しかし敵対者は居る
幸せな香りに包まれて
朝目が覚めるとむにっという感触と共に悠里の右腕に抱き着いて静かに眠る目の前の透の寝顔が視界に映る。
銀色の糸のように透き通る髪の毛は以前に増して輝いており、陶器のような肌の艶も瑞々しくハリが出てただでさえ美少女であったのに更に若々しさが増して美少女ぶりが加速している。
「おはよう透、朝だぞ」
「ん、あれぇ?もう朝かぁ。おはよう兄さん、今日も兄さんは素敵な姿だね……ふぁぁ、兄さん大好きぃ♥」
えへへと笑う透、そして悠里は異性として元弟に認識されている現実から必死に目を逸らそうとしていた。
「ねぇ兄さん、今日も兄さんが隣りに居るって幸せな事なんだねぇー♪だって兄さんは私の事大好きなんでしょ?」
「弟としてな。女としてではなく、家族としてなら大好きさ」
「……そこはどっちもであって欲しかったなぁ」
彼女は夜入院中中々入眠出来ず錯乱して暴れる事が多く悠里は自宅で引き取る事にして様子を見ているが、邸宅に迎えて以来彼女は普段大人しくしており君塚の服を着て普段は過ごしている。君塚は悔いていた、幼い頃の様に彼女の傍にいてやればきっと悪夢を共に乗り越えさせられるのではないかとさえ考えている程にだ。
少ししてドアがノックされ桂木が「失礼します」と入室してきた。
「ご主人様、そして透様、朝食の準備が整いましたので食堂までお越しくださいませ。」
二人は服をそそくさと着替えて食堂へ向かった。
新しく屋敷に加わった透――兄の添い寝権を独占する元弟――に対し、ナディアたちは少し気まずそうな、あるいは羨ましそうな視線を向けていた。
その視線を察した君塚はふとナディアの母親について聞いた。
「そう言えばナディア、お母様は元気にお過ごしかい?最近色々忙しくて気にかけておけなかったからな」
「はい、母は今君塚様のおかげで大変良くしてもらい今はすこぶる元気でございまして…今度また母にお会いしていただける日をお待ちしております。ついでに家族で旅行とかも行きたいですね」
戦狼の国のスルタンから解放した彼女の母親は元気で過ごしていると伝えられ、君塚は取り敢えずまた一つ安心すると共に今日の予定を確認していた。
執務室では龍の国の侵攻計画を立てたり真の王派への支援を行うルートの策定を検討して龍の国の現体制を打破しようと動きつつ、内政面では王国全土に張り巡らされた鉄道を利用する様に成った国民達の鉄道利用を促進し物流の面での改善を行なっていた。
そして産業でも自由化を進め民間の鉄工所等の製造業の発展に対して多額の助成金を交付して成長を促進させ高地の国に対して対抗出来るよう富国強兵策を取った。
そんな中、君塚は大規模な人身売買の報告を警察から受けて急ぎ摂政軍と呼ばれるように成った君塚の私兵達は現場に向かい包囲した。
聖女の素質の有る女性を龍の国に売り渡そうとしていたのでその密売組織を取り締まりの為に軍が出動してMi-35Mから降下した兵士達は下級妃や傭兵達を撃破して君塚は何とか一日を慌ただしく終えることに成功した。
そして解決を珍しく先送りにして放置していた問題への対処を君塚はこれから行う事にした。
以前龍の国から連行された神堂の上級妃綾錦繭は君塚に連れられて王都ズラトポルの丘の上に有る人気の公園に来ていた。
彼女は以前着ていた白無垢から一転して年齢に似合いそうな学生服を模した服装にして、出来るだけ年相応の振る舞いをさせようとしていた。
二人はここまで君塚の運転するトラバントで来ており、全身を底から揺らす激しい騒音や振動に二人は耐えながら来ていた。
なるべく丁寧に走ってもコレなのだから東ドイツ製の走る段ボール紙の渾名は伊達ではない。
