第87話 怒髪
生活指導の教師が職員室のドアを開け廊下に出る。その時、彼の視界の隅に平和な学園生活においてまず見ないようなふざけた髪色の生徒の影が映った。
「江口っ、またお前かっ! すぐにそのふざけた髪を元に戻せっ!」
生活指導の教員が怒鳴り声を上げて早足で向かってくる。
それに向かってあろうことか古典的な挑発、アカンベーをして逃げる金髪刹那。
古典的だがそれだからこそ最も効果があるのだろう。元来冷静であるべき立場の教師が先程よりも怒りを露わにして追いかける。立場上走ることは出来ないながらも、その早足の速度が次第に上がっていく。それを見て金髪刹那は全力で走った。
鬼ごっこは校舎裏まで続いた。
周囲を見回した刹那は人気の無い所まで来た事を確認すると逃亡を止めた。
教師が中腰になって膝に手を突いたまま肩で息をする刹那に歩み寄る。
彼は怒りに任せ、刹那の金色の髪を掴んで頭を引っ張り上げたが……。
「暴力はんたーい!」
後ろから聞こえた刹那の声に驚いて振り返った教師が手に掴んだ金髪のウィッグと刹那を交互に見る。
ネットごとウィッグを毟り取られ黒髪ショートヘアーに戻った一期は急いで物陰に隠れてスマホとグロック18Cを取り出した。
仁王立ちの姿勢で片手を腰においた刹那は教師を指差す。
「単刀直入に言うわね! 先生、女生徒のこと盗撮してるでしょ?」
刹那の突拍子のない台詞に教師の目の奥に微かに動揺の色が浮かぶ。
「何をバカなことを言ってるんだ? 生活指導の教師の俺が盗撮なんかする訳がないだろっ! そんな事よりお前ら教師をからかうにも程があるぞ。こんなカツラまで用意して……。リボンを付けてないのも学内でお前だけだぞ!」
そう言われた刹那がブラウスの胸元を手で隠す。
「それそれ、先生が私を見る目。去年生活指導になってからずっと気になってたんですよね。いやらしい眼差しってやつ?」
教師は歯を食いしばり怒りを抑えたまま何も言わない。構わず刹那は挑発を続ける。
「今度は那由多の事、撮ろうとしたでしょ? 三年の女子トイレに仕掛けてたカメラは回収したわよっ」
ポケットからビニール袋に入れられた超小型の箱の様なものを出して見せつける刹那。
「それがどうした? それを仕掛けたのが先生だとでも言いたいのか?」
「うーん、盗撮は先生の趣味? いや、もしかして抑圧された性癖でした? けど、先生が最近になって私たちの写真を撒いたのは問題児の私に対する復讐でしょ?
学園探偵部が学園から部活として認められたタイミングで私や彼方の写真流出? 出来過ぎでしょ」
「さっきから何の話をしてるんだ?」
「知らばっくれちゃってー。私や彼方の写真を売りつけた生徒たちって去年先生が担任でしたよね? 全員が全員って無理があるでしょ」
「一体誰の事を言っているのか知らんが……」
「いやいや、先生。誰かとかじゃなくって、そこは盗撮のこと気にしないと教師失格ですよ」
「そういうのを言い掛かりと言うんだ! いい加減にしろっ!」
ブレザーのポケットからスマホを出す刹那。
「先生、今の会話はぜーんぶ録音してるから」
「それがなんだと言うんだ!」
「だーかーらー、よく見てよ先生。このスマホ見覚えない? 発言だけじゃシラを切ると思ってたから職員室から拝借しました、先生のス・マ・ホ。これから警察に持って行って調べて貰うね。盗撮犯のですって言って」
教師の顔が引き攣る。
「な、スマホならここに」
上着のポケットを上から抑えつける。
その様子を見た刹那が意地悪な笑みを浮かべ、教師の顔を指差す。
「ソレ、本当に先生のスマホ? 偽物にすり替わってなーい?」
慌てた様子でポケットからスマホを出す教師。
教師が出したスマホに向かって自分が手にしていたスマホを投げつけて叫ぶ刹那。
「一期っ!」
刹那とは反対側の物陰で先程までスマホをいじっていた一期はすぐにスマホをポケットに仕舞い、グロック18Cを構え教師の手から落ちた二つのスマホを狙ってトリガーを絞った。ウィポポポッ! と電動フルオートの射撃音が響く。
次いで刹那がグロック18Cをホルスターから抜き、一期の射撃で教師の足下から少し離れた場所へと弾かれたスマホに狙いを定める。ブ、ババババッ! 刹那が放つゴム弾がスマホを後方へと滑らせる。
刹那はさらにゴム弾を撒きながら教師に向かって駆けていき、その脇をすり抜けて二つのスマホを拾い上げると、すぐに一つを教師の元に放った。
教師は慌てて刹那が投げてきたスマホを拾うが、持った瞬間にその軽さから携帯ショップの店頭に置かれているモックアップだと気付き地面に叩きつけた。
「ふざけるなぁっ!」
怒髪天をつくとはまさにこのことだろう。怒りで顔を真っ赤にした教師がダッシュでそのまま校庭方向へと走り抜けた刹那を追いかける!
「きゃー⁉︎ ウソッ速っ!」足の速さには自信のある刹那だが、教師のあまりにもな俊足ぶりには危機を感じた。
「刹那さん逃げてっ!」一期が自分の目の前を猛スピードで通り過ぎて行く教師に向かって決死のタックルをするが、数メートル分の差を稼げただけですぐに振り払われる。
「ヤッバーイッ!」走り続ける刹那の肺が爆発しそうになる。
その時!
ブボーッ、ザザーッ!
リアタイヤを滑らせて刹那と教師の間に砂煙を上げて停車する永遠のエイプ100が登場した。一瞬ひるんだ教師が立ち止まる。
「あれ、これどーいう状況?」
息絶え絶えの刹那がタンデム席に座り永遠の腰に左手を回す。
右手でその背中をパンパンと叩く。
「全開! 行け相棒っ!」
「いや訳わかんねーって!」クラッチを繋いでアクセル全開で走り出す。ハンドルに掛けてあるヘルメットを後ろに座る刹那に片手で渡す。
エイプは校門に向かってさらに加速していく。
急いでヘルメットを被り振り返った刹那は、外まで追ってきて校門を出たところで盛大に転ぶ教師の姿を見た。
「ウフッ、アハ、アハハハ!」笑い出す刹那に永遠も釣られて笑い出す。
「ブッ、アハハ、いやお前これどこ行くんだよ?」
「警察署、署長のとこ! アハハッ」
ブォーッ。
エイプ100の低い排気音が夕暮れ時の街に染み込んでいった。




