29 断罪計画、開始一分で即頓挫!?
少し癖のある赤い髪を揺らし、フランチェスカ=ローデンベルグは貴族学園の門の前に立っていた。
「苦節六年……。ついに、この時が来たわ」
貴族令嬢は幼い頃からマナーや社交教育を優先するため、王立学園の高等科への入学は十六歳から。
十歳の悪役令嬢になってから、原作が始まるまで——実に六年。
(NPCだった頃の地獄みたいなループを抜けて、ようやくここまで来たわ……!)
胸の奥がじんわり熱くなる。
感慨深い気持ちで顔をあげた、その時だった。
ピコンッ
「ん?」
聞き覚えのある、不穏な電子音と共に、目の前に白い光が浮かび上がった。
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システムメッセージ
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エラーコード : 404
指定された悪役令嬢が
見つかりません
検索中……
・・・
・・・
代替データを検出
代理悪役令嬢
フランチェスカ・ローデンベルグ
認識完了
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(誰が代理だ! 完全に強制労働じゃないの!)
心の中で拳を握りながら、強く抗議する。
……とはいえ、ついに原作がスタートするのだ。
「立派な悪役令嬢になって、予定通り断罪されてみせる! ……もちろん労災ゼロで!」
意気揚々と門を潜ると、懐かしい美声に背中から呼び止められた。
「フランチェスカ」
振り返ると、陽の光を溶かしたかのような金髪に、高貴な輝きを密めた真紅の瞳をもつ美青年——
第一王子、レオンハルトがそこに立っていた。
(だはっ! 無理無理無理!! 十歳時点でも4K超高画質だったのに、十六歳になって8K限界突破美青年になってる! もう推しを直視できん!)
硬直して口をぱくぱくするフランチェスカの手を、レオンハルトは優雅な所作で取った。
「君と学園に通える日をずっと楽しみにしていた。ああそれと、君が嫌がっていた王宮の側室制度も全て廃止したよ」
「側室制度廃止!?」
「ああ、十歳の時の顔合わせで、不採用通知を君にもらったからな」
レオンハルトは悪戯っぽく笑う。
(……言った。確かに言ったけど……)
ふと、まわりに視線を感じたフランチェスカは、冷や汗をかきながらキョロキョロと見回した。
登校時間の門前だ。目立ちすぎている。
「あ、あの殿下?」
しかし、レオンハルトは意に介さず、高貴な笑みを浮かべていた。
「……君のために、ホワイトな王宮にしたんだ。これで婚約の障害はもうないだろう?」
優しい声だった。なのに、逃げ道を先に塞がれた獲物になったような圧があった。
「あのですね、殿下」
引きつりそうになる頬を根性で引き上げ、侯爵令嬢の笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「王子様との接触イベントは事前申請制ですわー!!」
フランチェスカは王子の手を振り払って、全力で逃げ出した。
◇◇◇
——おかしい。
何かが致命的におかしい。
ゲーム開始一分で、悪役令嬢計画が早くも頓挫している。
これでは断罪されるどころか、王宮勤務一直線ではないか。
(まずいわ……前もこうやってシナリオが崩れた瞬間にループしたのよ!?)
フランチェスカは頭を抱えて、天を仰いだ。
「ああ、そうだ……あれは十歳の時……」
十歳のレオンハルトは、婚約の顔合わせでいきなり吐血した。
王子なのに過労死寸前。しかも暗殺の危険まである、絵に描いたようなブラック王宮。
それを知ったフランチェスカは、婚約を断るついでに国王へ労務改善書を叩きつけた。
(まさか六年後に、その結果を「君のためにホワイトな王宮にした」と返されるとは思わなかったけど……)
カランカランと、学園の鐘が鳴り響き、フランチェスカはハッとした。入学式の会場が開く合図だ。
「——まずは、状況確認ね。原作イベントの進行状況を調べなくちゃ」
もしかしたら、他の攻略対象にも影響が出ているかもしれない。
フランチェスカはこめかみに手を当てて思案する。
(さて最初のイベント……入学式でセドリック様は原作通りなら、生徒代表として完璧な挨拶をするだけ……だよね?)
