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第10話_二人きりのゲンジボタル観察会

~二人きりのゲンジボタル観察会~



六月も第二週の水曜日。

最近と言うか、ここ数日、桜島さんの機嫌がとても悪い。

じとっとした視線。刺々しい言葉。完全に怒っているよという雰囲気。当然夜も一緒に寝てくれないから、僕は水槽部屋で一人寝袋だ。まぁ、寝袋は慣れているから良いのだけれど、桜島さんが怒っている理由が分からないから、どうしても対応に困ってしまう。

無言に近い非常に気まずい晩ご飯の最中、ゆっくりと桜島さんが言葉を発した。



「今夜は、私、実家に帰るから」



その言葉に思考が一瞬停止した。良くない状態だと本能的に理解した。

桜島さんの機嫌が悪い原因を探ろう。とは言っても、桜島さん以外の女の子と付き合った経験が無い僕には、桜島さんに怒っている理由を素直に聞くことだけしかできないけれど。



「……桜島さん、あの、もし良ければですけれど――ご機嫌斜めな理由を教えてもらっても良いでしょうか?」

「はぃ? 鼎、今、何って、言った?」

桜島さんの声が震えていた。直接聞いたことで、結果的に、桜島さんをもっと怒らせてしまったっぽい。でも、今更とぼける事も出来ない。



「いえ、あの、桜島さんが怒っている理由を――」

「なんで鼎は分からないのっ!? なんで鼎は平気そうな顔をしているのっ!?」

悲しそうな桜島さんの視線が僕に突き刺さる。これ以上は、何も言葉をかけられなかった。

「今日は、もう、私帰るよ……」

力なく言って僕をもう一度睨むと、桜島さんは箸を置いて、ゆっくりと部屋から出て行った。泣きそうな顔をしていた。



  ◇



久しぶりに男友達数名と学食でお昼を食べた。

四月からずっと昼食だけは桜島さんと一緒だったから、僕の方から声をかけたら、かなり珍しがられた。でも「ちょっと喧嘩したんだ」と言ったら、何故か「安心したよ」という言葉が返ってきた。彼らいわく「喧嘩しない関係は長く続かないから」ということらしい。……中学、高校と女の子と付き合った経験のある人達が言うのだから、あながち間違ってはいないのだろう。少しだけ、ほっとしている僕がいた。



大学から自分の部屋に帰り付いて、ふと右手の腕時計を見ると午後一六時三〇分。その直後、携帯に電話が入る。

桜島さんかと思って携帯を取り出すと、指宿店長から。

「はい、もしもし、大明丘です」

「あ、鼎君?」

指宿店長の声はいつも通り。桜島さんと僕が喧嘩――もとい、桜島さんに一方的に怒られていることを知っているのだろうか?

「聞いたよ、桜島ちゃんと喧嘩しているんだって?」

笑うような声だった。うん、この人はいつも余裕たっぷり。相談したら、何か良いアドバイスをくれるかもしれない。



「はい、桜島さんを怒らせてしまったのですが、その理由が分からなくて――」

「あ~、だから、余計にこじれているんだ?」

「指宿店長は、桜島さんから何か聞きましたか?」

「全部聞いたよ?」

「あの、どうしたらいいか教えて――」

「あげない♪ ここで私が喧嘩の原因や仲直りの方法を言うのは簡単だけれど、今後のことを考えたら、自分達で解決しないとダメだよ。これは年上のお姉さんからのアドバイス」



「そうですか……いえ、そうですよね」

ふふっと小さく指宿店長が笑う。

「分かればよろしい。でもさ、二人が喧嘩していると私もちょっと困っちゃってさ~。二人に頼もうと思っていたお仕事がダブついているのだけれど――聞くだけ、聞いてくれない? 桜島ちゃんは聞いてくれたのだけれどさ?」

どんなお仕事だろう? 指宿店長からの頼み事は面白い内容が多いから、なるべく聞いておきたい。それに今は、桜島さんとの接点も作っておきたい。



「えっと、はい、桜島さんが良いのなら、僕も聞きますけれど」

「ありがとう。実はさ、今週末にお店のスタッフと常連さんとその家族を対象としてホタルの観察会をする予定なんだけれど、それの下見に――ゲンジボタルが飛んでいるのか確認しに――二人で行ってきて欲しいんだ。何だか、今年のゲンジボタルは発生が遅いかつ不安定でね。簡単なモノで良いから、熱帯魚料理を作った時みたいに観察レポートもまとめて欲しくて二人に頼もうと思っていたんだけれど――」

