表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

疑心、暗鬼を生ず2


「悲しい」

 その時だ。聞き覚えのない男の声がして、頭上から雨粒のようなものが降り注いできた。


 水滴は冷たくも熱くもない、まるで感覚がないものだ。それを浴びると体が自由に動くようになり、私は慌てて冬太に駆け寄る。


 しかし、彼の体は石のように硬く冷たい。さすっても反応がなかった。


「彼はしばらくそのままでいてもらいたいデス」


 背後からの声に驚いて振り返ると、蒼色(そうしょく)の軍服に身を纏った長身の男が間近に立っていた。


 その表情は軍帽に隠れて窺えず。唯一見える口元もきつく閉じていて、怒っているのかはたまたそれ以外の感情なのか分からない。


 男は右腕を振り下ろしながら「初めまして」と華麗に一礼した。


 彼の登場に驚いたのはどうやら私だけではないらしい。朧が焦ったような声を上げる。


霧雨(きりさめ)、どうして貴方が現れるのです。これは外交官吏であるワタクシの仕事ですよ」


 朧が腕を上げたり下げたりしている。いつも冷静に振る舞う朧の困惑する姿を見たのは初めてだ。


「ノーノー。ミーだけではないよ」


 霧雨と呼ばれた男が手を振り上げると、その両隣に人影が見えた。右側には袴姿の小柄な少女が、左側には歌舞伎のような化粧をした偉丈夫が現れたのだ。


「なんてことですか。妃辻(ひつじ)入道(にゅうどう)まで、何故ワタクシの邪魔をするのです」


 化粧をした偉丈夫が前に出た。彼は唾をまき散らしながら、怒号のように声を発する。


「何を言うか! ワシは全く持って不愉快ッ! もう観ておれぬとやって来たのだッ!」


 今度は袴姿の少女がその場で飛び跳ねてケラケラと笑っている。


「妾は南島羽里に感銘を受けたであるから~」


 霧雨が軍帽で隠された目元を手で覆うような仕草をする。


「悲しいデスね。朧は商談に失敗しました」


「なにを言いますか。ワタクシは決して仕損じたではありません」


 そこで偉丈夫が四股を踏むようにドスンと足を打つ。すると地鳴りがして、私は朧と一緒に尻餅を付いた。


 困惑していると、霧雨がすかさず手を差し出してくれる。


「許してね。以前、ユーと朧は面識があったようだから、今回は一任させていたのだけれどこれは酷い。本当に胸が痛む」


 霧雨はしずしずと涙を流している。彼が何者かは分からないが、もしかしたら朧よりは話の通じる相手かも知れない。


「あの、冬太を動けるように出来ませんか? 私は日本を放棄するつもりはないんです」


「嗚呼、分かっているとも。ミーたちはユーと話をするために来たんだよ? 三浦冬太も聞こえてはいるはずだけど、ちょっと待ってね」


 その間に、朧の脇を入道と妃辻と呼ばれた二人が固めていた。挟まれた格好の朧は急に大人しくなって肩を落としている。


 霧雨がクルリと回転しながら、三人の側へと向かっていった。


「さぁて。我々、四人衆は日本を統治する創造神デス」


 少女、妃辻が大きく手を上げた。

「妾は人の生死と運命を担う者。人事官吏、喜の妃辻であるから~」


 それに続くように偉丈夫、入道が雄叫びを上げる。

「ワシは神の座を守護する者。攻防官吏、怒の入道じゃッ!」


 雄叫びと共に、霧雨が敬礼する。

「ミーは時歴を紡ぐ者。書記官吏、哀の霧雨デース」


 そういうと四人衆は何処からか降り注ぐ「ダダーン」という効果音と七色の光を纏いながら腰を落とし、両腕を斜め方向に振り上げるようなポーズを取っている。


 ――なんだこれ、格好いい。

 不覚にもそう思ってしまった。緊迫感は何処へ消えたのか。


「……ワタクシは界外とコンタクトを取るのが役目。外交官吏の朧です」


 しかし、残念なことに四人衆の端に申し訳なさそうに佇む朧だけが顔を覆っている。


「オーノー! 違うよ、朧。手筈(てはず)通りにしてよ。悲しいデスね」


「何が手筈ですか。恥ずかしげもなく下界の真似事をしないで頂きたいといつも言っているではないですか。我々は神なのですよ!」


 目は細めたままで、朧が眉を潜めて叫んだ。そうするとまた霧雨が音もなくこちらへとやってくる。


「残念デスが、自己紹介はこれにて終了します。今度はこれまでの経緯をお話しましょう」


