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【祝累計15000PV突破】何故現代兵器をファンタジー世界へ持ち込んではならないのか?  作者: ウォルギリウス
第10章

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結婚狂騒曲

騒ぎが始まり

「ぐぬぬ…」

「ふん!」


シグルーンとエリカの婚姻関係爆弾トークのせいで、鷲の国・皇宮の貴賓室は氷点下の修羅場と化していた。君塚悠里にとってそれは完全なる寝耳に水であり、青天の霹靂であった。

自身の婚姻という国家の命運を左右するカードがあろうことか龍と虎の睨み合いの中で勝手に切られようとしている。彼は天を仰ぎ悲嘆しながらも眼前に迫る外交的・個人的な大事故の処理に忙殺されていた。


さらにそこへ追突事故を起こさんとばかりに接近してくる人物がいた。君塚が二人の視線の交差から何とか逃れ、バルコニーの近くで息をついたまさにその時である。


「君塚さん! お久しぶりです!!」


背後から、小動物のような愛らしさとそれを裏切るほどの重く熱の込もった気配が近づいてきた。低地の国の次期女王・月白もねである。


平原の国で見かけた地味な大使用の制服ではなく、夜空を思わせる深い青を基調とした豪奢なドレスを纏っている。物静かな彼女の気質をよく引き立てる装いであり、要人たちが集うこの場において、彼女は『大国の王太女』に相応しい洗練された振る舞いを身につけていた。


「お久しぶりです、もね殿下。少し見ない内に、ずいぶんと麗しくなられたご様子で」

「ええ、君塚さんもとても逞しくなられておりますね。『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言いますが、武勇も誉れ高くなられておいでで…」

「もね殿下…ありがたき御言葉です」

「心配していたのですよ? 君塚さんが攫われたと聞いて、もう、寝ても覚めてもあなたの心配ばかりで…胸がとても辛くて、裂けそうでした…!」

「もね殿、一応死んではおりませんでしたしこの様にお会い出来ておりますよ」


大袈裟な、と君塚は心の中で苦笑した。だがもねにとっては決して大袈裟な話ではなかった。君塚が新倉に誘拐され行方知れずになったと聞いたあの日から、彼女は涙に暮れ、豪勢な食事も一つさえ喉を通らない日々を過ごしていたのだ。


一時は仇討ちのため自らのギフト『空間絵画』で無数の軍隊を描き出し、ソビエトへと単独で攻め込むようウィレム王に猛烈に働きかけていた。

低地の国がソビエトへ宣戦布告する一歩手前まで事態は逼迫していたが、君塚自身の手によってソビエトが崩壊したためその世界的惨事はギリギリで回避されたのである。


「ならどうして、どうしてもっと早くに、私に生きていた事を伝えてくださらなかったのですか…!」

「…それは、その」

「ハッキリと申し上げます、私はあなたをお慕いしております! 今も、低地の国を救っていただいたあの時から連綿と、この気持ちが断たれたことは一度も無いのに!!」

「さ、左様でございましたか」

「過去の話ではありません君塚さん! なのに…なのにっ、勝手に…居なくならないでくださいっ…!!」


もねの大きな瞳に涙が浮かぶ。だがそれは悲しみの涙ではなく、彼を失うかもしれないという恐怖と自分の元から勝手にいなくなることへの『静かなる怒り』によるものだった。


君塚は自らの不手際でこの可憐で、しかし底知れぬ力と未来を持つ少女をここまで追い詰めてしまったことに強い責任感を感じた。彼はためらいつつもそっと彼女の華奢な肩を優しく抱き寄せる。


「もね殿、今までのご無礼をお許しくださいませ。生存の報告についてはもっと早く、貴女に直接するべきでした」

「そうです、だから私、ずっと心配してたんですよ…」

「申し訳ございません…」

「なら、ここで口付けをお願いします。それが、私が貴方を許す為の、『誠意』と見做しますから」


グイッ、と。


もねは君塚の襟元で結ばれたネクタイを強く握り強引に自らの顔へと引き寄せた。互いの息が交わり合う距離。彼女の内に溜まりに溜まった重く濃密な情念が、君塚の肺へとダイレクトに注ぎ込まれ胃もたれを起こしそうなほどの熱量となって彼を包み込む。


