ハートの種が芽吹く時 2
今回は薫のお話です。恋心に気がついて逃げ回っていたのが薫。
そんな薫が立ちあがります。
「かおちゃん、大好き」
無邪気に感情を露わにする幼馴染に対して、僕は正直に答える事ができなかった。
「ありがとう。菫」
「そんな言葉欲しくないもん。うわあん」
本当は好きでたまらないのに、自分と彼女の年の差…6歳差が自分のプライドを邪魔する。
俺に大好きって迫る菫は現在10歳、対する僕は16歳の高校生だ。
自分の気持ちに正直に行動してしまうと、僕は立派なロリコンと認定されてしまうのだろうか?
言っておくが、幼女なら誰でもって訳ではない。今時の可愛い子役タレントを見ても可愛いしか思えない。
愛おしいという感情が露わになるのは、菫と一緒の時だけ。
一途に僕にストレートに感情をぶつけてくれるのは嬉しい。
逆に、僕が同じ事をしたら…菫は僕を受け入れてくれるのだろうか?
第一、菫の好きは、憧れの延長なだけで、恋と呼べるものじゃないだろう。
ケーキが好き。アイスが好き。ピンクが好き。その位のカジュアルなものだ。
とりあえず、僕は泣きじゃくっている菫を引き寄せる。
子どもをあやすように頭をポンポンと撫でる。
「子供じゃないもん!!二分の一成人式終わったもん」
どうやら学校の総合学習で行ったようだ。弟同じで子供だと思ったのに心は一人前になったつもりか。
厄介だなぁ。どうしたら泣きやんでくれるんだろうか?
「菫?いい女は男の前では泣かない。菫はいい女でいたいか?」
泣きじゃくっていた菫はポカンとした顔で僕を見つめる。
僕はほんの少しだけ微笑んで、目じりに溜まった涙を拭う。
「そうだ。お前はいい女になる。だから涙を女の武器には使うな。分かるか?」
「…分かんない。かおちゃん、難しいよ」
「そっか。そのうち…分かるさ。そのとき菫が僕の事を好きなら…考えてやるよ」
咄嗟とは言え、16歳になる頃にまだ好きなら考えてもいいと僕は答える。
こんな上から目線…すっごく嫌だけど。この場はこれで終わらせるに限る。確実に。
「分かった。じゃあ、すっごくいい女になる。待っててね」
「ああ。分かったよ。お姫様」
俺は敬意を払って右手を取る。そして、その手にそっと唇を置いた。
「えっ、かおちゃん?」
「約束な。別にいけなくないだろう?」
唇にしたいのは本音だが、初めてのキス…赤ん坊の頃に親にされたのはノーカウントだ…は、初恋の人とすべきだと僕は思う。
そんな僕も…彼女はいない。もちろん年の数分だけだ。
「うん。分かった。約束ね」
顔を真っ赤にした菫は俯いてしまった。ちょっとやり過ぎたかな。まっ、いいか。
しばらく、菫はリビングから僕の家を庭を眺めてから自分の家に戻った。
時計を見ると18時。おばさんが家に戻ってきたのだろう。
弟と同い年の菫は、この住宅地が分譲されてすぐの頃にほぼ同時に引っ越してきた。
2軒隣の菫は、何かあればすぐに家にやってくる。
僕もそうだが、二人もすぐそばの幼稚園から大学院まで揃っている私立の一貫校に通っている。
二人は初等部で僕は高等部に在籍している。
初等部から高等部は行く時は片道15分程の坂道を登らないといけない。
途中には中等部もある。徐々に正門からの距離が遠くなり、大学部は25分かかる。
流石に大学部は近くの駅からバスが出ているので、そちらを使う人の方が多い。
僕も高校からは自転車通学に切り替えた。そうでないと、チビ達と同じ時間だと僕が遅刻する。
僕の役割は、二人の保護者兼二人の騎士みたいなものだ。
自転車を押しながら二人を追いかける僕の姿は既に学園の名物と化しているようだ。
中等部に入った二人は、園芸部に入って花壇の手入れとかしていると話す。
学園は、自然教育が売りなので、初等部の敷地には、畑と果樹園と田んぼがある。
田んぼは苗から子どもたちが作って田植えをして収穫する。
収穫したお米は全校でお握りパーティーで食べるのだ。
子どもたちが学園全体の学園祭の次に楽しみにしている行事だ。
二人はボランティアと称して初等部に行ったり、学校の花壇を植え替えたりしている。
ただ、問題点は一つ。3年生になった時に部員は二人きりになってしまった。
休眠状態になる前に何か形にしたいという二人に、僕は緑のカーテンを提案した。
早速、先生と話し合って決まった計画に沿って二人は行動するけれども、見ていて不安なので、専門外だったが二人と手伝う事にした。
そして、卒業を直前にした3月の半ば。唐突に菫は僕らの母に話を切り出した。
「緑のカーテンに見合う植物って、何かないかな?」
「すうちゃん?初等部の朝顔も流石に飽きちゃった?」
「そうなの。でもゴーヤは実がなると大変でしょ?だから何かいいのないかなって思って?」
そう言うと、菫は溜め息をついた。
去年から親が中東に赴任していて、菫の家は一人暮らし状態。
定期的に僕らの家に来ているし、母さんも行っているから問題はないけど、防犯を兼ねて窓が見えないように緑のカーテンを作ることにしている。
そういえば、去年の夏に朝顔を飽きてきたなんて言っていたなぁと思い出して、俺は自分の部屋のパソコンで緑のカーテンになりそうな植物を調べることにした。
「やっぱり、朝顔とゴーヤは強いなぁ。朝鮮朝顔は飽きた時の処分が大変だから却下…」
「何してるの?薫?コーヒー飲む?」
いきなり部屋が開いて、母さんが顔を出した。うちはたまにこんな風に両親が部屋に押し掛ける。
