13、苦い記憶
剣の擦れる音が響く、一対一のその場面を多くの目が食い入るように見ている。
ある者は見定めるため
ある者は祈りを込めて
ある者はただ成長を見守るために。
横に払った剣は人間の腕力のみで振るうには早い。
決められた三つの魔術語が刻まれた剣は刃が潰されており、決して切る事はできないが、しかしその剣に魔術を発動させる事は許されている。
風魔術を補助に使った剣は受け止めた者の剣に負荷をかけ、鉄のぶつかる衝撃でその火花が顔に降り散る。
僅かに瞑った片目により視界が狭まった瞬間、無防備な脇腹に蹴りを入れれば、相手の口から息が漏れる。
咳き込みながらも剣の威力が弱まった隙に後ろにとびのいた体に、すかさず剣撃を入れれば相手の顔が怯んだそれになる。
ペースを乱され防戦一方、そんな生徒の姿に同じ服装をした年の若い者達の口から幾つか声が上がる。
慰めか、応援かそれとも自分に向けた侮蔑の声か、けれども混じったその声を、剣を振りながら聞き分ける余裕はない。
「くっそ」
目の前の相手から声が漏れる、苛立の表情でこちらを睨む目は必死に何かを訴えているが、それに応える寛容な心は持ち合わせていない。
慈悲の無い最後の一振りは確信があり、下からへと振り上げると同時に力強く握られていた筈の剣は滑るように宙へと払われた。
「そこまで!」
審判の声が響く、この試合の勝利条件を満たしたラシオンは同級の彼に手を差し出すか迷ったが、先程よりも騒がしくなった周囲の声に、その気が失せた。
自身の勝ちはそこまで求められていない事は初めから知っていた。たいして傷つきはしないが、やはり気分が良いものではない。
「勝者、ラシオン・ルーザ」
名を呼ばれ、剣を鞘にしまい礼を取れば、聞き馴染んだ笑い声が耳に入り途端剣撃を交わす中でも変わらなかった表情が僅かに綻びかけた。
「ラシオン!よくやったな!」
手を叩き周囲の人間よりも一際体格のよい父親は上機嫌だ、ラシオンが周囲の目を気にせず勝ちを狙えたのは会場に入ってすぐにニヤニヤとしたその顔を見たからか、いや父がおらずとも負けを選択するつもりはなかったが。
「ラシオン・ルーザ!」
控室に向かう廊下で背後から名前を呼ばれた。
その声は明らかな敵意が込められた声量で結果を出したばかりの浮ついた感情は平たく押しつぶされてしまった。
「俺達は言った筈だ!勝つなと!」
嫌々ながら後ろを振り返ると同時に胸ぐらを掴まれる、眉間に皺を寄せながらも相手を刺激しないように言葉をかける
「……あぁ、彼の士団入りもかかっていると聞いたな」
「ならどうして!」
「彼の素行の悪さからくる後始末を俺が担う理由にはならない、言った筈だ、試合は通常通りの力積もりで行うと、使う魔術も武器も勝利条件も決まっている試合で彼の備えが足りなかっただけだろう」
「クソ野郎!平民の癖に!」
どうやら大いに刺激してしまったらしい、文武両道にこなすラシオンでも、人の機微に疎いのは、神が二物を与えなかったからだろう。
それでもラシオンなりに誠意を込めて忠告したのだが、効果はなかったようだ。
聞き慣れた罵倒の代名詞。
ラシオンは学園に入学してから幾度となく耳にした身分差別の言葉にもう何も感じるものはなく、また始まったと拘束される時間に対して辟易した。
「やめなさいよ、こんな場所で」
赤い髪が視界に入る、周囲の空気を変えるほど存在感のあるその赤は足音立てずにラシオン達の前に割って入った。
「ラデアード……何故あんたが庇う」
「優秀な人材を目にかけるのは家の家訓なの、……それに試合後は誰でも労わるべきだと思わない?」
柔らかな声音とは裏腹に、その赤い瞳は値踏みするように周囲を見渡す。
「……結構なことだ」
そう言い彼はラシオンの胸ぐらを掴んでいた手を離した。
庇われたのは不本意ではあるが、これ以上余計な事は言わずにラシオンは背を向け控室へと向かった。
周囲の者達もラデアードの存在に気圧されたのか、はたまた、冷静になったのかそれ以上食ってかかる様子はない。
「せっかく助けてあげたのに、随分と素っ気ないのね
「頼んだ覚えはない」
いつのまにか隣を歩く彼女にため息混じりにそう返すとラデアードは一瞬だけ目を細めすぐに口元に笑みを貼り付けた。
「ふふ、やっぱり面白いわねあなた」
「……用がないなら」
「あるわよ」
目の前に赤髪がひろがる、ラデアードがラシオンの前に立ち、彼の歩みを妨げ、赤い封蝋の押された手紙を彼の前に差し出した。
「前から誘うと思っていたの、貴方素晴らしい才能を持っているから」
上目遣いでそう言うラデアード、ラシオンはその手紙の内容を知っている。
「貴族の施しか」
「そんな言い方しないで、言ったでしょう?優秀な人材を目にかけるのは家の家訓だと」
差し出されたその招待状をラシオンは受け取らない。
ルージュ・ラデアードがどう言った人物かラシオンは知っているからだ。
同学年で常に上位の成績を収める彼女、それは魔術師一族として名誉あるラデアード家その直系であるが故に当然の結果なのだろう。
実際に彼女の知識量と魔力のコントロール技術は高い、がしかし、身分も周囲との隔たりもなく接する姿に隠しきれない本質があった。
ルージュ・ラデアードは人を利用することに長けている。
…………
……
…
「うわっちぃ!」
ローリエの発動した炎が発動者であるローリエ自身に向かってきた。
「自身の出した魔術に対して術者は一定の耐性を持っているから、このくらい大丈夫よ」
本日数回目、同じことをラシオンから言われたことがあると思い出しながらローリエは苦笑いをする。
クスクスと笑い声が耳元に届いたが、最初よりも恥ずかしさはなかった。
「もう一度、見本を見せましょうか?」
「お願いします」
すっかりローリエにつきっきりになったルージュ・ラデアードはローリエと同じ赤毛から翡翠色のイヤリングが光輝く。
僅かに見惚れたその瞬間にルージュは炎魔術をその手に発動させた。
火柱となって高く現れたそれは、すぐに球体となり、そして形を変えていった。
「凄い」
「あんな自由自在に……」
周囲の目が釘付けになる。
どこか優雅に形を変えるその火球は、やがて鳥が卵から孵るように翼を広げて、天に飛び立ち開けている天井からさす太陽の光に溶けた。
静かに拍手が起こる。まるで劇の終幕を観た後のような時間にローリエも混ざり、ルージュの隣で拍手をした。
「ねぇ、貴方」
「はい」
今日の訓練が終わり、同じ訓練を受けている集団に話しかけられた。
訓練を経ても結局ローリエはあまり上達できず、その負い目からかビクついてしまったが、話しかけて来た相手は気にする様子なく尋ねた。
「貴方、ラデアード家の人?」
「いえ、違いますけど」
「そう、そうよね」
ただ正直に澱みなく言えば、その人はそちらの方が納得いくのか、周りの人と頷き合いながらローリエに背を向けた。
同じ赤毛だからだろうか、尋ねられる理由に心あたりはあるローリエはどうか自分の赤毛がそのラデアード家の風評被害に遭わないことを祈るばかりだ。




