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第21話_かごしま水族館デート(最終話)

9月9日水曜日の午前10時。今日は桜島さんの誕生日。

大学の夏休みが継続しているという状態かつバイトのシフトが落ち着いて時間の有り余っている僕らは、かごしま水族館へとやって来ていた。


「鼎~、今日は水族館、貸し切り状態だね♪」

横幅数十メートルはありそうな「黒潮大水槽」の前で、周囲を見渡しながら、桜島さんが嬉しそうに話しかけてきた。

桜島さんの言う通り、小中学生の夏休みが終わったせいなのか、平日の午前中の水族館には、僕ら以外に誰もいない。


おかげで、とても静かな時間が流れている。

「のんびり回れそうですね、桜島さん」

「うん♪ あ――ジンベエザメがこっちに来たよ! 5メートル位かな? おっきいね~」

「本当に、大きいですね。でも、自然界だと、最大で20メートル位まで大きくなるみたいですよ?」

「え!? マジ?」

桜島さんがびっくりした目で僕を見てくる。

何だろう? ちょっと信用されていない雰囲気が流れていた。

「……本気と書いてマジです。その証拠に、展示の説明板に今泳いでいるサイズの4倍くらいになるって書いてありますよ?」


「疑ってごめん。でも、何と言うのか……20メートルは大き過ぎて、想像が出来ないかな」

「クジラと同じくらいの大きさですよ?」

僕の言葉に桜島さんが首を傾げる。

「鼎、クジラと同じくらいって言われても、普通の人はイメージ出来ないわよ?」

「ん? えっと――桜島さんは、ホエールウォッチングに行ったことは無かったんでしたっけ?」

「うん。イルカはあるけれど、クジラを見に行ったことは無いわ」

桜島さんの言葉に、ふと良い事を思い付く。

「それじゃ、近いうちにクジラを見に行かないとですね♪」

桜島さんが笑顔になる。

「うんっ♪ 鼎と一緒に行きたいな~」


可愛い桜島さんが言葉を続ける。

「あ、でも、夏休み期間中は高いかも? 鼎の自動車学校もあるし……」

桜島さんの言葉が途中で途切れた。

確かに、9月の2週目から僕は自動車学校に通うことになっている。

でも、ホエールウォッチングは別に急ぐことじゃない。


「桜島さん、秋休みに沖縄旅行とかどうですか? 夏休みのバイトで、お金も貯まりましたし」

「もしかして、秋ならシーズンオフだから、少し安く行ける?」

「早割とかを使えば、もっと安く行けますね」

「決めた! 秋休みにクジラを見に行こう!!」

桜島さんの笑顔につられて、僕も笑顔になっていた。

「今からとても楽しみです♪」

「私も、楽しみにしておくの♪」


 ◇


太平洋の魚が展示されている黒潮大水槽の前から移動して、サンゴ水槽や海蛇が展示されている「西南諸島の海コーナー」を鑑賞して、「鹿児島の海コーナー」の水槽を一つひとつ見て行く。

その後に、たぎり(・・・)と呼ばれる、いわゆる海底火山から熱水が噴出する場所に生息する「サツマハオリムシ」を展示したコーナーを通って、特別展示を見て、クラゲコーナーでまったり休憩。

「きゃわゅい♪ ふわふわだよ、ふわふわ!」

クラゲを見て、そんな言葉を口にする桜島さんの方が、ちょっと可愛いです。

――なんて言いそうになって、声を飲み込んでしまった。桜島さんのことは好きだけれど、僕のコミュニケーションスキルではハードルが高かったから。


「ん? 鼎、どうかした?」

「いえ、桜島さんが可愛いなと思いまして」

それとなく、褒めておく。桜島さんの表情が崩れた。

「えへへ、ありがと♪」

うん、本当に桜島さんは可愛い。


 ◇


クラゲ水槽を見た後は、ピラルクーの泳ぐ巨大水槽の前に移動する。体長3メートルをゆうに超える何匹ものピラルクー達は、とても迫力がある。

「大きいね~、じゅるり♪」

え、今、「じゅるり」って聞こえたような……???

「桜島さん? ピラルクーは、食べちゃダメですよ?」

僕のツッコミに桜島さんの視線が揺れる。

「え~、現地では貴重なタンパク源だったんだよ? どんな味なのか気になるじゃん!」


「いやいや、ソレは無しです」

「うちのお店じゃ取り扱っていないけれど、養殖物の25センチくらいの幼魚が数万円で売っているでしょ? 1年くらい大型水槽で育てたら――「はいはい、妄想はそこまでにしましょうね?」――ええ~!!」

