おもちゃの後片付け
遊んだ後のお片付け
首都オストパリは、今や高地の国の本格侵攻により炎に包まれていた。
その燃え盛る市街地の地下深く、ハインリヒ・ヒムラーは藁にも縋る思いで強固な地下防空壕の中に籠り東方世界から大枚をはたいて呼び寄せた『呪術師』達に彼らのために特別に用意した祈祷室で高地の国へ向けた凄惨な呪詛を唱えさせていた。
そのオカルト儀式に軍事的な効果が有るかどうかは極めて怪しいがヒステリーを起こして発狂している全国指導者を黙らせるには十分な処方箋であった。
その間にもオストパリ市街地には高地の国の国防軍が既に深く侵入しており各地で激しい銃声や戦車の砲声、そしてブルグント軍部隊の断末魔と国防軍兵士たちの勇ましい鬨の声が波のように押し寄せて来ている。
「あのエリカめ……よくも、よくも……私の大切なブルグントを……!!」
ブルグント軍地下壕の総司令部では絶望の空気が張り詰めており地上で交戦している部隊からの悲鳴が無線機を通じて絶え間なく室内にこだましている。
最早無線のノイズに乗って聞こえてくる声として認識する事すら苦痛になる程、地上の状況は刻々と凄惨さを極めていた。
「閣下、失礼します」
「アイヒマンか。避難の準備は? 逃走経路の安全は確保できたか? 下水道への出入りは他の兵士達に上手く禁じたか??」
「はい全国指導者閣下、人払いの首尾は上々でした。後は閣下が我々の用意した脱出ルートから国外へお逃げくだされば全て終わります」
「うむ。全く、あの忌々しい小娘め……よくもこの私をここまで散々にコケにしおって……!!」
そう悪態をつきながらヒムラーは怒りと恐怖で制御出来ず震える手先でなぐり書きのミミズ文字に成りながらも『粛清予定者リスト』の最上段の空欄に「エリカ・フォン・ホーエンハイム」と「アドルフ・ヒトラー」の名を深く刻み込むように記載していた。
地上ではブルグント軍に残された数少ないT-72M1戦車が大攻勢に対して抗うために戦車兵の意地を見せつけようとしていたが相手が絶望的に悪すぎた。
市街地に侵入してくる高地の国の国防軍所属『レオパルト2A8』ははるか上空に待機しているIAIヘロン無人偵察機のオペレーターからデータリンクで詳細な情報を受け取り、街角の陰に潜むT-72M1の位置を事前に完全に把握した上で砲塔をそちらに向けたまま死角から侵入してくるのだ。
「来たぞ! 敵戦車だ、撃てっ!」
待ち構えていたT-72M1は瓦礫の陰から飛び出してきたレオパルトへと125mm砲から放たれた徹甲弾を撃ち込む。
「やったか!?」
車長がその言葉を言い終わると同時に爆炎を突き抜けて無傷で現れたレオパルト2A8の120mm滑腔砲が火を吹きAPSFDSがT-72M1の車体を紙のように貫通し内部の弾薬を誘爆させ、乗員達は一瞬で火炎と共に灰に帰した。
ブルグント軍のT-72M1の砲手は戦場が自国の首都である事から地の利を得ており、先に配置について先手をとって撃つことには成功していたが進軍してくるレオパルト2A8の最新鋭複合装甲には全く意味が無かった。
彼らの放つ旧式の砲弾では高地の国の誇る最新鋭戦車には全く歯が立たず、いとも容易く装甲に弾かれ、そして一方的に撃破されるという残酷な現実だけが繰り返された。
そしてびっくり箱のように火を吹きながら砲塔も何処かへ飛び去ったT-72M1の車体の残骸だけが次々と晒されている。
「前方の建物、白と赤茶色のレンガ造りの3階だ!! 距離500m、敵の対戦車ミサイル班を確認!! 敵は今にも撃ってきそうだ!!!」
「了解、こっちも対戦車火器を撃ち込んでやれ! パンツァーファウスト3だ!! 建物ごとあれを先に黙らせるんだ!!!」
「食らって消し飛べ!!!」
対戦車火器を持ったブルグント兵士達は味方の戦車を援護しようと予め据え付けられた9M111M対戦車ミサイルを撃とうとしたがレオパルト2A8には精強な装甲擲弾兵がしっかり寄り添っており決して容易な攻撃を許さなかった。
120mm滑腔砲の地面を揺らす程の爆音とパンツァーファウストの着弾と共に対戦車兵達の籠もった建物は粉々に砕かれ崩落する。
