37 美しき地獄の薔薇と、燃え上がる悪役令嬢――LIMIT BREAK
「ま、まさか、料理長が直前で日和って普通のジャムとかに変えたのかしら……?」
フランチェスカは箱の隅に残っていたクッキーの破片を指でつまみ、自身の口へと放り込んだ。
——それが最悪の自爆特攻になるとも知らずに。
「————ッッッッ!?!?」
瞬間、声にならない悲鳴と共に、フランチェスカの口内は大炎上を迎えた。
辛いなんてものじゃない。脳幹を直に突き抜ける様な痛みが涙腺を絶え間なく殴りつけていた。
フランチェスカの目から滝の様な涙がボロボロと溢れだす。
「ううーっ、ふぅっ……うーっ!!」
あまりの激辛さに言葉を失い、肩を震わせて号泣するフランチェスカ。
しかし、その涙を見たセドリックの歪んだ感情が、ここで最悪の完全暴走を引き起こした。
「……ああ。そんなに、ですか」
セドリックの灰銀色の瞳が、見たこともないほど深く、ドロドロとした悦びに染まる。
「僕と二人でクッキーを食べた思い出に、これほど激しく心を震わせ、感動の涙を流してくださるなんて。やはり貴女は、僕の冷え切った世界を温めてくれる唯一の聖女だ……」
「ひぐっ、ふ、ふー(違う)!!」
否定したくても口内が爆発していて喋れないチェスカの肩を、セドリックは「もう二度と逃がさない」と言わんばかりの完璧なロープワーク(物理サポート)の体勢で、ガッチリと優しく抱きとめた。
後光のような聖人オーラが周囲に炸裂し、通りすがりの生徒たちがハンカチを噛んで咽び泣いている。
(違うわよ!! 戻ってきてコンプライアンス! このクッキーは悪役令嬢としての嫌がらせだったのよーーー!?)
言いたい。大声で労基に駆け込む勢いで叫びたい。なのに、カプサイシンの呪いで一言も声が出ない。
世界の因果率が完全にバグのピークを迎えたことを確信し、絶望に白目を剥いた。
(助けて……ヒロインちゃん……!)
ちょうどその時、水筒を胸に抱えたアネットが中庭にやって来た。
彼女の目に飛び込んできたのは、カプサイシンに焼かれて号泣しているチェスカと、それを慈しむように抱き寄せるセドリック。
原作イベントの面影など一欠片も残っていない、因果率が完全に壊れた地獄絵図だ。
その光景にアネットは凍りついた。
「……あ、あの、大丈夫ですか? これ、どうぞ……」
怯えきった引きつりスマイルのまま、アネットは持っていた水筒をチェスカへと差し出す。
(アネットちゃん、マジ女神……! ヒロインの鑑だわ!)
フランチェスカは救いを求めるように手を伸ばし、水筒を受け取ると、中身のハーブティーを一気に流し込んだ。
(た、助かった……)
ゴクリ、と最後の一口を飲み干し——その瞬間、フランチェスカはハッとした。
(私が飲んでどうするのよーーー!?)
浄化の薬草茶。それは本来、セドリックの魔力汚染を癒すはずだった重要イベントアイテム。
その最後の一滴まで、フランチェスカの胃袋へと消えてしまった。
灼熱地獄を味わってまで起こしたイベントの消滅を悟ったフランチェスカは、言葉もなく更に大粒の涙をこぼした。
「フランチェスカ様、泣かないで……」
セドリックがフランチェスカの目尻へ、聖者が祝福を与えるようにそっと口付けを落とす。
その涙に唇が触れた瞬間、チェスカの持つ特性『魔力ゼロバグ』が発動した。
「……っ!?」
セドリックの灰銀色の瞳が大きく見開かれる。
「魔力汚染が、消えた?」
魔力を持たない彼女の身体は、魔力そのものを存在できないものとして打ち消してしまう。
世界のバグを強制的に初期化するような、異常な現象だった。
「……やはり貴女は、僕のすべてを引き受けてくださるのですね」
極上の恍惚とした笑みを浮かべて耳元で囁くセドリック。
そんな彼の歪んだ勘違いにも気づかず、呆然としていたフランチェスカの視界に真っ赤なシステム警告がポップアップした。
ピコン
━━━━━━━━━━
505 ERROR
想定外の浄化処理を確認
セドリックの執着度が上限を突破しました
悪逆値:0%
執着度: LIMIT BREAK
━━━━━━━━━━
(だからなんでーーー!! 私はヒロインの背中を押してあげたのに、なんで魔力汚染ごと全部デバッグしてこうなるのよォォォ!!)
かくして、カプサイシン地獄は終わった。
だが今度は、絶望のあまり声にならない涙を流しながら、フランチェスカは悟った。
――円満退職フラグが、今日もまた静かに消滅したことを。
【次回予告】
次回は 10月7日(水)朝7時頃更新予定です。
ーー学校の裏の森に、幻の魔法花が咲くという話を聞いたフランチェスカ。
(はい、来ました! 原作イベント入りました!)
今度こそ攻略対象とヒロインをくっつけるため、カンペキな裏工作(注意喚起)に奔走するが……?