そこで指宿店長が言葉を区切る。

「――桜島ちゃんは『別に、鼎と一緒にやっても構わない』って言ってくれたけれど、鼎君はどうかな? 夜道に桜島ちゃん一人じゃ危ないから、鼎君も一緒にやってくれないかな?」

電話の向こうで、指宿店長が優しい顔をしているのがイメージできた。指宿店長からのフォローに、少しだけ目の前が明るくなったような気がした。



「指宿店長、ありがとうございますっ!」

「いやいや、私は何もしていないよ。単に二人にお仕事をお願いするだけだから、さ? あとは鼎君次第だぞっ♪」

そう言うと、指宿店長が笑った。そして言葉を続ける。

「日没になる一九時頃に現場に着けるように、桜島ちゃんにはバイクで迎えに行かせるから、早速、今夜よろしくね♪」



思わず「今日ですか?」と聞き返しそうになったけれど、口をつぐむ。本当は塾講師のアルバイトが一七時三〇分からあるのだけれど、今回はこの仕事を優先させたい。

桜島さんとの仲直りは、絶対に早い方が良いから。



  ◇



指宿店長の電話から一時間くらい過ぎた後、僕の家の玄関のチャイムが鳴った。すぐに出ると桜島さんが不機嫌そうな顔で立っていた。

「店長に頼まれたから、来てあげたのだけれど?」

無表情でじとっとした視線を僕に向けてくる桜島さん。でも、ここに来てくれたことが嬉しかった。

「来てくれて、ありがとうございます」

「……鼎、塾のバイトはどうしたの?」

「体調が悪いと理由をつけて休みました。塾長に許可をもらえましたので安心して下さい」

「そっか。日頃の行いが良かったのね」

そっけないし、ちょっとぎこちないけれど、会話になっているのが嬉しい。



言葉にすることに葛藤があるけれど、正直に聞く。

「あのっ、桜島さん。怒られるかもしれないことを、あえて聞きますけれど――」

小さく深呼吸をする。

「ここ数日、ご機嫌斜めな理由を僕に教えて下さい。僕が悪いところは直しますから」

「……それ、昨日も聞いた。その言葉で私が切れたのに、鼎は、また聞くんだ?」

それは自分でも分かっている。でも、真っ直ぐ聞く以外の良い方法を僕は知らない。学食で男友達に色々アドバイスを聞いたけれど、やっぱり最終的には「素直に聞くこと」が一番だって言われたから。



「すみません、それしか僕には手札が無いので許して下さい」

「……もし、私が言ったら、鼎は本当に直してくれるの?」

「はい。直します」

「鼎はさ、女の子が苦手だよね? それ、直した方が良いよ」

「は、はい。頑張ります」

「あとさ、私がご飯を作った時にいつも『美味しい』って言ってくれるけれど、『どこが美味しいのか』言ってくれるともっと嬉しいよ?」

「味付けとか、食感とかですか?」

「そうね、そこは自分で考えなさい。でも『犬の濡れた匂い』とか言われても困るけれど」

「あははっ、そんなこ――」

「笑うなっ。まだあるの! 鼎はさ、完璧じゃないし、人間なのだから色々と問題があるの。でも、私はそれを受け入れられると思っているし、今まで受け入れてきたつもり。受け入れないとやっていけないと店長にも言われたわ。だから、鼎が――」

