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第1話:転入初日の朝

「はは……」


 乾いた笑いしか漏れない。目の前には赤信号。なのに横断歩道を渡っているおばあさん。


「シャレになんねぇよ!」


 慌てて飛び出し、おばあさんを担ぐ。そして、そのまま横断歩道を渡った。渡り切ると、すぐに下ろした。


「どうしたんだい?」


 おばあさんは本当に不思議そうに俺を見てくる。


「どこに行きたいか、わかりますか?」


 念のため聞く。


「どこに行きたい? はて、どこに行こうとしていたのかな?」


 あっ、これダメなやつ。転校初日から遅刻とかシャレになんねぇな。……いや、本気出せばなんとかなるか。まぁ、とりあえずは……。


 周囲を見回す。少し離れたところに、偶然、交番を見つけた。


 よし、あそこに届けるか。


「おばあさん。もう少し我慢していてください」


 コクリと頷いたのが、気配でわかる。


 俺は交番に向けて歩く。幸いなことに信号は挟まない。



 交番に着いた。またこれも運がいいことに警官がキチンと受付らしきところにいた。


「すみません」


『はい。どうしましたか?』


 優しそうな警官だな。なら、大丈夫か。


 担いでいたおばあさんを席に座らせる。すると、警官はおばあさんをジッと見た。


『マスター。認知症の疑いがある、おばあさんを青年が保護』


「アンドロイドだったのか……」


 本当に人間にしか見えなかった。まぁ、仕方ないか。ここはアニメや漫画でよくある、魔法と呼ばれるほどの科学が発展している世界だしな。せっかくなら、信号もなくせばいいのに。


 ジッと立っていると、受付のある部屋の奥から自動ドアを通り、キッチリとした警察服を着ているガタイのいい警官が来た。


「おや?」


 警官は俺の姿を見るなり、そんな声を上げた。


「もしや、君は藤林(ふじばやし)高校の生徒さん?」


「はい。そうですけど、それが?」


「実はウチの娘も通っているんだ。灼網(しゃくもう)雑代(ましろ)って言うんだ」


「はあ……」


 かっこいい苗字だけど、多分は二度と会うことないだろうな。まぁ、会えば、すぐに気づくだろうけど。


「ん? でも、時間的にここから藤林高校までだと、始業時間に間に合うかどうか……」


「まあ、遅刻覚悟ですけど」


「よし! このおばあさんは僕に任せて、君は急いで行った方がいいよ」


「ですが、やったからには最後まで」

「大丈夫。結果は娘を通して、君に必ず伝えるから、今は安心して、行って。もう、僕たちにはできないけど、青春を謳歌してこい」


 青春を謳歌してこいって、リアルで聞くとは思わなかったな。


「助かります!」


 伝えると俺は藤林高校に向けて、走る。背後を振り返ると灼網という警官が手を振っていた。


 さて、本気を出すか。


 言うとサッと黒ぶちのメガネを取り、学生鞄の中に生の状態で入れる。レンズを傷つくことは知っているし、フレームが曲がる可能性も知っている。だからといって、メガネケースに入れる暇ないし、ポケットではフレームが曲がる可能性が鞄よりも上がる。


 足の速度が上がるのが、周りの流れる景色のおかげでわかった。


 本当にこのルーティーンはスゴイよな。まぁ、そもそもメガネをかけると力を抑えられるという時点でエグいけど。我ながら恐ろしく感じる。


 できる限り、信号がないところを通る。仕方なく信号があるところを通る時もあるが、車がこの時間は少ないところを選ぶ。


 脳内に自宅から藤林高校までのマップを暗記しているので、着実に近づいていることがわかる。


 左につけている腕時計を見ると、もうそろそろで本鈴のチャイムが鳴りそうな時間だ。藤林高校の姿はすでに見えている。


 本鈴と同時に学校の敷地内に入ることができた。そのまま下足室に入り、昨日の挨拶の時に教えてもらった下足のロッカーを開く。中から、上履きを取り出して、言われた教室に向かう。


 様々な教室を通り過ぎるために出席を取っている声が聞こえてくる。


「灼網雑代」


「はい」


 あっ、速攻、灼網という名前を聞いたな。それにしても、はっきりと返事をしたな。スゴイや。


 横目でその教室の学年を確認する。三年だった。


 なるほど。あの警官の娘は俺の一年先輩か。絶対関わりがないな。



 廊下を走り続けると、ようやく俺のクラスの二年二組という表記が見えた。教室の前にたどり着くと、芯の通った声が中から聞こえてくる。


 教室の扉の前で、その声が途切れるのを待つ。どれくらい待てばいいかわからない。しかし、遅刻したから、仕方がないことだ。そう思っていると、声が途切れた。


 ゆっくりと扉を開ける。


「失礼しまーす」


 声を潜めて、入った瞬間に教室内にいる全員の視線がこちらに向く。俺もそちらを向いていたので、偶然目が合ってしまった。


「転校初日に遅刻とはいい度胸だな。改叢(かいむら)裕翔(ゆうと)


 担任の先生が笑顔で言ってくる。その笑顔がどこか引きつっていた。


 うん。完全に怒っているな。


「す、すみません」


 すぐさま頭を下げた。それを見ると、先生の怒りの表情が少し緩んだ。


 謝罪って大事だな。


 改めてそんなことを思った。


「よし、みんな。こいつがもう一人の転入生の改叢裕翔だ」


 もう一人ってどういうことだ?