そして二人が到着すると暫く綾錦はトイレの中へと駆け込み、暫く籠ってから口をハンカチで拭いながら出てきた。最近の綾錦は平原の国の食事が合うのか彼女も栄養失調から脱却しようとしているとメディカルスタッフから連絡が有ったばかりだ。
「うわぁ、この夕陽は綺麗ですね、君塚さん!私こんな綺麗な所、転生後に始めて来ました〜まさかこの国にはこんな所があるなんて〜」
「そうか、喜んでもらえるとは冥利に尽きるよ綾錦さん。君のようなカワイイ女の子を連れて来れて俺も幸せさ」
この公園は王都の若いカップルに人気であり、君塚が運営している公社で働く現地人労働者達はここで愛の言葉を交わす事が多い。
「色んな方々がいらっしゃるんですね、平原の国って」
その眩しい笑顔を見て頃合いと感じて口調を少しだけ変えることにした。今からどうしようもない悪役としての振る舞いへとシフトチェンジしていく。
「……そうですね。平原の国は、多分そうですよ」
特に今のように夕陽がさし込んでくるとまさに絶景でありこの場でプロポーズするカップルも居る。
しかし彼女はまだ虚ろな目で君塚に話しかけていて神堂の洗脳は解けておらずむしろ神堂への依存は強まっている可能性が有った。
「でも君塚さん、私にはその……主人が居ますからこんな事……」
「……そうですか御婦人、なら私は貴女に『お話』がございまして」
君塚は少しだけ、今だけはギアを更に加速して仮面を被ることにした。
「?何ですか君塚さん、私にご要件とは??」
「ええ、少しだけ目を閉じていてください。すぐ終わりますので」
そして懐からサングラスと葉巻を取り出して火をつけて咥えサングラスをかけて、腰のホルスターに提げていたMP-443をスライドを操作して薬室に弾を送り、彼女の頭部へ向け構えた。
「では、目を開けてください御婦人」
「…?っ!?な、何のつもりですか君塚さん!?私に何をするつもりですか!??」
へたり込んで尻もちを付いた綾錦は後退りするも柵追い詰められ恐怖のあまり過呼吸気味に成る。
「こんな事は私もしたくないのですが、神堂龍牙の妻である事を放棄して頂きたく此度のような始末に成りました。御婦人殿。」
「ひっ、な、何でこんな……何で!!わ、私を殺しても主人は」
「貴女が主人と呼んでいる男は!私のメイドに成った桂木つむぎと雨宮美羽をアッサリと捨てた男です!!目を覚ませ、綾錦繭。これが最後のチャンスだ、あの男はアンタのギフトだけを欲して利用した!そして今、下級妃の何人かよこしたら助けられるかもしれないのにっ、大事な存在である筈なのにアイツはアンタを助けに来やしないんだ!!」
「!!!」
険しい顔をして君塚は妃の地位を彼女に捨てさせようと必死になる。
この場面から少しだけ時間を遡り、担当官ニケを君塚は呼んだ。ニケへ確認しなくてはならない重要事項が有ったからだ。
【やっほー☆チケット使い果たしたのに何故かアタシ呼んだ暇塚くん♪どしたん?暇なん??チケット無きゃガチャ回せないよー??】
「違う。今回は確認事項が有ったからだ。…俺の所に居るメイド達とか、透、そして綾錦の件だが」
【んー?成る程ー、つまり元含んだ妃達、そして聖剣にされたとはいえ転生者な透ちゃんの事についてだねー?なら簡単に答えられるよ、耳の穴かっぽじってよーく聞いてね君塚ちゃん?】
「あぁ、宜しく頼む」
【おっけー!じゃ説明するね!!】
ニケは今大会における転生者達のシステムの範囲内で大切な人に分類されてしまっていた女性達について運営のルールではどの様な扱いなのか確認していた。
【ではではー今回の一件においてーまず桂木ちゃんと雨宮ちゃんの件はね、棄権扱い。彼女達は今大会で棄権した参加者として扱われて二度と蘇生する事と願いを叶える権利は没収されたけどギフトとか不老とかはそのままで尚且つこの世界で生きる権利を得ることが出来るよー♪】