敵兵士が完全に沈黙した事を確認すると国防軍兵士達は時間を無駄にしないよう速やかに次の陣地攻略へと効率的かつ無慈悲に取り掛かる。
「ここを抜かせるな!! これ以上後退する先など、俺達にはもう無いんだ!!!」
「全国指導者閣下をお守りしろ!! 祖国の為に死ね!!! 死して守れ!!!!」
地上の幹線道路には高圧電流が流れる棘付き鉄条網や「チェコのハリネズミ」、そして対戦車地雷を無数に敷き詰めて宮殿内に侵入させないようにしており一時的にではあるが戦車部隊や機械化歩兵の攻勢を削いではいた。
地上の歩兵部隊も障害物の背後に密度を上げて展開し、高地の国の大攻勢に対して狂信的な最後の抵抗を見せる。
もし全国指導者を逃がせば自分達はいつか再起できるのだ。
そう、何故なら全国指導者ハインリヒ・ヒムラーは彼の『ギフト』によりまた何処かの地で兵士達を沸かせ、そして創造した将兵達を使役して『親衛隊騎士団領ブルグント』を再建してしまえばいいからだ。
逆に言えばこの国家の概念そのものを守る為には全国指導者の身柄を何としても守り抜く必要が有るのだ。
一方で、オストパリの市街地の地下に張り巡らされた『下水道網』は地上の激戦とは別の静寂に包まれていた。
普通に人が往来出来るように大きく空間が設けられており、時には地下で秘密裏に物資の受け渡しを行っている部隊も存在している巨大な迷宮である。
「さて、フェーゲライン二等兵。私が先導するから後ろは任せたぞ。くれぐれも離れるな」
「了解であります伍長。お供します」
伍長は司令部の指示に従いフェーゲライン二等兵と共に異臭を放つ下水道を通って市街地中央の宮殿地下へと侵入する事にした。
これは後方の参謀本部、即ちエリカ・フォン・ホーエンハイムからの直接の『特命』であった。
彼らと別のルートから侵入している特殊作戦軍と合同で地下下水道へと降り、恐らくここを通って逃亡を図るであろうヒムラーの『捕縛』、若しくはやむを得ない場合の『殺害』を指示されているのだ。
ちなみに広大な下水道は担当区画ごとに分けられているが、この泥臭い区画の担当は伍長と二等兵の二人だけである。
伍長が構える銃剣を粘着テープで括りつけているだけのワルサーPPKは、確かにKar98kよりは狭い室内戦では取り回しが良いのかもしれないが、心許ないことこの上ない嫌がらせ装備である。
一方のフェーゲライン二等兵はMP40を携えており、敵の装備しているMPi-AK-74Nよりは貫通力も射程も劣るが、地下道での遭遇戦において全く役に立たない訳では無かった。
「フェーゲライン……足元を気を付けるんだ。いくら懐中電灯で照らしているとは言え少し先は完全な暗黒だ。後、この耐え難い匂いだ。こんな場所では鼻が全く効かないから物音には特に注意しろ」
「ええ、そうですね。こんな臭いトンネルを抜けて、早く外に出て新鮮な空気を吸いたいですよ」
足元にはヘドロが溜まり酷い悪臭を放つが二人はそれを意に介さず歩みを宮殿の地下へ向けて着実に進めていた。
地下下水道を警備しているはずの敵歩兵部隊が居ると考えていた二人だが未だに敵兵の姿は確認出来ず、下水道には地上で繰り広げられる激しい銃撃戦や砲撃音、空爆の衝撃がミシミシと天井から伝わってくるだけで、人の声や足音は一切していなかった。
「はぁ……不気味な事この上ないな。陛下は今回の件で貴様の失言を許すだろうが、私はまた終わりの見えない前線勤務にされるのだろうな……」
暗闇の中で一人、フェーゲラインに向けて愚痴をこぼす伍長だったが、肝心の二等兵は一切反応せず、ピタリと足を止めて周囲を警戒していた。
「全く……返事もせんとは」
「……こちらへ……閣下……」
「まさか……このような……事態が起きるとは……」
「いつの世も……想定外の事態は起こるものです」
遠くの闇から微かな声が反響して届いた。
「……フェーゲライン二等兵」
「ええ、伍長」
「誰であろうと構うな。見敵必殺、とりあえず撃て。この区画の地下に友軍部隊は居ない筈だ」
