第3話 孤独の真相
「誰って、あなたこそ誰?」
「忘れた? 仕方ないな、数世紀の時を越えた話だから――あ、僕は天使です。Ray、レイとでも呼んでおいてください」
RayはVサインを掲げて立ち上がると、ニカッと微笑みウィンクした。
これが天使か――確かに、顔はいい。
だが、いきなり転んで、怒ったり笑ったり気性が激しすぎるだろう――ヒカリの中で、早くも警戒心の安全装置がカチリと作動する。
「今は結構です……また、折がありましたら」
それ以上関わらないよう、ヒカリはすぐに店内に逃げ込むように引き返し、レジ打ちの作業に没頭した。
「でさ、ヒカリは、いつも孤独でしょ?」
不意に、頭の芯で響いたその声に、ヒカリの手がピタリと止まった。
前後左右を確認する彼女のつややかな黒髪に、天使の輪が光り輝く。
どうやら、周囲の客には聞こえていない。
聞こえているのは、さっきの天使の声――彼女の魂に直接語りかけている。
「でね、ヒカリは、もう次の天界入りが決まっているんだ。
だから、魂の周波数も、この俗世からかけ離れている。
ヒカリに合う人がいない、つまり、この人間社会の俗っぽい関係性が、あなたに合わないのは、当たり前なんだ。それが、孤独の真相さ」
(……っ)
思わず、手にしていたバーコードリーダーのセンサーを滑り落としそうになって言った。
「す、すみません……」
レジカウンターの中で、いつも通りの仮面を張り付けながら、しかし心の中は落雷に打たれたような衝撃に揺さぶられていた。
そう――生まれたときから、この世界は生きづらい場所だった。
周りの人と、なぜかかみ合わない。話が、感覚が。
どこか透明な壁一枚隔てられているような疎外感があった。
変に浮くか、空気のように扱われるか。
自分が世間知らずなのか、それとも人間として欠陥品なのかと悩んできたけれど――
理由は一つ 『居るべきステージが違っていた』からなのか。
「だから、僕が迎えにきたよ♡
いっしょに僕らの天界へ行こう! もっと高くて、美しい場所へ」
圧倒的なスケールで、ヒカリの魂に響き渡る、天使の言葉に、胸の奥が熱くなる。
揺さぶられる心を必死に抑え込みながら、ヒカリは誰にも見えない天井を仰いだ。
その時、コンビニの自動ドアのチャイムが軽快な音を響かせた。
入ってきたのは、あのいつもの客――零だった。
背中に、トレードマークのギターケースを背負っている。
夜の仕事の名残か、生まれ持っての異質さか、銀の髪と銀の瞳が蛍光灯の下で異彩を放っている。
生成AI画像ワールドから抜け出てきたようなその顔立ちは、しばしば、すれ違う人を振り返らせるものだった。
いつも通り、棚から手に取ったペットボトルが、無言でヒカリの目の前に置かれる。
ヒカリは彼の顔など見向きもせず、無表情のままバーコードをスキャンした。
「120円です」
(……袋は要るのか、聞かないのかよ)
心の中で悪態をつきつつ、零は口を開く。「袋もください」
「123円です」
ヒカリは、一番小さな袋にペットボトルを放り込み手渡した。
(相変わらず感じわりーな……まあ、笑えば、普通にかわいいかもな)
零は内心で毒づきながら、特に会話を広げることもなく、店を後にした。
その一連のやり取りを、少し離れた天井の隅から眺めている存在がいた。
そう、またまた、ヒカリの隣にふわりと浮かび、真剣なまなざしを送るあの天使、
もしくは、来世の零――Ray。
零とヒカリのすれ違いに、微笑ましくも、どこかもどかしいようなRay。
突然、Rayの耳元で、装着されていたインカムから電子音と割れるような声が響いた。
『――Ray、通信状態はどうだ。そっちは進んでいるか?』
(つづく)




