最後の切り札 3
話は更に進んでテスト前日から話は始まります。
side菫
はっちゃん達と4人でカラオケに行ってから3週間が過ぎた。
明日から中間テストだ。外部生と始めて同じテストを受けるって事で何気なく皆ピリピリしている。
うちの外部生は、内部生を刺激する為にかなりレベルが高いらしい。珍しいのは家族調査も含まれていること。
学園生は良家の子息が多い事で知られているから、仕方ないと言えばそこまでだ。
そんなうちは商社の海外開発部長な父。サラリーマンだから普通の家だと思う。
かおちゃん達は、お父さんが大学の経済学部の教授さん。そんな同級生は結構多い。
おばちゃん(本人に言うと怒られるけど)はフリーライターさん。かなりの売れっ子さん。
平日は原稿を書いているけど、学校の休みの日は取材に出かけている。
今は皆でテスト勉強中。はっちゃんは3日前から泊まり込みを始めた。
はっちゃんは私の部屋で一緒に過ごせるからいいんだけども……。
「ゴンベンツインズは本当にお泊まりする気なの?」
「俺達が明後日が最大の修羅場だぞ。幼馴染を放置プレーするのか?」
「すうって以外に冷たいのな。俺達単位取れなくて中退するんだ」
結構、高等部って校内の基準が高いから50点以下が赤点。
かといって、テストが簡単な訳じゃない。業者の模擬テストの方がはっきり言って楽な方だ。
「分かったよ。学年主任の先生に家で勉強でお泊まりするって申請書出しておいて」
「えぇ……面倒くさい」
「校則はちゃんと守って。諭・譲」
はっちゃんが二人をピシリと突き放した。外泊する時は親の了承も重要だけども学年主任にも報告が必要になる。
まれにランダムで確認の電話がかかってくるのだ。しかも抜き打ちで。
ゴンベンツインズは基本的に10時には帰るからいらないんだけども、念の為申請して貰う。
はっちゃんはテスト1週間前からお泊まりの申請を出してある。
それに学年主任の先生だけは、私の家の状況を話してある。だから少しだけ今回はゆるいんだ。
でも、それを言っちゃうと……いろいろと問題になるから言えない。
かおちゃん達4人でいるときはフランス語で会話している。それは今も継続中だ。
専ら大したことを話している訳ではないんだけどね。
そのフランス語だって、黒木先生がマスターしたら意味がないだよね。
そろそろ次の語学を考えた方がいいのかな。
国連公用語で考えるとスペイン語の方がいいかなって思うけど、それもベタだなと思いながら、
かおちゃんが置いて行ったイタリア語会話の本を捲る。
思った割に難しくない?単語だけならどうにかなるかもしれない。
そういえば、かおちゃんのネットショップってイタリア食材……主に干物メインだったけ。
自宅用のノートに気になった単語を発音を書いて書き留めておいた。
学校の盗聴器の方は、1週間程そのままにしておいてから机から落ちたふうにして徹君に踏まれて壊された。
それからは校内では盗聴器は見つかっていないけど、盗撮されている可能性があるので、いつも同じ行動をしないように気をつけていた。
トイレも移動先にあったらすぐに入ったり、昇降口から教室に行くのもランダムに道を変えてみたり。
自宅の方は、今のところ平穏を保っている。鍵の付け替えが終わってから、玄関から入る人は皆指紋認証をした。
けれども、パッと見で指紋認証とは分からないようになっている。自宅じゃなければ最初にドアノブなんて触れないはず。
ドアノブに触れた時点で防犯カメラが作動して録画される。
その画像は、すぐに睦月君の元に転送されて、その解析データが弥生さんの元に行くという。
このまま中間テストが終わってくれたら、最終日の放課後にクラスの皆で遊びに行くことになっている。
私も自分の成績には気をつけないといけないけど、付属短大の経営学科を志望しているからそんなに必死になることはない。
自分の性格を考えて、事務職で誰かをサポートするのが向いていると思う。今の私の成績……学年で15番目位。
外部生が入ってきたから、若干下がる可能性はあるけれども、今回の結果を見て次回から軌道修正すればいいと思っている。
テスト期間も、何事もなく進んでいく。皆が泊まり込んでいるけど、一度自宅に戻ってから集合だから夕ご飯は皆で持ち寄ったものを食べている。
今日はみんなでカレーが食べたいって話になって、睦月君がカレーを大鍋に入れて持ってきてくれた。
ゴンベンツインズは、試験に勝つのだぁってとんかつを持ってきてくれた。
食事会場になっている私は、皆で食べるご飯と、コーンスープを作って待っている。
今日はテスト3日目。後2教科頑張ればテストが終わる。そうしたら明日は皆で遊ぶのだ。
テストの終わった日までは部活動は停止が原則。先生達が採点に忙しい上に、職員室に生徒を入れない為だそうだ。
普段は部活に忙しい皆が集まれるこの日だけは、中等部の頃から皆で打ち上げをすることにしている。