少し離れた先の角の付近で人間の会話する声と集団で接近して来る泥を蹴る足音が下水道内に響き渡った事を二人は感じ取った。
伍長はすぐに懐中電灯の灯りを消してPPKのスライドを操作しフェーゲラインはMP40のレバーを引いて薬室の中に弾が入っているかを無音で確認した。
敵の一団は警戒しながらライトを照らし歩いていた。
その規模は大体一個小隊程度。
「さぁこの先の角を曲がりその先を真っ直ぐ進めば脱出する為の合流地点に辿り着きます。車両が待機しておりますのでお急ぎを」
「おお、アイヒマンよ! ようやくこれで逃げられるのか。なら私は次の新天地で新たに力を蓄え、再びあの忌々しい小娘の鼻っ面を今度こそ明かしてやるわ!!」
「はい!全国指導者 閣下なら可能です――」
「見ろ! ヒムラーだ、撃てっ!!」
「了解!!」
闇の中から伍長と二等兵の銃火器がヒムラーの護衛要員よりも先に火花を噴いた。
不意を打たれた先頭の護衛要員2名が血飛沫を上げて倒れ、残りの隊員達が慌てて応射をしているがヒムラーは銃声に腰が抜けてその場のヘドロにへたり込み動けなくなった。
ほんの薄暗かった空間が一転し、両陣営の銃口から放たれるマズルフラッシュが下水道の中をストロボのように照らし強烈な破裂音が壁に反響している。
そして周囲の別の区画に突入していたKSKの隊員達もその戦闘音を聞きつけ、一斉にこの戦闘区域に向けて駆け出していく。
そんな中、戦闘を開始した二人は敵小隊からの激しい制圧射撃を受けて壁の窪みに釘付けになり、動けなくなっていた。
「クソっ、流石に奴らの方がアサルトライフルの分、火力が高いな……! 弾幕が厚いぞフェーゲライン!!」
「今、ライフルに切り替えましたよ……うおっ!?」
「大丈夫か!?」
「無事です! ヘルメットに弾かれました!!」
二人は分厚い煉瓦の壁に隠れていたが激しい銃撃戦の中でフェーゲラインは被っていたシュタールヘルムに被弾した。
だが運良く跳弾し何とか無傷であり彼は落ち着いてKar98kで応戦している。
セミオートやフルオートのMPiで射撃しているブルグント兵士よりは弾倉の弾の数も少なく、ボルトアクション故に連射は遅いがフェーゲラインの放つ7.92mm弾は暗闇でも正確に急所へ命中するため、少しずつだが確実に敵兵士の数は削られていた。
「コンタクト! 12時の方向、敵一団小隊規模!! ライフルマン複数、HVTも居るぞ!!」
「友軍と交戦して釘付けに成っているぞ! 今を逃すな、側面を突け!!」
そんな中ヒムラーの護衛隊の側面から音を聞きつけて駆けつけてきたKSKの一個小隊がフラッシュバンを投げ込みながら襲撃した。
十字砲火を受け被害が急激に増加するとヒムラーは泡を吹きながら立ち上がり、一人で奥へと逃げ出す。
「ひ! ひいいいっ、もう逃げるぞ! 私さえ、私さえ生きていれば後は何とかなるのだからな!!」
「む! ヒムラーの奴が護衛を見捨てて逃げるぞ!! 追うぞフェーゲライン!! 護衛の奴らは味方に任せておけ!!」
「はい、伍長!!」
二人は暗闇の中を逃走するヒムラーに向けて走り出した。
途中、何名かの残存兵が発砲してきたが既に拳銃でも有効な至近距離まで詰めていた伍長が走りながら的確に彼らを射殺しそのままヒムラーの背中へと一目散に向かっていた。
「待て! 待てこの薄汚い裏切り者の養鶏家めが!!」
「来るな、来るなぁぁ!!!」
だが下水道の床には深いヘドロのぬかるみが存在しており、ヒムラーはこれまでの人生でこのような汚らしい下水道を自分の足で歩いた事など一度もなかった。そして案の定足を取られて無様に転倒した所を追いついた二人が上から銃を突き付け、冷酷に降伏を促す。
「動くなこの恥さらしめ。フェーゲライン二等兵、念
のためこの付近を警戒しろ!」
「了解です」
仰向けにされたヒムラーは目の前に立つ『チョビ髭の男』の顔を見て、あり得ないものを見たように目を見開いた。
「じ、総統閣下万歳! ご、ご無沙汰しております総統閣下、あなた様の最も忠実なる臣にして右腕、ユダヤ人処理担当のヒムラーはここに居ます――」