そこで桜島さんが言葉を区切る。



「――ううん、私が言いたいことは、そういうことじゃなくてさ」

桜島さんが小さくため息をつく。

「――鼎が、自分で気付いてくれないと、私は嫌だよ……。鼎が気付いてくれないと、多分、私は鼎を許せないよ。それだけは、多分、変わらない」

「……そう、ですか」

小さな沈黙が流れた。桜島さんが悲しそうな顔で眉を寄せる。そして、ゆっくりと口を開く。



「でも、可哀そうだから、気付いて欲しいから、ヒントをあげる。……ぎたかったの」

「ぎたかったの?」

「私は、鼎と、手を繋ぎたかったの」

目線を逸らしながら桜島さんが言った。ちょっと驚いたけれど、手を繋ぐことぐらい簡単だ。

「あの、手を繋ぐんですか? どうぞ」

右手を差し出す。すると桜島さんが僕の手を振り払うように、ぺちりと弾いた。



「誰がここで手を繋ぐって言った? これからバイクに乗るんだから、手を繋いでいる暇なんて無いわよ」

ちょっと傷付く。どういう意味だろう? ――と考えていたのが顔に出ていたのだと思う。桜島さんが苦々しい顔を作った。

「私が怒っている理由を気付いてくれたら、その時には、改めて手を繋ぎましょ?」

気付けなかった時には、どうなるのだろう? 嫌な予感しかしない。



  ◇



桜島さんのバイクに乗るのはいつものこと。

しっかり抱き付いていないと振り落とされて危険だと頭では分かっているけれど、今の自分が抱き付いている相手が、知らない人みたいに感じてしまう。

でも、『僕が気付かないといけないこと』とは何だろう? ……。思い当たるふしは――

「鼎は、ゲンジボタルに『西日本型』と『東日本型』と『中間型』があるのを知っている?」

唐突にバイクのヘッドセット越しに聞こえた桜島さんの声。急いで返事をする。

「地域によって点滅する秒数が違うんですよね。確か、西日本は二秒間隔、東日本が四秒間隔、その間に三秒の中間型がいると」

「……鼎は何でも知っているのね。ちょっと悔しいよ。それじゃさ、ホタルがどんな仕組みで光っているのか知っている?」

「えっと、詳しい名前は忘れましたけれど、発光物質の『ルシなんとか』という二つの酵素が反応して発光するんですよね?」

「ルシフェリンとルシフェラーゼね。それじゃ、追加で質問よ。ゲンジボタルが何でゲンジって名前が付いたのか知っている?」

「えっと、昔の武士の源氏と平家から来ているんじゃないんですか?」

「そうね、そういう説もあるけれど――山伏と言う意味の『修験師げんじ』に連想してつけられた名前っていう説もあるんだ。ゲンジボタルって山の中で飛ぶホタルだから」

「そうなんですか? それは知らなかったです」

「ふふっ、やっと鼎に勝ったわ♪」

小さく桜島さんが笑う。

その後も、淡々とホタルに関する豆知識を話していく桜島さん。その表情は、バイクに乗っているから当然見られない。でも、僕に歩み寄ってくれているのは何となく分かった。



  ◇



午後一九時二〇分。

山の向こうに太陽が沈み、バイクのヘッドライトが無いと道路が見えなくなったな――とか考えていると、バイクが止まる。指宿店長に下見に行って欲しいと言われた場所に着いたようだ。

山の水辺特有の涼しい空気が僕らを包む。**川上流の棚田の脇の小さな水路。ヘルメットを脱ぐと、刈りたての下草の香りと土の匂いがした。星と月の明かりでうっすらと周囲が見える。



僕と目線を合わせないまま、ヘルメットを脱いだ桜島さんが言葉を発する。

「ホタルの雄はさ、綺麗に光って何匹もの雌を呼ぶんだよね。人間の価値観に合わせるのは間違っているのかもしれないけれど、八方美人的な感じで私は好きじゃない。一匹の雌のためだけに光って欲しいなぁと思うよ」

トノサマガエルの鳴き声にかき消されそうな小さな声だった。でも、それで気付けた。ああ、僕が間違っていたのかもしれない。



「あの、率直に言います。桜島さんは小泉さんのこと、今も気にしていますか?」

桜島さんが、僕に聞こえるようにため息をついた。そして、こくりと首を縦に振る。

「あの日、私は、鼎に甘えたかったの。鼎と二人でお仕事できるなんて、なんだか嬉しいなって浮かれていたの。人ごみに紛れるふりをして、ちょぴっとだけ手を繋ぎたかったの。――それなのに、あの日の鼎は、他の女の人を見ていたの」