 彼を含めた五人衆の纏う気配が緊張感に満ちた。思わず息を飲む。


「我々は日本を、主に均衡面を重視しながら見守ってきました。しかし先日、この世界が終焉を迎えるという未来が予期されたのデス」


 それを聞いた途端、体が震え上がった。


 今まで当然のように生きていた世界が滅びてしまうという事実。そしてそれが実現になりそうだったことは何より恐ろしい体験だったからだ。


「終わりを恐れることはありません。今までもそのような未来が予期されることがあり、その度に我々は修正を加え、滅びを回避してきました」


 霧雨はそう言うとまた涙を流し始めた。今度は妃辻が満面の笑みを浮かべながらこちらへやってきた。


「史実を書き変えるのは妾らの特権であるから~」


 少女がニコニコと笑みながら俯くと、朧もこちらへとスーっと寄ってくる。


「しかし、今回の件では外部勢力に頼るほか選択肢がありませんでした。そこで、一度滅びを回避した経験がある南島羽里が選ばれ、ワタクシが担当者として接触したのです」


 最後に、腕を組んで静かに頷いていた入道がやってきた。


「――頼む、協力をしてくれまいかッ!!」


 耳元でそう叫ばれて頭がくらくらとしたが、そんなことよりもまず正しておきたいことがある。


「待ってください。私がアバイドワールを救ったんじゃない。あれは朧さんの力じゃないんですか」


 聖剣と聖なる指輪を渡す代わりに朧がアバイドワールを救ってくれた。そう思っていたが、事実は違うのだろうか。


 私が詰め寄ると、朧は首を横に振った。


「あれはワタクシの一存ではなかった。他の存在、我々とはまた違う力を借りた結果だったのです」


「じゃあ、またその力を借りることはできないんですか?」


 朧は細めたまま、唇を噛むようにきつく締めている。私と朧の間に霧雨が割って入ってきた。


「悲しきかな。ユーには知り得ない規律や秩序があるのデス。アバイドワールを再生する時はそれなりの交渉材料がありましたが、今の我々には『南島羽里』という僅かな希望に縋るほかにない。お願いデス、我々と再び日本へ下ってください」


 霧雨は泣きながらそう懇願した。先ほど私は朧にリフィアと同じで身勝手だと言ったけれど、彼らはただ日本を愛しているだけなのかもしれない。


「私だって協力は惜しみたくないです。でも、私が戻っても出来ることは少ないかもしれませんが、それでもいいですか」


「構わないさ。ミーたちは唯一の希望に賭けているからネ」


「分かりました、日本へ行きます。……でもその前に冬太を苦しめる何かから解放することはできませんか?」


「それは、呪式(じゅしき)のことデスね」


 私が頷くと、霧雨は他の三人と顔を見合わせて何か話し合っている。


「そうデスね。今回は特別にその願いを叶えましょう」


「本当ですか!?」


 心の中で「よし」と叫んだ。もしも冬太が呪縛から解放されれば陰陽師を続ける理由もなくなるかも知れない。そして彼がそのことで苦しむ必要もなくなるのだ。


「南島羽里は協力を惜しまないと言ってくれた。我々も少しは報いなければね」


 そう言った霧雨が手の中に大きな書物のような物を出現させると、妃辻の方へ向ける。彼女がくるりと回転するとまた巨大な羽型のペンのような物が現れた。


「ちゃちゃっと、やっちゃうから~」


 妃辻がニコニコと笑みながら、手を上げると羽ペンが書物の上をするすると走っていく。


 ――良かった。そう胸をなで下ろしていると突然、暗闇に雷光が鳴り響き、羽ペンがその雷に打たれて消失してしまった。


 妃辻が苦しそうに地面に膝をつきながら倒れた。朧が彼女に駆け寄る前に、次の雷光が書物を焼き尽くす。

 そうすると妃辻の姿が消え、霧雨も苦しんだ末に同じように消失した。


「何が起こったのじゃッ!」


 入道が声を上げると雷光は激しさを増し、襲いかかかる。


 降り注いだ雷は束となり入道をも簡単に焼き尽くした。それを見た朧は怯えた様子で短く悲鳴を上げて、その姿を眩ませてしまった。


 それは、ほんの一瞬の出来事である。


 こうしてその場に居るのは冬太と私の二人だけとなってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