「え~、じゃありません。ピラルクーって気性が荒いんですから、うちのアジアアロワナと混泳させる訳にはいきませんよ」

サイズ差があっても、喧嘩したりするから水槽には入れられない。

「それは、そうだけれど……」

少しだけ桜島さんの唇が尖る。ちょっとだけ、そのまま指で摘めそうな気がしたけれど――実際に摘んだら、多分、怒られるのだろうから――止めておく。


「桜島さん、将来アマゾン旅行とかに行くことになったら、一緒に食べましょうか」

僕の提案に、桜島さんの表情が綻んだ。

「うん、アマゾン旅行、行く行く!! 新婚旅行は、アマゾンが良いな♪」

「了解です、今から貯金しておかないといけないですね」

「私も貯金する!」

そう言って笑い合って――ふと気が付いた。さりげなく新婚旅行って言われたことに。

桜島さんの方を見てみると、若干、顔が赤くなっている気がするのは僕の気のせいじゃない。


「桜島さん、あの、大切な話があって――」

「うん、鼎――「おかーさん! おっきなおさかな~!!」」

見つめ合う僕と桜島さんの後ろから、ちびっこの元気な声と足音が聞こえてきた。

「ん、んんっ!」「こほん!」

小さな咳払いをした後、思わず二人で苦笑い。

締まらないけれど、桜島さんと一緒なら、こんな空気も嫌じゃない。


 ◇


マングローブ水槽を通り過ぎて、売店を軽く冷やかした後に、イルカのプールを真横から見るために地下に移動する。

「誰もいないね~♪」

階段を降りたら、本当に誰もいない静かな青い空間が広がっていた。

幅数十メートルのイルカが泳ぐ水槽。桜島さんと手を繋いで、それの中央に移動する。


縦横無尽に動くイルカを2人で見ながら――気が付いた。

とても今更なのだけれど、桜島さんとなら、静かな時間が心地良い。

話をしていなくても、心が通じている優しい感覚。


だから、それとなく話を切り出す。

「桜島さん――」

「ん? 鼎、どうかした?」

「お誕生日、おめでとうございます」

「ふふっ、ありがと♪ でも、今日5回目だよ、鼎に言われるの」

桜島さんが少し呆れたように苦笑する。だけど、僕の言葉は止まらない。

「桜島さんに、渡したいモノがあって――」

肩にかけていた鞄から、ソレを取り出す。


手のひらに乗るサイズの小箱。

「え? これ、もしかして――」

桜島さんの目が見開かれて、数回、素早く瞬きをした。

そして、僕が箱を開けた瞬間に、涙がこぼれる。


「ぐしゅっ……鼎、これ、どういうこと?」

「だいぶ遅くなりましたけれど――好きです。桜島さんのことが、とても好きです。だから、予約の(・・・)指輪を受け取ってくれませんか?」

「うん……ありがとぅ。大切にする……」

桜島さんが呟いて、そっと左手を差し出してきた。


それに手を添えて、思わず苦笑してしまう。

「ちょ、鼎、何を苦笑いしているのよ?」

桜島さんの視線が、戸惑うように揺れる。

「いえ……左手の薬指は4年後に取っておいて下さいませんか? ちょっと重いです」

「お、おもっ!? 鼎、それは無いわよ――「右手の薬指を、僕に下さい」――っ、えぅぅ!?」

僕の言葉に、桜島さんが顔を真っ赤に染める。とても可愛く感じた。


「桜島さんが欲しいんです。桜島さんを、他の誰にも渡したくないんです」

桜島さんの右手をそっと持ち上げる。桜島さんは、真っ赤な顔で右手と、僕の顔と、指輪の入った箱を順番に見つめている。


「指輪、つけても良いですか?」

「う……うん、鼎に、はめて欲しい」

小箱から指輪を取り出して、桜島さんの右手の薬指に、そっとはめる。


サイズはぴったり。ツヤ消しのプラチナが、桜島さんの白い肌になじんでいる。

「あり……がとぅ――あっ、鼎のは私がつけてあげる!」

自分でリングをつけようとした僕の手を止めて、桜島さんがそっと指輪をはめてくれた。

「お揃い、嬉しいな♪ えへへっ♪」

泣きながら笑う桜島さん。


そのままポケットから出したハンカチで、そっと涙を押えてから、桜島さんがゆっくりと僕に抱きついてきた。

「嬉しい。とっても、嬉しい!」

桜島さんは、両腕に力を入れながら、僕の顔を下から覗きこんでくる。

そして時間が止まる。


「プレゼントのお返しだよ♪」


黒髪の女の子が、ゆっくりと僕にキスした。


(おわり)

――ということで、桜島さんと鼎の物語は2人が1歩前進した所で最終話になりました。

ですが、2人の間に流れる時間は、まだ止まりません。


タウン誌の記事はどうなった? アマチュア・ブリーダーの話はどうなる?

まだまだ他の生き物ネタはあるんじゃない?


こっち側から見えない場所で、2人の優しい時間は流れて行きます。

もしかしたら番外編が更新されるかも(≡ω)?

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