乙女から見た今の世界
幼き王の運命は
哀れなる女王ヤドヴィガは変わりゆく祖国の姿を目の当たりにし、今までこの国を統治してきた父王のあまりの無能さに嘆息しました。同時に君塚悠里という「救世主」に対し心の底から感謝の念を抱くようになりました。
わずか5歳の少女がその目に焼き付けてきた光景は地獄という言葉以外が表現するのに相応しくない劣悪な環境そのものでした。
王宮の何処にも彼女の為の居場所はなく、安息さえ与えれずただ王族達の不満や鬱憤をぶつけられて虐げられるだけの存在。
彼女にはどうしようもないほどの生まれた直後の記憶が鮮明に脳裏に刻まれ残されています。
産み落とされた直後父王カジミェシュ8世が母を求めて服を破きのしかかり、狂ったように「次の子」を求めていた光景。
そしてその最中に母に対して嫉妬に狂った他の妃が乱入しカジミエシュの制止を振り切り母の首を絞めて殺害した場面までも。
その吐き気を催すような地獄絵図は君塚が現れるまで彼女の心を苛み続けていました。
母アガタは酒場で働くただの町娘でした。
ある日突然現れたカジミェシュに連れ去られ無理やり孕まされ、運悪く最初の子が流産だったことで再び犯され何度も流産や死産を繰り返した末に5人目でようやく無事に産まれたのがヤドヴィガだったのです。
ですが3歳になってもヤドヴィガには半分が平民の血であるが故に卑しき生まれとして教師はおろか召使いすら与えられませんでした。
父は相変わらず領内から聖女の素質を持つ女をかき集め必死に自分の胤で子を産ませようとしており、ヤドヴィガはその狂気に怯えることしか許されませんでした。
礼儀作法も言葉遣いも誰にも教わらずただ異母兄姉たちの振る舞いを遠くから見て真似ることで必死に身につけたものです。
カジミエシュの代で起きた王位継承争いで疲弊した国を立て直すために強力な兵器である「聖女」を求める。
その理屈はこの世界の国益に繋がる行為としてなら百歩譲って理解できるかもしれません。しかし自国の民を置き去りにし、暴虐を働いて私益に走る貴族を野放しにし国を崩壊寸前まで追い込んだ罪は消えません。聖女の血縁というだけで連れ去られ子を産む機械にされる地獄。
ヤドヴィガは幼い胸の内に父、否この世の男性への恐怖と軽蔑を心の奥底に押し殺していました。
ある夜、ヤドヴィガは意を決して君塚に問いかけました。
「君塚様。私が聖女として覚醒した後…もし退位したとしても…貴方は私をただのヤドヴィガとして見てくださいますか?」
心細く、そして今にも泣き出しそうな悲しみの音色を奏でる震える声でした。
突然現れて全てを取り払い、何も価値のない存在である自分を傀儡として玉座に据えた力を持っている男への問い。
正直に言えば自分を兵器として使い潰されるならまだマシな方で最悪の場合は他国へ売り飛ばされたり、あるいは父と同じように自身の胎を「産む機械」として扱われる未来すらあり得るのです。
その問いに対し特に考える様子もなく君塚は即答しました。
「はは、そうですね。何か怖い事でもございましたか?」
彼は静かに彼女の目線に合わせるように膝をつき、優しくその小さな肩に手を置きます。
「殿下。私は貴女に対してそのような不埒な真似は致しません。以前に交わした契約の第2条で『王族全員の身柄の安全』を保障しています。つまり、貴女もその王族の中に含まれます。禅譲された後もご安心ください。何処へでも行き、誰とでも番い、そして自由に生きてくださいませ」
君塚は諭すように続けました。
「ああ、ですが。もしヤドヴィガ様がご不安ならいつでも私の許へ来てください。その場合であろうと私に出来る事が必ずあるはずです。貴女様を王位から降ろした男として、その責任は忘れず一生背負うつもりですので」
その言葉はヤドヴィガを救いました。
彼女は幼いながらも地獄のような経験によって精神が無理やり成熟させられていました。
だからこそ分かったのです。
この男は自分を「聖女」としてではなく、「一人の少女」として見てくれている。
自分へは母のような聖女の血縁由来の悲惨な体験は絶対にさせないという強い意志を感じました。
だから、彼女は特大のわがままを彼にぶつけました。
「でしたら! 私の母のような人を減らして…いいえ! 私と共に、私の母のような悲劇をこの国から無くす手助けをしてくださいませ! 君塚様!!」
これまた特に何も考えることなくまたもや即答する君塚悠里。
「仰せのままに、ヤドヴィガ殿下。私も元よりそのつもりでした、聖女と言えど人権は守られるべきですからね」
君塚は迷わず肯定しました。
彼とて生き残りたいとは思いますが無意味に弱者を搾取して資源と時間を浪費する悪党になりたいわけではありません。
ましてや目の前の世界の規範や法則の被害者たるこの少女やその同類を性奴隷にするつもりなど毛頭ありません。
むしろ、もしヤドヴィガが母親と同じ目に遭わされたとしたら君塚は自分への怒りで理性を失い全戦力を以てその犯人を地上から消滅させるでしょう。ただの傀儡である筈の少女に対して少し、いえ大変過保護に成っていました。
その返事を貰えた夜、ヤドヴィガはとある夢を見ました。
爽やかなせせらぎを背景に彼岸の川の向こうでは母が立っている夢です。
「お母様!」
ヤドヴィガは初めて会う母に抱きつくために走り出し川へ入ります。足がつく程度の深さなのに水は鉛のように重く、どれだけ歩いても向こう岸へ辿り着けません。
「お母様!!」
初めて見る本物の母の笑顔。けれど中々距離は縮まりません。微かに聞こえるその声は夢で聞いた声とは打って変わり優しさを感じる声でした。
「ヤドヴィガ…どうか貴女だけでも、人並みな幸せを得なさい」
母は娘へと別れを告げるように背を向け、その川岸から立ち去ろうとします。
「お母様!お母様!!どうか、お待ちください!!」
(やっと!やっとお母様のような方を増やさないように国が変わり始めているのに!!お伝えしたいのに!!!)
