IF─ハズレの中のハズレを引いた君塚悠里について
特別篇
平原の国摂政、君塚悠里は執務室の窓際で頭を抱えひたすらにこめかみを揉みほぐしていた。
それは端的に言えば彼の持つ「軍隊創造」というチート能力の中でもとびきりの「ハズレ枠」を引き当ててしまったという残酷な現実が今まさに眼下のメインストリートを行進していたからである。
「どーしろって言うんだよこれ……うん、いや、本当にどーしろって話しなんだよ……」
窓の向こうから聞こえてくるのは、統制の取れた軍靴の響きでも地響きを立てる重厚な無限軌道の音でもない。
けたたましいクラクションと安っぽいガソリンエンジンの爆音、そして陽気すぎる太鼓のリズムだ。
フランス製のAML90装甲車やブラジル製のEE-9カスカベルといったいかにも第三世界の紛争地帯で使い古されたような軽量の装輪式戦闘車両が車列を成し、その後ろには12.7mm DShK重機関銃を無造作に溶接しただけの「トヨタ・ランドクルーザー」や荷台に兵士をすし詰めに乗せた民間用トラックが続いている。
不完全燃焼の黒煙を吐き出すBTR-70の装甲の上には、兵士たちがデサント(タンクデサント:車外乗車)しながら跨り、あろうことかアコースティックギターを弾き鳴らしている者までいる。
戦車の砲塔にも複数の兵士がしがみつき、沿道の歓声に陽気に手を振り返していた。
兵士達は皆厳しい日差しに灼かれたような漆黒の肌色をしており、真紅のベレー帽や時代錯誤なほど古臭いスチール製のヘルメットを被っている。
迷彩服に至っては統一感など皆無で、ウッドランド、ダックハンター、果てはリザード迷彩まで入り乱れ、一部の兵士達は袖を捲り上げたり首に派手なストールを巻いたりと完全に「おしゃれなストリートファッション」の延長として着崩してしまっていた。
上空では轟音と共に12機のSu-25フロッグフットと8機のミラージュF1が編隊を組んで飛行している。
ソ連製の無骨な攻撃機とフランス製の細身の戦闘機という兵站担当者が見たら泡を吹いて卒倒しそうなキメラ編隊の背後からIl-76とC-130Aという東西の傑作輸送機が仲良く並んで低空を追従していく。
ズンチャカと鳴り響く太鼓のリズムや現地語の謎の掛け声と共に歩兵たちは軍隊らしい行進など微塵もせず独特のステップを踏みながらふらふらと踊るように歩いている。
特殊部隊(と思しき集団)に至っては全身を覆うギリースーツ姿のまま、何故か市街地のアスファルトの上を懸命に匍匐前進でパレードを進行しており沿道の笑いを誘っていた。
空挺コマンド部隊はあろうことか地上でパラシュートを展開し、空気抵抗を全身で受け止めながら「ウラララララァ!」と雄叫びを上げて全力疾走していたり、意味もなくマチェーテの刃先を舐めてニヒルに笑ってみせたりともはや正規軍というよりは「サーカス団」か「陽気な反政府軍民兵の祭典」としか思えなかった。
だがこの君塚視点だと悲惨極まりない底辺の軍事パレードは意外にもズラトポルの市民達からは圧倒的な大好評を博していた。
中には勝手にライオンのマスコットキャラクターの着ぐるみを着て市民に手を振り親しみやすさをアピールしている兵士も居り、子供たちがキャッキャと笑いながらそのモフモフの手を握っている。
近代国家の権化として冷徹で威厳に満ちた軍隊を見せつけるはずが、威厳など砂塵の如く消し飛びだらしなさとカオスさをてんこ盛りにしたこの軍事パレード。
君塚はぐっと握り拳をきつく締めて歯を食いしばり、窓枠に爪が食い込むほど体重をかけた。
尚、ズラトポルの子ども達からのウケは尋常ではなく良く兵士達も親しみやすいよう常に白い歯を見せて笑っているため平原の国の子ども達の「将来の夢ランキング第1位」に『摂政軍入隊』が輝くという異常事態を引き起こしていたが、最高司令官である君塚は全く微塵も嬉しくなかった。
「えー、でも良いじゃん兄さん。こんなに怖くない軍隊なんて割りかし貴重じゃない? どうせ無駄にデカくて強いだけの軍隊よりも、私の方が実戦じゃ役に立つし」