「お願いします。もうあなたが何処にも飛び去らないなら、あなたと私の未来の絵を、私…いくらでも描ける筈なんです」

「…そこまで仰られるなら」


君塚は観念し、彼女の柔らかい唇に軽く口付けを交わした。

一瞬だけ唇同士が触れ合い、もねがさらに深く舌を絡めようと身を乗り出してきたが、君塚は理性の防壁を堅くしてそれを阻止し、すっと身体を離した。


「…いけずです。君塚さん」

「本日はこれにてお許しください、もね殿。今日はアナスタシア陛下の即位の日でございますし、まだ日も高うございます」

「なら、今日のこれで『あなたが行方不明だった件』は許します。ですが…今度は私から、貴方の邸宅をお訪ねしてもいいですか? 描きたい題材が…出来ましたので」

「ええ、貴女ならいつでも歓迎いたしますよ」

「でしたら、その約束絶対にお忘れなく。それでは、失礼します」


別離を惜しむように何度も振り返りながらもねは去っていった。

女性たちの凄まじい情念の群れから漸く解放された君塚はバルコニーの冷たい大理石の手すりに寄りかかり、大きく息を吐き出した。


「それにしても、どうしてこうなった……」


思えば異世界に放り出されてからずっと戦い続きだった。手の届く範囲の人間は必ず助けてきたつもりだ。だが、彼女たちとの繋がりは所詮『この大会においての仮初の縁』でしかない。自分が大会で勝ち残り現実世界へと帰還すれば、この世界での社会的地位も関係もすべて夢幻の如く泡沫のように消えてしまうはずなのだ。


なぜ彼女たちはこれほどまでに自分にしがみつき、離そうとしないのか。君塚は自分自身への疑問を抱き、やがてそれは自己嫌悪へと至る。


どれだけ巨大な国家を築き、どれだけ多くの女性たちに愛されたところでいつかは去らねばならない。この世界に根を下ろし過ぎてしまった。もし自分が去る時、彼女たちはどう生きていくのか。どうすれば自分が居なくなった後、この世界を『軟着陸』させられるのか。


その日が遠からず訪れることを思うと胸の奥が苦しみで締め付けられる。無責任に彼女たちの人生を狂わせているのではないかという罪悪感が、彼を苛んでいた。


「浮かない顔ね、悠里」


バルコニーの静寂を破ったのはすっかり勝ち誇った笑みを浮かべたエリカだった。どうやらシグルーンを論破し、正妻としてのマウントを完了させたらしい。


「シグルーン陛下との話し合いは終わったのか、エリカ。あまり国際問題にはしないでくれよ。既に遅かったかもしれないが」

「あら、あんな事で国家間のトラブルに発展すると思ってるの? 笑える冗談は苦手なのかしら」

「そうじゃない。龍の国の心象を今より悪くしたらその尻拭いをするのは俺なんだから、出来れば控えて欲しいって話だよ。良き妻なら夫を政治的に支えるもんじゃないのか」


その言葉を聞いた瞬間、エリカは吹き出しそうになるのを必死に手で押さえた。


「んぐっ、ぶふっ! あはは、あなたがそれを言うのかしらっ!!」

「皮肉だよ。ただでさえお前のせいで縁談がこんがらがっているし、下手に立ち回ったらヤドヴィガ殿下がキレたり、透が本格的にメンヘラ化して暴走するかもしれんのだぞ?」

「あら…そんな事であなたが悩むのね? 不思議…でも、らしいと言えばらしいかな。だって細かい事で深く悩み、国家の存亡みたいな大きな事では雑に即断即決するあなたの事だもの。なら仕方ないわね。ふふ」

「何か笑う所が有ったか?」

「いいえ、別に」


雑事に対して真剣に苦悩し、大事にあたっては躊躇なく決断を下していく君塚の姿にエリカは深い懐かしさを覚えていた。


つい前世の記憶が先日のように蘇る。彼によって救われた、あの日の光景が。


当時、大学生になったばかりのエリカはサークルの新歓で先輩から言い寄られ押し切られた結果交際を始めてしまった。君塚はある種の祝福をしてくれたが、その男の目的はエリカの肉体だけだった。


ある夜、飲み会で悪酔いさせられたエリカは無理矢理ホテルへと連れ込まれ、乱暴されかけていた。恐怖と絶望の中で彼女が抵抗の限界を迎えたその時、扉をガンッと蹴破る轟音が響いた。