「……つまり俺はあいつらを殺さなくて良いという事か」
【そ!そういう事なの!で君塚透はそもそもこの世界には居ない筈の存在として判定されているから参加者じゃないしご自由に!!って判定、まぁアンタなら少しキレてそうだけど殺さなくて良いなら良かったんじゃない?】
「……ああ、確かに腹が立つが……しかし殺さなくて済むならそれが一番だ。肉親を殺すのは流石にな」
そして彼が今まで匿った少女達は変わらず庇護下に居る事もまたこの確認で判明した。
「……所で一つ確認なんだが、神堂の上級妃の綾錦の件だ」
【……彼女はまだ参加者よ、残念ながら神堂のハーレムから自発的に離脱させるか若しくは神堂に切り捨てさせるか、それとも……まぁ言わなくてもわかるでしょ?】
「……はいはい、上手くやりますよ。俺はなんてったって究極で完璧な摂政様だからなぁ?憎まれ担当転生者なんて涙出そう」
【上手くいくって君塚ちゃん♪その女誑しっぷりで張り切っていこー!!】
お気楽そうな彼女へため息を大きくついた後ソコロワ中尉を呼び念の為にバックアップに付くように要請しておいた。
ソコロワは既にSV-98を構えて綾錦の心臓を狙える様にスコープの調整も終えてボルトを操作し、薬室へと7.62mm弾を入れたばかりだ。
「や、やめて……私、私は……!!」
「俺もこんな事はしたくない。でもアンタは今選択肢が2つしか無いんだよ、今死ぬか、それとも神堂のハーレムから自発的に抜けるか。さぁ、選べ」
「うう……でも抜けたら、抜けたら私日本に帰れない……」
『同志、今なら撃てます』
「待て……まだ撃つな。じゃ、死ぬか?それも良いが」
「でも死にたくない……」
「どっちだ!さっさと選んでくれ!!」
君塚は時間は無いことを伝えて神堂のハーレムから抜けるかそれとも死ぬかを選択させようと必死に恫喝していた。
こんな場面が見られたら十中八九通報案件だが彼は平原の国の摂政、誰も通報出来るような存在ではなかった。
そして泣き出しながら綾錦は取り返しのつかない決断した。
「わ、分かりましたぁ……分かりましたから、抜けまず、抜けばずぅ……うぅ、うううう……」
「分かった。ありがとう、弾薬の節約に成ったよ」
しかしすぐさま君塚は突然倒れ込んだ。
『同志!?』
「んぐっふぉ、ゲホッ、ゲホッ、かはっ!な、ゲホッ、ゴホッゴホッ、オエッ」
「え!だ、大丈夫ですか君塚さん!?」
「だ、ゴホッゴホッ、はぁ、はぁ、大丈夫。少し葉巻のけむ、ゲホッ、煙を肺に吸い込んでしまっただけだ」
息を切らしながら綾錦に与えていた水筒から水を飲ませてもらい君塚は何とか体制を立て直してから綾錦に対して今回の件の理由を伝えた。
彼女の目はいつの間にか光が戻り、幻に狂って愛を求める愚かな女の顔から年相応の少女の溌剌さが残る顔立ちに成っていた。
「先程はすまなかった綾錦さん、俺はアンタを助けたかっただけだ。リタイアにさせないと必ず殺さなくてはいけなくなったんでね」
「ふーん……そういう事でしたか……そうですよね。私、ずっと待ってたんです。王子様が助けに来てくれるって。でも来たのは貴方でした……悔しいけど、貴方の方が『王子様』みたいです。……責任、取ってくださいね?」
「ああ、取るさ。君は俺に対してフックが有るのだから存分に使え、有利なうちに交渉するのは大人の階段の第一歩だ」
「ありがとうございます、君塚さん。ではそのアドバイスを心に留めておきますね」
そして気を取り直した綾錦は君塚に責任の取り方を伝えた。
「なら一つ、……私日本に帰りたかったんですけど〜今回の件でもう帰れないじゃないですか〜。なら私の為に願いを叶える権利を使ってください!それが私に対する責任の取り方という事で!!!」
