その後ろのサラも思わず声を漏らす。
「はぁ」
ベルクは深いため息をつく。
「いいか、伍長。お嬢ちゃんが虚偽の報告をしたということは、君の想像通り何かを知っているのだろう。だが彼女は答えてくれない」
とても残念そうな素振りだけを見せ、頭を抱えるベルク。
「我々の崇高なる任務を邪魔し、あまつさえ敵国の人間だ」
殺気。全身に忍び寄ってくる死の予感。軍人であるはずのイアンにも耐え難いほどのプレッシャー。殺すことだけに集中した剣。
「「つまりは犯罪者だ」」
ベルクとシャムは声を合わせる。もう一切の情けも容赦もない。ただ目の前の獲物を狙うだけの獣と成った二人が、サラに飛びかかる。
森の中を歩き続けるクレア。よく考えてみればここがどこだかもわからない。あてもなく歩き続けることに不安を感じつつあるところに、悲鳴が轟く。
「きゃあああああ!!」
(アイツの声……!)
瞬時にその声の主がサラだということに気がつくクレア。反射的に体を切り返し、来た道を戻る。
(何かあったのかもしれねぇ)
良くない想像がクレアの頭の中を駆け巡る。歩幅を大きくし、走り出す。
が、ふと思い出す。先ほどサラに告げられた言葉を。
「二度と顔見せ無いで。絶好よ」
「そうだ、俺もうカンケーねーし」
クレアの足が止まる。
「あーばかばかしぃ」
再び体を回転させ、あてのない旅へと戻る。
「私サラ。サラ・クルーナ」
(けっ、だからなんだよ)
クレアの脳内にサラの姿が浮かび上がる。
「しつこいのはアンタの方よ!」
(くそ、まだいてぇーよ)
頬をさする。自分に本気で怒りをぶつけてくる人間がいるなんて考えたことも無かった。
「友達になってあげよっか。なんてね」
(……)
いつの間にか、またクレアは前を向いていた。
(何やってんだ、俺)
(せっかくできた、友達じゃねぇーか!!)
クレアは走り出す。たった一人の友の元へと。