必死に母の後ろ姿に追いすがりますが、川幅は無情にもみるみるうちに広がっていきます。
その時でした。
背後から空気を叩くような轟音が響き渡りました。
バタバタバタバタバタ―!!
そう騒がしく鳴り響かせて全てを無粋で野暮な世界へと落とし込む人物の登場です。
「ヤドヴィガ殿下! お乗りください!!」
風圧と共に現れたのは君塚悠里の私兵が配備している兵器、巨大な攻撃ヘリコプターMi-24ハインド。人員輸送用ハッチを開け放ち、夢でさえも付き纏う君塚が手を差し伸べていました。
夢の理など知ったことかと言わんばかりの圧倒的な現代兵器の介入です。ヤドヴィガは何も考えず、気の向くまま即座にヘリへ飛び乗りました。
鋼鉄の蜻蛉は川を一瞬で飛び越え立ち去ろうとしていた母の目の前へと全ての意思を無視して踏み躙るように強引に着陸しました。そしてハッチが開くとヤドヴィガは脱兎のごとく飛び出し、そして君塚もそれに続いて降ります。
「お母様、お喜びください! 私、お母様のような方をこれ以上増やさないように出来るかもしれないのです!!」
ヤドヴィガは母に飛びつき、その温かな温もりを確かめました。
「ヤドヴィガ…貴女は…」
夢の中の君塚もまたヘリから降り立ちヤドヴィガの母に対してお辞儀をすると口を開きました。
「お初にお目にかかります。私、君塚悠里と申します。お嬢様…いえ、ヤドヴィガ殿下にはいつもお世話になっております」
「あら…貴方まで。ヤドヴィガがお世話になっております。母のアガタと申します。その…娘や君塚様にも、随分とご迷惑をおかけしたようでして…」
アガタは申し訳無さそうに眉を下げました。
「いえとんでもない。私こそ殿下によくして頂いて…というか、まぁ、殿下をお守りしようと、その…」
「ええ、全て見て参りましたのでご安心ください」
アガタはふわりと微笑みました。
そしてこの世のものではない美しい顔に底知れぬ暗い情念を浮かべて続けました。
「…正直に申し上げると、娘をあの忌々しい王家から解放していただけるなら何でも構いませんので。…あの反乱劇はお見事でしたわ。あのクソ野郎をギャフンと言わせるなんて! あいつが苦しみながらこっちに来る日が、今から待ち遠しいですわ」
うふふ、と不敵な笑みを浮かべ笑うアガタ。
カジミエシュ8世への怨嗟が隠しきれていない、いや隠す気もない笑顔に君塚は思わず背筋が凍りました。
アガタは確かに容姿だけなら非常に整っていて聖女として崇められてもおかしくない美貌の持ち主でした。
メリハリのある肢体にスラブ系美人の見本のような顔立ち。
ヤドヴィガがもし無事に成長すればまさにこの母のような絶世の美女になるであろうことが容易に想像できました。
それほどの女性が王から一身に寵愛されれば他の妃達が嫉妬と恨みに狂うのも無理はありません。
3人でひとしきり談笑した後ヤドヴィガは目を覚ましました、その日の朝は君塚に興奮気味に夢の話をすると君塚はそっと目を逸らしました。
実は君塚もあの日同じ夢を見ていたのです。
正確にはヤドヴィガが夢から退出した後アガタと二人で「延長戦」の話し合いを行っていました。
そこで彼女からカジミエシュ王に手籠めにされ今も閉じ込められている女性たちの救出を依頼されたのです。
現実に戻った君塚はすぐに動きました。
アガタの情報通り先王により捕縛されていた哀れな女性たちが閉じ込められている地下牢を発見しました。
生きている者は全員救出し既に亡くなっていた者たちには墓を建てて手厚く弔いを行い彼女たちの冥福を祈りました。
(変な話だが、この世界の女性に生まれなくて本当に良かった…ともすれば人権無視フルスロットル聖女製造マシーンだったかもなんだから)
君塚は心底そう思いながら、同時に決意を新たにしました。
このような酷い悲劇を二度と生まないために。
平原の国では「聖女」および「聖女が身内にいる女性たち」の特別保護を行うよう、創造した官僚たちへ厳命を下したのです。
「それで平原の国はもう誰にも聖女狩りを行わせない人権先進国になりましたからね」
「それもこれもアガタ様のおかげでもあるが、まぁやっぱり妻をそう言う目で見やがるクソったれを許せなかったのも有るし…まぁ」
「うふふ、そう言う所ですよあなた様。素直なのか捻くれているのかわからない、そう言う所は欠点なのですから少しは…まぁ、好きなのですがね」
「誓った以上は約束は守るのが普通、そうだろヤドヴィガ」
「ええ、私達はまだこれからが本番なのですから…油断しないでくださいませ君塚様?」
「俺嫌われる事を言ったかなぁ!?」
「あら、こんな美女の他に多数の女を侍らせていつも妻を寂しくさせているのは何処のどなたでした?」
「…ごめんなさい」
「よろしい!」
金髪の美女は己の金色の指輪を示し、君塚は彼女へ全く頭が上がらなかった。
きっと愛された上で導かれる
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