「……分かった。それなら検討しておくよ。それと何か要るものは無いのか?」
「なら私からも、ギフトを使って聖剣様…あっ失礼しました。え~と確か弟様でしたっけ?あの人の為に一着素晴らしいドレスを仕立てますから、どうでしょうか?」
「ありがとう、綾錦さんのおかげで俺のシャツの洗濯代が少し浮きそうだよ……寧ろ俺の愚弟の為に動いてくれるのは感謝しないといけないな」
「ついでに私も…雇ってくれたり?」
「勿論するよ、それが俺の責任の取り方さ。無責任に放り出してしまうのも気が引ける」
「やったー!これで私は頼りになる旦那様ゲットー!!」
「その誤解を招く表現を俺の周りの女に絶対言うなよ?面倒くさいから(てか旦那様って何だ…?)」
そして綾錦が君塚の邸宅に入り無事ハーレムは拡大していった。
一方その頃龍の国では二人の美少女を侍らせて寝台に寝ていた神堂龍牙は君塚の勢力拡張に焦りを覚えていた。
(このままじゃやべぇよな…あのおっさん既に平原の国の支配固めた後だしシマ取るのも一苦労だろうな…女性支配はあっちの女には効かないし)
そこで山の国から低地の国への攻撃要請が来ていた事を思い出し、低地の国の『空間絵画』の回収に向かう事にした。
「おい、美嶺、真奈、起きろ。ちょっと話が有る」
二人の美少女は起き上がった。
戦闘部門のトップの月白美嶺と月白真奈は前世からの付き合いであり彼女達どちらとも交際していた過去が有る。
─そして月白美嶺は神堂の前世の直接の死因では有るが神堂は気にせずそのまま彼女を上級妃として迎えていた。
「んん?何かな、りゅーくん?また反乱軍の鎮圧?」
「王子様〜私また何処かに行かされるの〜?」
神堂は二人に向かって悪巧みを打ち明けた。
「いや、今度は皆で旅行に行くぞ。場所は低地の国だ、戦闘部門の下級妃共に伝えろ。『空間絵画』を取りに行くと」
「はぁい、分かったわ。ならさっさとあの役立たず達に伝えてくるね♪ふふ、りゅーくん。また新しい女? ……いいわよ。どうせ最後は私が『処理』するんだから」
「うん!分かったよ王子様☆なら私もさっさと王子様に媚びてる無能達に連絡してくるね!!わーい! 旅行だ旅行だ! 邪魔な虫さんたちは、私が燃やしてあげるね王子様!」
そして二人が去った後神堂は低地の国に向けて獲物を見つめる狼のような視線を送っていた。
「……あの時の公園は、いつまで経っても変わりませんね。悠里さん、いえあなた」
「あの時はすまなかった……この言葉を俺は何回妻達に言えば良いんだろうか?出会いが最悪のパターンが多過ぎる」
「人の出会いなんて如何様にも成りますよ。そんな事を気にされていたのですか?」
頭を抱える君塚悠里、思い返したら大体今の妻達は敵かそれとも君塚が利用しようとしていた人物達だった。第一印象は最低最悪のパターンが多く、頭痛がし始めてしまう程のワンパターンぶりであり、そして何回も元々何かの相手が居る女を奪っているパターンだ。
綾錦繭──今は君塚繭は全く気にしていなかったが君塚悠里は気にしているようである。
「でも私はあなたのお陰であの男から離れられました。そして……必ず助けてくれるとも信じられるように成りましたし」
「そうか、俺はこのパターンの出会いさえ無ければなっていつも思うんだよ。普通に女と出会いたいってのは贅沢なのか?」
「私達と出会った上でそれを言いますか……あなた?」
「幸せ者なのにそんな事を言って申し訳ございませんでした」
またもや萎縮する君塚悠里、恐らくだが夕陽に照らされている妻の笑顔を見て恐ろしいメスライオンの姿が幻視されたのだろう。
狂気は解き放たれる