背中がひやりとした。

僕が小泉さんに告白したことも、すぐに振られたことも正直に白状したから、あれはもう済んだ話だと思っていた。桜島さんもほっぺたを膨らませていたけれど、あまり気にしている感じじゃなかった。……というのは、僕の言い訳にしかならないか。



「嫉妬深いって自分でも分かっている。自分が、鼎の過去に済んだことを蒸し返す、嫌な女だって分かっている。でも、どこか納得できない私がいる。こんなにも自分が嫉妬深いとは思わなかった。鼎の顔を見る度に、小泉さんの笑顔がチラついて嫌だった。話をしたから小泉さんは悪い人じゃないって分かっているのに――嫉妬する自分が嫌だった。そして、私の気持ちに気付いてくれない鼎が一番嫌だった!」

そう言うと、桜島さんが泣き出した。気まずい雰囲気。今の僕が出来ることは――そっと桜島さんの手を握る。桜島さんが拒絶するように手を振り払おうとしたけれど、手は放さない。



「ちょっと、鼎、手を放してよ?」

「放しません。桜島さんは、僕が自分で気付いたら、手を繋いでくれると言いました」

自分で気付いたと言うよりも、桜島さんに気付かされたという表現が正しいけれど――それは今はどこかに置いておく。桜島さんとの会話が大切だから。

「……私、怒っているんだからね?」

「知っています」

「知っているなら、手を放してよ?」

「嫌です」

「何で?」

「桜島さんのことが、好きだからです」

「……私のことが好きなのに、他の女の人と仲良くするんだ?」

その言葉を聞いて何だか悲しい気持ちになった。ちょっぴり我儘が過ぎる。



桜島さんの顔を見ると、はっとした表情を浮かべて――言ってはいけないことを言ってしまったという顔をしていた。

「僕が今後、普通の学生生活を送ろうと思ったら、女の子の友達もできると思います。でも、桜島さんを愛しているのは忘れないで下さい」

「……言い訳っぽいよ」

そう言って、桜島さんが手を放そうとした。それを手に力を入れることで止める。桜島さんが僕を見た。視線がぶつかる。

「周りが暗いですし、手を繋いでいないと危ないです」

「危なくなんかないよ」

「いいえ。桜島さんの心の中も、僕から見たらもやもやした気持ちでいっぱいで、このまま手を放したら桜島さんがどこかに行っちゃいそうで、だから、今、僕は手を繋いでいたいんです」

「なにそれ。詩人にでもなったつもり?」

……。冷静に突っ込まれると、ちょっと恥ずかしい。でも、桜島さんと繋いだ手は放したくなかった。放しちゃいけないと思った。



「そう言う訳じゃ無いんですけれど、今は――手を繋いでいたいんです」

僕の言葉に、桜島さんが仕方なさそうな顔をした。

「……それもそうね。私どころか、鼎の心が迷子になっちゃうと困るから」

桜島さんが繋いだ手に軽く力を込めた後、無言で腕を絡めてきた。

僕らを包む雰囲気が、ゆっくりと和らいでいく。

「桜島さん。これからは、いつでもどこでも手を繋ぎましょう。不安になったら、お互いに手を伸ばしましょう。僕ら二人だけの新しいルールです。寂しい気持ちになったら、なりそうになったら、相手に素直に知らせるために『手を繋ごうよ』って口にするんです」

今思えば、桜島さんと手を繋いだ経験は数えるくらいしか無い。桜島さんの実家に行った時、ゴールデンウィークのお出かけ、あとはデートした時に少しだけ手を繋いだくらいだろうか? 絶対的に数が少なかった。