『いや!! やめて、離してっ…!!! 来ないで!!!』

『いいだろエリカ! 俺はもう、そのおっぱい見てたら我慢出来なくなっちまったんだよ!!』


そこに立っていたのは幼馴染の君塚悠里だった。


『人様の妹分に、何してくれてんだ?』

『ゆ、悠里?』

『あ? 誰だてめっ!?』


君塚は一切の躊躇なく、男の顔面に強烈なストレートを叩き込んだ。


『喧しいぞ、ったく…』

『どうして…ここがわかったの?』

『俺も女を抱こうと思って嬢を頼んだら断られてな、やむなく外に出ようかと思えばこの様だ。帰るぞ、エリカ』


嬢に断られたというのは彼の不器用な嘘だった。

たまたま近くのアパートに後輩の社員を送り届けた後、酩酊状態のエリカが男にホテルへ連れ込まれていくのを見かけ不審に思って後を追ったのだ。隣室を借りて壁越しに耳を澄まし、彼女の悲鳴が聞こえた瞬間に扉を破壊して突入したのである。


『…ごめんなさい、悠里』

『気にするな。気にするくらいなら、もう少し男を見る目を養え』

『…そうね、そうするわ』


だが、この事件のトラウマはエリカの心を深く抉った。翌日からは大学内で男たちの視線がすべて自分を性的な目で見ているように感じられ、過呼吸を起こすようになった。すべてが煩わしくなり、生きていることすら苦痛になった彼女はワンルームマンションのベランダから夜景を撮影し、君塚へと短いメッセージを送信した。


『月が綺麗ね』


穢らわしい男たちの獣欲が蔓延る世界で一体何を信じて生きれば良いのか分からなくなった。そう言い遺してこの世を去ろうとした彼女のスマートフォンに、すぐに君塚からの返信が届いた。


『なら生きよう、どこまでも』


その意味をエリカは少しだけ考えた。文学的なニュアンスなら、相応しい解答は『死んでも良い』のはずだ。なのになぜ彼はそう返さなかったのか。


ベランダの冷たい風に吹かれながら思案していると玄関のチャイムが鳴った。欄干に足をかけていたエリカは戻る気も、出るつもりもなかった。だが、ガチャリと音が鳴り合鍵を渡していないはずのドアが開いて、君塚が息を切らして駆け寄ってくる足音が聞こえた。


『エリカ…今日も月が綺麗だな』

『ええ、綺麗よね。いつだってそう、綺麗な物は綺麗よ』


二人の間に張り詰めた緊張感が走る。愛の為に止めに来た者と、今まさに死なんとする者。


『だが俺は生憎、月は嫌いなんだよ。理由はわかるか?』

『さぁ、他人の考えなんて私は超能力者でも無いし魔法使いでもないからわかんないわ』

『月はまるで夜空に己しか居ないように孤独に振る舞うくせに、太陽が出たら途端に光を奪われ、逃げ隠れする卑怯者だからさ』


それは優秀な弟妹に囲まれて劣等感を抱いていた彼自身の独白であり、同時に孤独に殻に閉じこもろうとしているエリカへの痛切なメッセージだった。


『それと私、悠里へ合鍵なんて渡してなかったように思うんだけど』

『そうだな、合鍵はもらってない。管理人に事情を話して強引に開けさせた』

『ならどうしてそこまでして入れたのかしら』

『……根気と、愛、かな?』

『バカじゃないの。不法侵入者、社会不適合者の変態、ストーカー、犯罪者』


大好きだった幼馴染に向けて、エリカの口から感情の防波堤が崩れたように罵詈雑言が飛び出した。


『犯罪者で結構。だが、こうやってお前の最期を見届けられるなら本望だ、エリカ。人が最も不幸な死に様を迎えるなら…どの様な死に様かわかるか?』

『…知らないわよ』

『誰にも看取られず死ぬ、「孤独死」さ』


確かにこのまま飛び降りて死んでしまえば、冷たいアスファルトの上で無惨な死体を晒し、誰にも看取られずに寂しくこの世を去ることになっていただろう。


『俺は、身内には誰にもそんな死に様は晒させたくない。特にお前のような美人を、そんな形で終わらせるような事はさせたくないんだ』

『…』

『変態でも犯罪者でも構わない。俺はエリカが一人寂しく死んでいくなんてさせたくないし、ましてやあんな事件のせいで苦しんでるなら、どうしてお前をほっとけるかとずっと悩んでいた』