「私もそう思いますよ君塚様! 厳めしくて市民を怖がらせるような軍隊よりも、今の親しみやすい軍隊の方が私も好きです!!」
「……そういう話じゃねぇんだよ、透。そして殿下。彼らが……一応、我らの『主たる防衛戦力』なのですよ。もし他国から、こんなサーカス団のような軍隊だと侮られたら……我々の国家としての権威に致命的な傷を付けてしまいます……」
まさにお祭り気分でパレードを見下ろしているズラトポルの市民達やギフトの聖剣として顕現した結果、何故か性転換してしまった憎たらしい(元)弟の透、そして己の主君であるヤドヴィガが彼らのパレードを好意的に見るのは軍事や地政学のリアルを知らない事情を鑑みれば仕方なかったのかもしれない。
「この間だって、あの高地の国のエリカから『ふふっ、もし貴方の愉快な軍隊が負けそうになったら、急いで駆け付けてあげるわ。それまでに貴方の兵士たちが逃げ出さずに間に合うかはさておき、ね』と、紅茶を飲みながら鼻で笑われてしまいましたし。これ以上は、平原の国の外交的威信に関わるのですよ、殿下……」
窓の下ではパレード中だというのに歩みを止めて子ども達にノートの切れ端でサインをしている兵士達が現れ始めた。
今すぐこの恥の上塗りのようなパレードを中止させたいが明確な口実はなく、むしろここで強権的に断行すれば「気さくな兵士たちを虐げる冷酷な摂政」として臣民の心が政府から離れるリスクすら孕んでいる。
ただでさえ弟の透をチート聖剣として振り回し、自ら最前線に立って隣国との戦争に打ち勝つという本人の思い描いていた「司令室で葉巻を吹かしながら駒を動かす知将」の理想から程遠い状態になっており、血の涙をずっと堪えているというのに流石にそろそろ君塚の精神的許容範囲がオーバーフローを起こしそうであった。
確かに初動のガチャ……いや、ギフトとして透を引けたのは天文学的な幸運だったとは思うのだ。
これは神が用意した『超絶大当たり枠』として設定されていたらしく、とりあえず透を握っておけば勝手に剣が手足を先導して動き不可避の斬撃とビームで迎撃してくれる。
剣の腕など素人同然の悠里でも何とか異世界の強力な剣豪を一方的に討ち取り、この情けないカオス軍隊の戦闘力の不足分を表も裏もたった一人(と一本)で支えてきたのだ。
だが、そろそろ限界である。
高地の国から展開されているパトリオットミサイルシステム部隊に完全に依存しきっている防空体制の脆弱さについても一国としてどうにか独立した形にしたいと考えてはいるが、それ以上に国内の兵站網で致命的な大問題が起き続けている。
(後方の補給処から前線の部隊へ送る部品や弾薬の規格が全く合わないという陳情が悲鳴のように毎日上がってきている……。もう暫く、何処かの山奥に隠居したい……1年程度、戸籍ごと痕跡を消して眠りたい……)
そう、多種多様な東西の兵器をたった一つの軍隊で運用しているという点で圧倒的に「兵站面での弱点」が大いに晒され現場は地獄と化しているのだ。
フランス製ミラージュF1の精密な電子部品やマジック空対空ミサイルが何故か旧ソ連製のMiG-21の飛行隊基地に誤配達されて整備兵が暴動を起こしそうになり、一般兵用ソ連規格の7.62x39mmのAK-47弾薬とボルトが、何故か西側規格の5.56mm弾を使用するM4A1カービンを装備しているコマンド部隊へと大量に送られ、前線で兵士たちが「弾が出ねぇ!」と石を投げて戦う羽目になったりと少しでも書類の確認を油断していると前線の補給事情が壊滅的な事態に成りかねない爆弾を、今も尚抱え込んでいる。
「間もなく龍の国にも侵攻して北方の憂いを絶たないといけないのに……この体たらくじゃどうしたら良いのか……。荷台にDShKを載せたトヨタのトラックで正規軍の待ち構える他国に電撃侵攻なんて出来るわけねぇだろが……! テロリストの車列かよ……!!ファンタジー世界でも通用する訳ねぇだろ…!!!」
「でも兄さんには最強の私が居るじゃん。私が全部真っ二つにしてあげるってば」