「私は『いつでも』手を繋ぐのは良いけれど、『どこでも』手を繋ぐのは反対かな。私、バカップルになるつもりは無いから。きちんとTPOを考えてくれないと嫌だよ」

「今は、誰も見ていないから、OKですよね?」

「当たり前」

「僕は、桜島さんと手を繋いでいたいです」

「私も――一緒かな」

少しだけ、桜島さんのご機嫌が直ったような気がした。だから、もう一歩だけ、踏み込みたい。



「桜島さん、抱きしめても良いですか?」

桜島さんの足が止まる。僕だけ先に進んだような立ち位置になってしまった。

「桜島さんを抱きしめたいんです」

前を向いたまま、桜島さんに聞こえるように言う。

後ろから、溜息が聞こえた。そして、小さく呟くような声が聞こえてくる。

「……良いよ。誰も見ていないから」

振りかえる。月明かりの下、桜島さんが唇を尖らせて、恥ずかしそうに俯いていた。

ゆっくりと桜島さんを捕まえて、ぎゅっと力を込める。

「今回は僕が悪かったです。他の女の子に嫉妬出来ないくらい、桜島さんを捕まえておきます」

「嘘付き。鼎は女性恐怖症を克服して女友達を作るんでしょ? 私、嫉妬深いからそれに嫉妬してしまうかもしれないよ?」

「その度に、桜島さんを抱きしめますから。桜島さんから、不安や嫉妬の気持ちが消えるまで、僕は桜島さんの隣にいますから」

「そんなの、大変だよ? 本当に良いの?」

「それが、良いんです。愛されている証ですから」

「ふふっ、馬鹿みたい。……拗ねていた私が間違っていたのかな。ごめんね、でも、今はまだ少しだけ、このまま抱きしめていて欲しいな。もう少し甘えていたいの」



  ◇



無言で僕の腕の中で息づいている桜島さんは、とても幸せそうな柔らかい雰囲気を発していた。こんな桜島さんは数日ぶり。時間にしたらたったの数日だけれど、感覚的にはとても長い時間に感じた。もう二度と、やってこないのかもしれないとすら感じていた。



桜島さんが、腕の中で、ぴくりと動く。

「あ、流れ星」

桜島さんの視線の先を見ると――流れ星が見えた。いや、星の光が消えない。

「桜島さん?」

「私も気付いたわ。ゲンジボタルが飛んでいる」

足下に注意しながら、光が飛び交う場所に移動する。

そこには三〇匹以上のホタルが舞っていた。



「綺麗だね」

僕と手を繋いだまま、桜島さんが言った。そしてくすくすと小さく笑いだす。

「桜島さん、どうしたんですか?」

「何だか、今まで悩んでいたのがおかしくなったの。私は私。四月からずっと鼎に大切にしてもらえている。生き物の話題なら鼎といくらでも話が出来る。私が怒っても、鼎の方から歩み寄ってくれる。だから不安になる必要はないんだなって思えた。もう、大丈夫。鼎、ごめんね、いっぱい振り回しちゃって」

「……正直、そう言ってもらえて、ほっとしています。でも、不安になったら、すぐに手を繋ぎましょうね?」

「もち。二人の合図だから♪ ――それじゃ、店長に提出するレポートをまとめるために二人きりの観察会を始めようか♪」

にっこりと笑うと、桜島さんは僕の肩に首をコトリと傾けて乗せた。二人で手を繋いで飛び交うホタルを眺めながら、レポート案を桜島さんと話し合う。



いつもの時間が戻ってきた。夜の空気。満天の星空。トノサマガエルの鳴き声。そんな世界に包まれて、この場所に二人でいられる幸せを噛みしめた。



  ◇



僕の家に帰ったのは午後二一持を回った時間だった。

桜島さんが先にお風呂に入って――上がった後に僕も入って――リビングに戻ると、桜島さんがまだ起きていた。

「あれ、桜島さん、寝ないんですか?」

「寝るよ? でも――今日からは、また鼎と一緒にベッドで眠りたいの」

そう言うと、桜島さんは嬉しそうな顔で僕の手を引っ張った。



「私に変なことしたら、許さないからね?」

それも僕ら二人のお約束。でも、寝ぼけた桜島さんから抱きしめられる事故は頻発している。その度に僕の理性は試されてしまうけれど――まぁ、そんなことはどうでも良い。僕のお姫様は、とても魅力的だから、見ているだけで十二分に満足できる。

「ほらっ、鼎、何を笑っているの? 一緒に寝るわよ?」

「ええ、明日も朝が早いですからね」



  ◇



電気を消した後、ベッドの中で桜島さんに力いっぱい抱きしめられた。

心臓がドキドキしたけれど、まぁ、何と言うか――僕を抱き枕にしたまま、桜島さんは夢の世界へ旅立って行ってしまう。いつもと同じ。いつもと変わらない。

それが幸せなんだって、気付けて良かった。



(第11話_熱帯魚と風水の効果に続く)

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