貴族令息は十二歳頃から王立学園に通い始める。
セドリックも、聖騎士としてレオンハルトの護衛を務めるため、中等科からこの学園に在籍していた。
原作が始まる頃には、レオンハルト、ノア、セドリックの三人は生徒会の中心メンバーになっていたはず。
「お願いだから、セドリック様だけは普通でいてよ?」
嫌な予感にじりじりと焦燥感を煽られながら、フランチェスカは大きく深呼吸すると、入学式の会場へ足を向けた。
——その願いは、入学式開始から三分で粉々になるとも知らずに。
◇◇◇
「……それでは次は、生徒代表の挨拶です。副生徒会長、セドリック=サンクレール」
その名前が呼ばれた瞬間、高窓から差し込む春の陽光が、ちょうど壇上を照らした。銀髪が光を受けてきらりと輝き、まるで後光が差しているように見える。
灰銀色の瞳に聖人スマイルを浮かべた美青年が、魔道マイクの前に立った。
ざわついていた会場が、水を打ったように静まり返る。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
甘い極上の美声が、礼拝堂に響く聖歌のようにホールを満たした。
会場の女子生徒たちが一斉にため息を漏らす。
春の陽だまりのような温かさが会場を包み込んだ。
「まぁ、なんて神聖な神子様かしら……!」
「眩しすぎて直視できない……!」
(ああ、変わってない。うん、安定の聖人バフ全開ね)
フランチェスカは相変わらずのセドリックの聖人チートっぷりに複雑な気持ちになりつつも、安心しかけた。
——その時だった。
「——困っている方がいれば、私たち生徒会が責任を持ってサポートします。いつでも、カモミールティーを飲みながらお話を聞きましょう」
セドリックの灰銀色の瞳が、数百人の新入生を飛び越えて、まっすぐこちらを向いた。
(……ん? 今こっち見た?)
「どこへ行こうとしても、必ず見つけ出しますので、ご安心ください」
その声音は慈愛に満ちて、どこまでも優しい。
会場の女子生徒たちから「まぁ、なんて手厚いフォロー!」「神子様……!」と歓声があがる。
だが、フランチェスカの周りだけ体感温度が五度ほど下がっていた。
(いやいや、今の台詞、普通は感動するところじゃないのよ!? 気づいて! 今の絶対スカウトじゃなくて捕獲のトーンだったよ!? 微笑んでるのに、光り輝く後光の裏の影がめちゃくちゃ濃いよ!?)
「学園生活に不安を感じる方もいるでしょう」
清浄で穏やかな笑顔と共に、やわらかな光を纏う銀髪がふわりと揺れる。
「ですが大丈夫です。逃げ出したくなっても、きちんと安全な場所までお連れしましょう」
(待って待って)
「皆さんが学園に馴染めるよう、必要であれば適切な指導も行います」
セドリックは、会場に、いやフランチェスカへ向けてまっすぐと手を差し出した。
その笑顔はあくまで慈愛に満ちている。けれど、なぜか逃げる獲物を逃がさない目をしていた。
「ロープワークには少々自信がありますので」
「まあ、なんて新入生思いの温かいお言葉……!」
「縛られてでもお導きされたいですわ!」
慈愛に満ちた笑顔で言い放たれた物騒すぎる言葉に、会場は割れんばかりの盛大な拍手に包まれた。
(アウトーー!! いやいやいや、大アウトでしょっ!! なんでみんな感動して拍手してるの!? 監禁の予告だよそれ!!)
熱気だけがしばらくホールに残っていた。
◇◇◇
入学式が終わる頃には、フランチェスカの精神力はすり減りきっていた。
「どうなってるの……? 完璧に上手くいってると思ったのに、レオンハルト様もセドリック様もなんだかおかしくなってるし……」
肩を落として重いため息を吐く。けれど、すぐに自分の両頬をぱちんと叩いて気合いを入れ直した。
「……ううん、悩んでる場合じゃないわ。次は原作の『初日イベント』よ!」
原作通りなら、今夜レオンハルトは生徒会室で過重労働に耐えかね……ではなく、刺客の襲撃を受けて負傷するはずなのだ。
(原作では初日の夜、生徒会室で襲撃されたレオンハルト様を、ヒロインのアネットちゃんが手当して急接近する神スチルがあったはず……!)
最高のイベントだが、このバグった世界で彼が怪我だけで済む保証はない。
「過労死フラグも暗殺イベントも、私が全部回避してみせるわ!」
気づけば、窓の外はすでに夕暮れ。廊下には長い影が伸び、生徒たちの姿もまばらになっている。
無意識に足を早めながら、フランチェスカは生徒会室へ向かった。