「ファンタジー要素のゴリ押しだけで近代戦の戦争に勝てたら、俺はこんなに胃薬を噛み砕いて苦労してねぇ……苦労してねぇんだよ……!」
「でも実際勝ってるじゃん。国内の内乱とか、後は隣国のあのクソ野郎とかさ」
「あれを俺は『戦争』と呼びたくない……呼びたくないんだ……! あれはただの個人による怪獣大決戦だ! それに、未だに国内で燻っている新倉の共産軍にもこの兵力じゃ真っ当に対応出来てないし……!!」
目の前でズンチャカと多種多様な民族楽器を元気いっぱいに鳴らしながら踊っている陽気な摂政軍。
そしてその元締めにして、西側諸国からは悪辣なる簒奪者として恐れられる摂政・君塚悠里はこれまでの転生者狩りにおいて死ぬ程苦労し、自身の軍隊の無力さを痛感する場面が多すぎた。
例えば水を操作する能力を持つ転生者と戦った時のことだ。
相手が作り出した巨大な泥の池の真ん中で君塚の装輪式装甲車はタイヤを取られて無様にスタックし、そこに気休めのクーラー代わりに池の水を水筒に汲んで飲んでしまった兵士達が体内から水分を操作されて次々とズタズタに引き裂かれ1個中隊が瞬く間に壊滅してしまった。
あるいは空を飛ぶ転生者を相手にした時。
荷台の対空機銃を無闇矢鱈に上空へ向けて乱射するだけで弾道計算もレーダー照準もない彼らの弾は雲を撃つばかりで一発も当たらず、結局君塚自身が泥だらけになりながら最前線へ走り出て光の斬撃を飛ばす羽目になった。
最終的に君塚は自分が聖剣化させた透を携えて転生者や大軍を自らの手で相手にし自分の『摂政軍』はあくまで掃討戦や露払い、あるいはただの賑やかしとして用いる事にして誤魔化してきたがそれもそろそろ精神の我慢の限界であった。
一国の最高指導者が最前線で泥に塗れながら大剣を振り回し、乱雑に魔法のビームを撃ちまくるのが、折れぬ剣の力任せで敵戦車をへし切るのが、果たして「軍総司令官」として相応しい姿なのか? 王国を裏から乗っ取った、冷徹な悪党の正しい在り方と言えるのか? と。
「……はぁ……はぁ……俺は、おれはぁ……!! 俺はもっと、システマチックで冷徹な、近代的な軍隊を率いたいんだよおおおおおおおお!!!!」
執務室の窓に額を打ち付けながら悲痛な叫びを上げる摂政のその声は街の喧騒に掻き消され、何処か遠くに響いたかもしれないが誰の耳に届く事も無かった。
「大丈夫よ、悠里。私はあなたのその軍隊を、『無能な役立たず』だなんて一度たりとも思ったことは無いわ」
「うわっ、どっから湧いて出た。……いや、そういう慰めの話じゃねぇ、無いんだよエリカ……! 俺だって……東側で揃えるならT-90MやT-14アルマータの重装甲の車列が欲しかったんだ……! 空の戦力だって、Su-57とかTu-160の編隊飛行が見たかった……! もしアメリカ装備が出るなら、F-22ラプターのステルス機編隊やM1A2エイブラムスで地上を蹂躙したかったんだ……!! なんでテクニカルなんだよ……!」
「でも、背伸びして身の丈に合わない余計な最新装備を持って、整備不良で使い余すなんて事態を招くより、今のままの方がずっと良いじゃない? 私の軍からしたら、そういう『後方支援』や『陣地構築』を文句も言わずにやってくれる補助的な部隊は、とても望ましいのよ」
「補助……そっか……補助部隊か……主戦力じゃなくて、輜重兵扱いか……」
所詮自分の軍隊はエリカのレオパルト2やユーロファイターが戦うための「後方の治安維持」やら「補給物資の運搬任務」、あるいは「敵の弾除け」としてしか使えないという冷酷な判定を同盟国から直接下されたと悟った君塚はもうしなしなと水分を失った植物のように崩れ落ち床に這いつくばって再起不能に成った。
この後君塚は気を取り直してシグルーン派の為に大規模な解放戦争を仕掛けることになるのだが、そこに新倉の率いる『真の近代装備を持った赤軍』や無数の能力を持った転生者たちに襲撃されさらに胃に穴が空くような大変な事態に巻き込まれていくのだが……それはまた別の泥沼のお話である。
GW用