PCの画面が親に見られたらマズイものじゃなくて良かったよ。そんなものはロックで見られないようにするのはマナーだけど。
「ありがとう。座ったら?」
俺はマグカップに入っているコーヒーを貰って口を近付ける。どうもコーヒーじゃない香りもする。
「母さん?」
「ちょっとだけブランデー入れちゃった。今夜も冷えるしね」
ちょっとした愛嬌のつもりで淹れたんだろうけど、僕に何かを白状させるつもりなんだろうな。
「あらっ、風船葛?これなら緑のカーテンもいいんじゃない?女の子には見た目も可愛いからいいんじゃない?」
母さんが賛成してくれている。
「それに種も可愛らしいしね」
「種?何ですか?その言い方は」
「気になるなら調べる。目の前のその箱はオブジェですか、そうですか」
母さんは菫にはあり得ない位甘いのに、俺達に対してはどっちかに肩入れする訳ではない。
本人は公平なつもりらしいけど…本当の所はどうなんだろう。
俺は今度は風船葛の種を調べ始めた。画面に出てきたのは、白いハートマークの可愛らしい種だった。
「これは…女の子には受けるね。受けないわけないね。母さんは何を企んでるわけ?」
俺は気になっていつもはスルーしてしまう母さんの行動を聞くことにした。
「うーん、すうちゃんも11月には16歳でしょ?ってことは、薫が相手ならすうちゃんをお嫁さんに出来るわね」
今まであんまり見た事のない笑顔の母が俺を見ていている。
ここ数年僕がひた隠しにしていた事を無理矢理引きずり出された形だ。
約6年前に、僕はいい女になれと言ってから菫は僕に大好きって言わなくなった。
代わりにありがとうって言う事が増えた気がする。
それにこの1年で少女の面影が徐々に消えて、女性らしいシルエットになってきた。
あまり気付かれていないだろうけど、男としては嫌いじゃないと皆が口にする体系だろう。
流石に口にはしないけど、俺の言った通りに成長している事をほくそ笑んでいた事はここだけの話だ。
「だって、前にすうちゃんに告白された時に、約束って言って右手の甲にキスした人が何を言うのよ?」
母さんは更に爆弾発言を口にした。あの日のリビングは僕と菫の二人しかいなかったはずなのに…。
「昔の話さ。そんな事まで引っ張り出すの?第一、年の差があるじゃないか?」
俺はそれらしく反論をして見せる。親たちがいいと言っても6歳の年の差はどうする気なのだろう?」
「そんなの、後3年もすればどうでもよくなるし、あなたに未だに彼女がいないのがその証拠よ」
確かに俺には彼女がいた事はない。別にいいじゃないか。俺の専攻は実験がとにかく多いからデートよりも実験が優先になる。
そう言う事に理解がある女性じゃなければまず選択肢にもならない。
「もう、いいんじゃない?すうちゃんへの想いを前面にだしても。薫が思ってる以上に現実の15歳は大人よ」
「へっ?」
「結婚前提って告白してもすうちゃんは受け入れるわ。薫でも徹でも一緒にいた時間があるもの。それよりもあんた達以外の男に攫われる方が母さんは嫌」
…母さん、今本性を言いましたね。僕達はどっちかがブロークンハートでもオッケーということですか、そうですか。
「結婚するにしても、新居は?」
「そんなの、すうちゃんの家で同居しなさい。どうせ大学院に行く予定でしょ?自分でFXで稼いだ利益で」
「そのつもりだけど…それもそれでどうなの?」
「お金ないより、あった方がいいし。すうちゃんが一人であの家にいるよりは全然いいわよ」
この以上に前向きは母さんと話しているとどんどん頭痛がしてくるような気がしてくる。
もしかして…ブランデーかなり入っているのでは。ハッとして母さんを見るとニヤリと笑って返した。
やっぱり…嵌められた。俺の本音を聞く為にかなり混入したようだ。
ってか、かなり本音を吐かされた気がするなぁ。やっぱり親には敵わない。
「いいのか?僕が本気を出しても?」
「いいのよ。結果的にすうちゃんが幸せになれば」
今の言い方がかなり気になるけど、そこはそのうち聞けばいいやと思っていた。
俺は残ったコーヒーを一気に煽る。やっぱり…そこの方はかなりブランデーチックだ。
「だったら、俺は花言葉の意味を隠して菫に風船葛を勧める。母さんのお膳立てに今回だけ乗っかるよ」
「それ以上は何もしないから。薫、本気で獲りに行きなさい。母さんは寝るわ」
そう言うと母さんは寝室に向かっていった。
僕は少しだけ早い春の爆弾低気圧に呆然としていた。
俺の決意はたった一つ。6年前の菫の気持ちに面と向かって答える…ただそれだけ。
最大の敵は、情けないことに…弟の徹かもしれないが、そんな事は気にしない。
むしろあいつが立ちあがれない位まで叩きのめす…それだけ。
表向き飄々としている俺ら兄弟だけども、どちらかと言えば母さんに似ている俺はスイッチが入れば暴走してしまう方だ。弟はとにかくスロースターター。けれども取りこぼしということは一切なく手堅くまとめあげる。
我が弟ながら、本当に腹立たしい相手だ。
あの可憐な花を手折るのは俺でありたい。どうやって今までの距離と一気に詰めていくかそれだけを考えていた。
なんか黒さがあります。母が黒い人なので仕方ないですね。性格はどちらかというと母親に似ています。
一方の徹は父親に似ております。この両親の夫婦がどうやって知り合ったのかも知りたいと言えば知りたい(そこまで書く妄想力が足りません)