「さぁ、改叢。挨拶を頼む」


「あっ、はい!」


 疑問を解消する前に言われたので、みんなの方を体ごと向ける。


 机が均一に並べられていた。几帳面な誰かがしたのか、キッチリと揃っている。少し不気味に思ってしまう。


「俺の名前は改叢裕翔です。親の仕事の都合で、この藤林高校に来ました。前は大橋(だいきょう)高校にいました。これからよろしくお願いします」


 第一印象は大事なので、微笑んで見せた。


『チッ!』


 盛大に舌打ちが聞こえたんですけど……。笑顔が大事なのではなかったのか? いや、そんなことあるわけがない。名言を連発する『ドキドキ! 学園性活』のセリフが間違っているわけがない! なるほど。つまり、ここの連中はひねくれているということか。それなら納得できるな。


 自分にそう言い聞かせて、恥ずかしさを紛らわす。


「さて、改叢には江口(えぐち)正昌(まさよし)の横の席に座ってもらう」


 クソッ! 名前からして男じゃねえか! ついてないな。なんだったら、美少女の横がよかった。


 指定された席に目を向ける。すると、江口正昌と思われる、デブで、メガネをかけて、明らかにオタクと言わんばかりの男が窓際の最後尾に座っている。

 隣に目を向けると、なんの特筆するべきこともない、普通の男子が座っている。


 最悪、窓際の席の最後尾でもよかった。でも、最後尾は江口が使っている。そして、隣の席も男子か。くたばれ。まぁ、でも、江口とは話しが合うかもしれないから、不幸中の幸いだな。


濃霧(のうむ)はあそこな」


「濃霧?」


「あぁ、そっか。改叢は遅刻してきたから知らないか。もう一人の転入生の濃霧(のうむ)紗凪(さな)だ。仲良くしてやれ」


 すると、先生の横から太陽に煌めく金髪の巨乳美少女が現れた。


「…………」


 思わず息を飲んでしまう。それほど彼女はどこか近寄りがたい雰囲気が漂っていた。


 金髪碧眼巨乳美少女キタァァァァ──!!


 えっ? マジで? なんで、いるんだ? こんな二次元的展開、普通ある?

 …………あれ? どうして俺は気づかなかったんだ? 教室に入るとき、こんなに目立つ子を見落とすか? 普通。まるで、俺の目にジャミングみたいなことが起きたみたいだ。いや、でも、俺は機械じゃない。なら、一体なんだ?


 考えれば考えるほど思考が深い闇へ落ちていく。しかし、どこかこの状態のことを知っていると認識してしまっている。だから、考えるのはやめない。やめたら、ここで終わりな気がするから。


「うっ……」


 頭にノイズが走り、立ちくらみを覚える。


「おい。大丈夫か?」


 担任の先生が心配そうに、こちらを見てきた。


「大丈夫です」


 思わず額に手を当てていたが離して、できる限りの笑顔を浮かべさせて告げる。その言葉を信じて、先生は「そうか」とだけ、言葉を漏らした。


 俺は、とりあえず指定された席に向かう。俺が通る経路に濃霧さんの席があるのだろう。恐らく後ろからついてきている。そんなに強くないが、いい匂いが漂ってきている。


 美少女って、ホントにいい匂いがするんだな。たしか、あの子とアイツもいい匂いがしていたな。


 自分の席に着くと、ドッと疲れが湧いてきた。


 はは……。朝から本気を出したし、変に考えすぎたから、そりゃあそうだ。


 学生鞄からメガネを取り出して、メガネケースに入っているメガネ拭きで、レンズを拭く。拭き終えるとすぐさまメガネをかけた。


「ふぅ……」


 たくさん出ていたアドレナリンが、収束していくのが、わかる。


「大丈夫か?」


 隣から江口が心配そうに聞いてきた。


「あぁ。大丈夫。心配してくれてありがとう」


「気にするな」


 江口って、案外いいやつなのかもな。普通、転入生に話しかけにくいと思うのに。


 学生鞄から授業に必要なものを色々と取り出す。


「おっ? そのクリアファイルは……」


 学生鞄の中から、チラッと見えたのか江口はそんな反応を示す。


「知っているのか? マイナーだぞ? 『(くれない)()に咲く花』は」


「だけど、マイナーながらも神作だったとオレは思うな」


「どうしてマイナーなんだろうな」


「多分、あの絵のクセが強くて、序盤で断念する人が多いんだろうな」


「たしかに言われてみればクセが強いな。そのクセが強いという感想を忘れていた」


「はは。そうか……」


 初めての会話のはずなのに江口はどこか懐かしむような目をしていた。たしかに俺もここ会話に既視感がある。気のせいに決まっているのに。


 江口は授業が始まったので、前を向いた。しかし、俺は顔を伏せる。


 それにしても、さっきの頭痛はなんだったんだ? 俺は偏頭痛持ちじゃない。そもそも、あの頭痛は普通の頭痛だったのか? あり得ない。普通の頭痛なら、ノイズなんて響かないはずだ。普通の頭痛なら、ノイズではなく耳鳴りは起きるだろう。しかも、あのノイズは記憶にまるで(もや)がかかっているかのようだ。

 たしかに俺は主人公だ。しかし、それは俺の人生に対してだけだ。俺みたいな人間が、アニメやゲームの主人公みたいに活躍できるわけがない。しかし、この記憶の靄はまるで作品の主人公みたいだ。


 どう抗っても、真実は出てきそうにない。諦めて、考えるのをやめた。

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