今回の幹事は、はっちゃん。あのカラオケの日にちゃっかりとパーティールーム予約したとか。
集合は、午後1時。昼食はランチを人数分頼んであるから食べない事が条件だ。
放課後。いつものように皆で歩いて帰る。途中ではっちゃんに呼ばれる。
「すう?うちに寄って?」
「うん。分かった」
いきなりはっちゃんの家に寄り路をすることになった。ここ3週間はそんな事がなかったからちょっとだけ不安になる。
「おぉ。すう、お帰り」
そこには、弥生さんと睦月君がいる。この二人がいること自体が危険信号な訳で……私は顔が自然と強張った。
「大丈夫。ちょっとすうに渡したいものがあってね」
弥生さんがちょっと重たいボールペンを渡してくれた。
「これね。携帯型盗聴器ね。拾った音は睦月と薫が全部管理してくれるから」
「どうして?」
「うーんとね。黒木の動きが昨日からちょっとおかしいんだ。だから念の為」
「うん……分かった。鞄の中でも平気?」
「大丈夫。24時間は充電なしでいけるから。何かあったら分かってるな?」
「うん。分かってるよ。大丈夫」
私は不安で押しつぶされそうだったけど、残っている気力でにっこりとほほ笑んだ。
「それじゃあ、私が送って行こう。行くよ、すう」
私は弥生さんに連れられて自宅に戻った。
自宅に戻ってから湯船にお湯を張って、制服を脱ぐ。
最高気温が徐々に高くなってきているから、冬服のせーラー服が暑くて困る季節になってきた。
来週になれば、夏服を着ても良くなるから後2日の辛抱だ。
久しぶりにゆっくりと湯船に浸かって、体を解す。程良くあったまってから私はお風呂から上がった。
クローゼットから部屋着を取り出す。気ごころの知れたメンバーだから普段着で充分。
キャミソール型のミディアム丈のワンピースに薄手のカーディガンを羽織る。
かおちゃんから貰ったばかりのペンダントを付けて簡単にお肌のお手入れをする。
日焼けが怖いから日焼け止めをしっかりとつけて、大きめの帽子を手に取る。
私の家には、12時40分に皆が迎えに来てくれる。それまではのんびりとリビングで寛ぐ予定だった。
リビングのプランターでは風船葛が更に大きくなってネットに絡み始めた。
少し、成長にムラがあるみたいだから、そこを埋めるように残った種を明日でも蒔こうかなと思いながらのんびりとブランたーを眺める。
そんな時、玄関のドアがガチャガチャと不自然な音がする。もちろん、玄関には鍵がかかっているから入れる訳がない。
私は怖くなって、盗聴器の電源を入れる。かおちゃんと睦月君が聞こえている事を信じて玄関が弄られていること、怖いから2階のトイレに駆け込むと伝えて
私は音を立てないように2階に逃げる。
相変わらず玄関とガタガタする音が止まらない。やがてその音が止んで私はホッと胸を撫でおろそうとした。
その時リビングあたりのドアが割れる音がした。一応防犯の高いガラスを使っているはずなのに的確に割られた感じがした。
下でガラスが割れる音と共に、聞きなれない革靴の音がする。トイレの鍵は2重だから簡単に壊されることはない。
一部屋一部屋荒らされてるのが分かる。やがて階段を上る音がする。私は息を潜めた。
私の部屋に入り込んだ音がした。少しだけ人の声がする。微かだけどもその声を私は確実に知っていた。
その声の主は、私の部屋に入り込んだ後、両親の部屋、かおちゃん達の使う部屋を荒らしているようだ。
全てが終わったようで、浴室に入り込んだ様だ。さっきよりはっきりとした声。
この声は……黒木先生の声だ。どうして、入り込んでいるんだろう?
何で私がこんな思いをしなきゃならないんだろう?浴室が終わると来るのは……ここしかない。
このトイレは見た目は納戸の入り口にしか見えないように作られているから気付かれるリスクは低い事は低い。
このままやり過ごせば何とかなるかもしれないとも思っていた。
浴室のランドリーボックスを開けている様な音がする。ボソボソ聞こえる声……もうこれ以上聞きたくない。
壁を隔てた所にいる人は、先生ではなくて、ただの男の人にしか思えなかった。
「ここは何だろうね……菫……いるんだろう?」
私は声を出す事ができない。とても気持ち悪くて、何と言っていいのか分からない。
「本当にこの家はセキュリティーが凄いもんだな。仕方ない。ドアを外そうねぇ……いいことして遊ぼう」
ドアを開けられたら……それだけが怖くって、私は咄嗟に彼しか分からないであろう言葉を発した。
「Aiutami!! aiutami!!」
それはかおちゃんのイタリア語会話に載っていた……助けてという意味のイタリア語だった。
かおちゃん……どうしたらいい?もう……だめなのかな。
菫が最終的に選んだ人……薫です。
黒木が最終的にフランス語を理解したら困ると言う事で、最低限のイタリア語を菫に教えていました。次回で最終章になります。