『…そう』

『だから…エリカ。死ぬなら俺も連れて行け。そうでないなら、死ぬな。でないと俺は無責任な男になる。お前を力尽くで捩じ伏せようとしたあの男と―』

『冗談言わないで!! あんな奴と同じなんて、あり得ないわよ悠里!!』


エリカは欄干から部屋へ戻り、君塚の胸ぐらを掴んでその頬を力強く叩いた。平手打ちの衝撃で君塚は少し仰け反ったが、そっと体勢を立て直して彼女を見つめた。


『…ありがとうエリカ。勝手に何処かへ行かないでくれて』

『バカ! バカ悠里!! 何で、どうしてそんなに…!!』

『バカなの、か? 俺はバカさ。だって男だぞ? 男だからバカなことやってるバカな奴のほうが、人生楽しくなるんだよ』


笑いながら、君塚は泣き崩れるエリカをそっと抱きしめた。辛かった彼女を守れず助けられなかった事への深い後悔と共に。


『そんなバカな俺だが、お前を助けてやりたい。お前が苦しむなら俺もそれを分けてくれよ』

『…バカ悠里。なら、一生分苦しめなさいよ』

『大いに結構、交渉成立だな』

『鼻の下伸ばし過ぎよ…悠里』


こうして交際がスタートした二人だったが、その関係はそう長くは続かなかった。二人が肉体関係を結ぶよりも前に大学卒業と同時に君塚は不慮の交通事故で命を落としたのだ。エリカはその後を追うように食事を絶ち、栄養失調で死んだ。


そしてこの転生者たちのデスゲームへと参加し、ドイツ系の軍隊創造と官僚創造が混ざったギフトを駆使し、50年という途方もない時間をかけて『高地の国』という大帝国を築き上げてきたのだ。


ナチス・ドイツ時代の軍人や官僚たちを屈服させ協力させる過程で何度も心が折れかけたが、現世で君塚を蘇らせて再びあの蜜月の時を取り戻すまで彼女は止まることを望まなかった。


だが50年の歳月が過ぎた後、平原の国にて彼と同姓同名の人物が現れた。調べた結果、それが君塚悠里本人であることが分かり、すぐに迎えに行ったが追い払われ…色々とあって、今に至るのだ。


「…色々有って、私は、うん。なら決心が付いたし、頃合いよね」

「…まさか自殺しようとかしないよな? こんなタイミングで」

「バカじゃないの、悠里。折角楽しい世界に成ったのにそんなつまらない真似はしないわ…そのかわり」


エリカはバルコニーの手すりから身を離し、君塚の目を真っ直ぐに見据えて宣言した。


「大会を、辞退するわ」


その言葉の意味を理解するのに、君塚は数秒の時間を要した。


「良いのか? お前、優勝の願いが…」

「もう叶ったもの。私にはもう、神の景品なんて要らないのよ」

「…そうか。なら、お前とは戦わずに済みそうだな」

「良かったでしょ? 悠里。私を手に掛けるなら凄く苦しみそうだし、私も2回も死は味わいたくないのよ」


あっさりと大会を辞退し、このファンタジー世界に根を下ろして君塚と共に生きると宣言したエリカ。その言葉を聞き君塚は困惑しつつも深い、魂の底からの安堵を覚えた。彼女と戦えば勝つだろうが、間違いなく己の心を一生苛む傷になっただろうから。


「で、悠里。これで全部障害はなくなったわね? さっさとゲルマニアで祝言を挙げましょう。関係者も集めて…って、悠里?」


真剣に見つめる君塚の目から、ふっと光が抜けた。

彼の脳内では途方もない地政学的計算が処理限界を超えてスパークしていた。


高地の国が大会から降りる。それはつまり、平原の国と高地の国という二大超大国間の『バルバロッサ作戦』や『ウラヌス作戦』レベルの数百万の死傷者と国土の完全な焦土化を招くであろう絶対的破滅戦争が、完全に回避されたことを意味するのだ。


人類史に残る未曾有の災厄をただ「政治的勝利」という形で、血の一滴も流さずに乗り越えたのである。

そして君塚は極度のプレッシャーからの解放と安堵により糸が切れたマリオネットのように白目を剥いてその場にバタンと倒れ込み、気絶した。


「…悠里? 悠里、どうしたの!? 悠里ぃぃぃぃい!!」


エリカの悲鳴を聞きつけ護衛の兵士たちと医官が慌てて駆け寄る、すぐさまホールから運び出され医務室へと搬送される平原の国・摂政。

大戦争を一つこの世界は完全に回避することに成功したのだ。一人の男の胃痛と過労、そして気絶と引き換えに人類史は寿命が延びたのだ。

そして大きくなる


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