07 【エラー】断罪フラグの不具合報告
優雅な音楽と共に夜会が始まった。
私は腹を据えて会場に足を踏み入れ、一直線にローストビーフのコーナーへ向かう。
もう、こうなったらローストビーフをやけ食いするしかない。
(もう嫌な予感しかしないけど……後はフランチェスカ様の断罪を見届けて定時退勤だ)
ローストビーフを頬張ったその時、会場に黄色い悲鳴が上がった。
レオンハルト、セドリック、ノアの入場の合図だ。
(ぎゃーー! 4K高画質で並んだスチルが神ってるーー!!)
壁のシミとなって、ローストビーフを高速で口に運びながら堪能していると、視界の端に赤い髪の女性が映った。悪役令嬢、フランチェスカだ。
(あれれ?)
プライドの高そうな顔立ちの彼女だが、今日はその瞳が揺らいでいる。
スチルの外の画面など、今まで見た事などなかったから、意外な姿に目をひかれた。
そういえば、前世でゲームに夢中になっている時には気づかなかったけど、私にクラスメイトFではなく、クラリスという名前があるように、ここでは画面の外にそれぞれの人生の背景がある。
家の事情でレオンハルトと婚約したとは言え、フランチェスカにも思う所があったのかもしれない。
しんみりしていた時、フランチェスカが豪奢なドレスを翻して前に出た。
「レオンハルト殿下。今日は大変な事故に遭われたと聞きましたわ。お怪我はありませんか?」
フランチェスカに声をかけられたレオンハルトは、眉根を寄せて真紅の瞳を鋭く細める。
「……は、よく言えたものだな。これまでのお前の所業、全てきいているぞ、フランチェスカ。今回もお前の仕業ではないのか?」
「何の話ですの?」
フランチェスカは妖艶に微笑んだ。
「毒殺未遂、馬車爆破、今日のシャンデリア落下――。お前の関与を示す証言は揃っている」
レオンハルトは、フランチェスカの伸ばされた手を避けると、シナリオ通りのセリフを告げた。
「フランチェスカ=ローデンベルグ。お前との婚約は破棄だ」
その瞬間。
フランチェスカの指先が、微かに震えた。だが、それも一瞬だった。
彼女はゆっくりと顎を上げ、高飛車な笑みを浮かべる。
「……許さないわ。アネット男爵令嬢。そして、レオンハルト。よくも私にこんな恥をかかせてくれたわね」
赤い髪がふわりと揺れる。その美貌も相まって、壮絶な迫力だった。周囲からは騒めきが波のように広がっていった。
「下級貴族のくせに忌々しい女。お前のせいで全て台無しよ。殿下の側から消えなさい。我が侯爵家に伝わる禁忌の魔導具の錆にしてあげるわ!」
会場の混乱に乗じて、フランチェスカはアネットを指差し、勝ち誇った。
一ミリのずれもない。
ゲーム通りの完璧な悪役令嬢の動きだった。
そのまま彼女の指先が、ドレスの裾に隠された禁忌魔法の媒介石へ伸びる。
その手から、一撃で会場を灰にする禁忌の闇魔法が解き放たれようとした、まさにその時。
「……ちょうどいい。発動、――『875(ハナコ)』」
会場の壇上にいた天才魔導士ノアが、実験動物を見るような目で呪文を呟いた。
直後、ノアが展開した防衛結界が、眩い光を放って大炸裂した。
私が魔導書に仕込んだ落書きによって、元の計算式の「875倍」に膨れ上がった結界だ。
空間が激しく明滅し、フランチェスカの禁忌魔法を完全に包み込んだ――はずだった。
――パパパパパパパンッ!!! パパパンッ!!!!
結界の内部から響いたのは、なんとも景気の良い、ただの爆竹の破裂音だった。
ドレスに仕込まれた禁忌魔法の媒介は、私がすでにすり替えていた。
そこへノアの結界が重なる。
結果――世界を焼くはずだった魔法は、爆竹程度の威力しか発揮せず、虚しい煙だけをシュウシュウと吐き出していた。
「えっ……? あら……?」
禁忌魔法を盛大に不発にされたフランチェスカが、処理落ちしたように目を点にしたまま固まる。
あまりのショボさに、武器を構えたセドリックもレオンハルトもフリーズしていた。
「……なるほど。この規模の結界で、魔力消費効率は悪くないとは興味深い」
ノアは一人で美麗な4Kの納得顔を浮かべると、「もう満足した」とばかりにパチンと指を鳴らし、会場を覆っていたハナコ大結界を解除した。
同時に、視界を遮っていた光と煙が、サァァ……と引いていく。
――白い煙が少しずつ晴れていくと。
そこに浮かび上がる人影があった。
ビュッフェ台の陰にひっそりと。
山盛りローストビーフを抱えて、必死に咀嚼している人物。
――つまり、私が。
ぽつん、と佇む、低画質モードのモブ令嬢。
口からは、今まさに飲み込もうとしていたローストビーフが一切れ、はみ出ている。
「あ」
レオンハルト王子、セドリック様、ノア様、アネットちゃん、そしてフランチェスカ様。
会場にいる全主要キャラクターの視線が、床にしゃがみこむ私へと一斉に突き刺さり、完全に静止した。
王子がハッと目を見開く。
「……その、鼻腔をくすぐる甘いフローラルの香りは……まさか、君が――」
「君が……875(ハナコ)」
「テロリストの、ボス……?」
私は慌ててお皿を放り出し、ガバッと立ち上がった。
(見つかった! 何で!? てか、王子達の脳内ネームプレートの更新速度が光の速さなんだけど!! とにかく逃げよう!)
「待て!」
「捕まえろ!」
「875」
パニック気味で走り出し、細工した扉のドアノブに指差が触れた――瞬間。
ピコン、と耳慣れた電子音が脳内に響き、私の目の前に真っ黒な【システム画面】がポップアップした。
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エラー:重大なシステム不具合が発生しました。
【 悪役令嬢がみつかりません(404 Not Found) 】
本来のシナリオが成立しません。
世界線を再起動します。
「はいぃぃぃ!?」と叫ぶ暇さえなかった。
突如、世界全体がぐにゃりと万華鏡のように歪み、激しい目眩が私を襲う。
足元の床が消失し、私は果てしない暗闇の底へと真っ逆さまに落ちていった。
◇◇◇
「――っ、はっ!!!」
次に目を開けた瞬間、私はベッドから跳ね起きていた。
ローストビーフは手元にない。というか、ここはどこだ。
パニックになりながら周囲を見回すと、そこは学園の寮でも、清掃員の宿舎でもなく、中世ヨーロッパの王族か大貴族のような、息をのむほど豪華できらびやかな子供部屋だった。
「お嬢様、お目覚めですか? 本日はレオンハルト殿下との初めてのお茶会でございますよ」
優しそうな老メイドが、恭しく頭を下げる。
私は恐怖に震えながら、ベッドの横にある大きな鏡へと視線を向けた。
そこに映っていたのは、NPCの地味な顔ではない。
ウェーブがかった美しい赤い髪に、意志の強そうな大きな瞳。
間違いなく――
さっきまで婚約破棄されていた侯爵令嬢。
爆竹を鳴らして呆然としていた悪役令嬢。
フランチェスカ=ローデンベルグ。
――その十歳(推定)当時の姿だった。
「悪役令嬢が404だからって、私を悪役令嬢にするなぁぁぁぁぁ!!!!!」