「たわけが! 一体どういうつもりか知らんが転生者に成ってまでこんな血生臭くふざけた真似をしおってからに! これ以上、過去の我らの恥をこの世界の歴史にまで晒させるな!!」
「ひいいいい! どうかお許しを、お許しをぉ!! 私には壮大な計画が――」
丸眼鏡はすっかり砕けヘドロに塗れて泣き叫ぶヒムラーの無様な姿に伍長の怒りは頂点に達しかけていた。だが、自分の手に握られている『銃剣付きのPPK』を見てエリカから下された任務を思い出し、息を整えて少し落ち着いてから彼の腹を蹴り飛ばして腹這いにさせた。
「貴様を拘束して軍事法廷に突き出すのが陛下から下された私の任務なのでな。悪いがこれ以上の無駄な行動も、不愉快な弁明もさせんぞ。フェーゲライン! 何か猿ぐつわになるものはあるか?」
「申し訳ありません、猿ぐつわはありませんが……代わりに、丁度良いものが有ります。あまり気乗りはしませんが……」
そう言うとフェーゲラインは嫌そうな顔をしつつポケットから何かを取り出した。
それは長いダヌビウスでの塹壕生活や徒歩行軍で、彼自身が使用し、泥と汗と血にまみれてドロドロになった『半年間モノの悪臭を放つ軍用靴下』であった。
「良いなぁ、それ。よし、さっさとこいつの口に詰めろ」
「了解」
「や、やめてください総統閣下! これは、これはジュネーブ条約違反の戦時捕虜虐待――んぐっ!!?」
「あーもう、やかましいからさっさと奥までキッチリ詰めてくれ。これ以上、聞くに堪えん自己弁護の雑音が耳を穢してくる」
「んーっ! んぐぐーっ!! (や、やめろフェーゲライン! やめろおおおおおおおおおおおお)」
こうして彼が夢想した『親衛隊騎士団領ブルグント』は完全に崩壊し、首謀者たるハインリヒ・ヒムラーは口に悪臭を放つ靴下を詰められたまま拘束され生き残った将兵達と共に死んだ魚のような目をしながら高地の国本国へと連行された。
一方で高地の国の首都ゲルマニアでは、空襲警報が解除されていたにも関わらず女帝エリカが大慌てでブルグント派兵部隊の指揮官たちや戦力を急遽呼び戻していた。
各部隊の将軍や軍司令官も緊急で呼び出され参謀本部は祝勝ムードなど微塵もない、騒然とした賑やか極まりない状態でありレーダー提督も大急ぎで洋上から司令部へとあの手この手で戻っていた。
一番最初にこの重苦しい会議室で口を開いたのは最古参のルントシュテット元帥である。
「一体どうされたのですか陛下。いきなりこのように全軍のトップを集めて大騒ぎに成るような事が有ったのですか? 厄介なブルグントは降しましたし、鷲の国のコミュニストを叩くなら、もう少し事前の戦争準備が必要に成るかと思われますが」
「そうね、ブルグントは滅ぼしたわ。でも今とんでもない問題が起きているのよ! 私の個人的にも、でもそれ以上に『国家間の外交問題』として絶対に放置できない事態が!!」
この持って回る彼女の怒りに満ちた答えに訝しんだレープ元帥が、ルントシュテット元帥に続いて尋ねる。
「陛下、具体的に何が問題なのですか? 恐らく平原の国の君塚殿の身に何か……ですか??」
「そうね、単刀直入に言った方が良さそうだし言うわ。要するに――」
エリカは参謀たちを見渡し、今から吐く言葉を整理してから机を強く叩いて宣言した。
「『平原の国・国内軍総司令官にして摂政の、君塚悠里が誘拐された』件についてよ」
「…はい?」
「なんだって…!!」
「何があったんだ!?」
「そんなバカな…」
一気に参謀本部は蜂の巣をつついたような怒号とどよめきに包まれる。
事態は彼らの想像を絶するスピードで急を要する様に悪化しているのだ。
「し、して、所在は判明しているのでしょうか!?」
「ええ、新倉の支配する『ソビエト社会主義共和国』よ。あいつらは我らの後背地を物理的に脅かしているだけでなく、我が国の『同盟国のトップ』を攫うという帝国の面子を汚しまくってるんだから今すぐ軍を動かさないといけないわ。さて、諸君――」
女帝は大胆かつ不敵に、そして冷酷かつ愉悦に満ちた表情で微笑んだ。
「仕事の時間よ」
そして急を要する事態へ




